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2020年9月29日 (火)

《汝自身を知れ》

 

 欧州のコロナ感染者数は、また増加して来ました。日本が同じ轍を踏むとは思えないものの、go to キャンペーンで、人の移動が俄然活発になったことも何やら不気味です。街の風景としては、飲食店やアパレル関係など閉店する店舗が徐々に目立って来ました。自粛の影響がボディブローのように効いてきているわけで、年末から本格的な不況に陥らないか心配です。

 ずっとテレワークが続いている妻は、最近漸く居合の稽古を再開しました。涼しくなったので、私もウォーキングに励まねばならないのですが、以前のようには気が進みません。電車に乗って遠くの町に行き、商店街の外れの古本屋で何冊か漁って、さびしい縄のれんの居酒屋で徳利の熱燗を舐めながらヘルマン•ブロッホの『ホフマンスタールとその時代』なんかを読むことなど、もはや永遠に訪れないでしょう。一人で遠出することはむろん、一人で食事することも妻から禁じられているからです(むせって窒息する恐れがあるので)。

 ところで、近くの図書館も依然として半ば死んだように静かで、職員の数も来館者も少なく、入り口の検温消毒はもちろん、閲覧室も閉鎖され、館内滞在は30分以内に制限されています。私は図書館に入るとすぐ腹痛で苦しむので、10分ほどは体を捩らせていなければなりません。その後に至福の時間が訪れるので、急いで見たい書棚をハムスターのように巡ります。

 クセジュ文庫の棚から、ロランス•ドヴィレール Laurence Devillairsの『思想家たちの100の名言』(2019久保田剛史訳)を引き抜きました。この本は、ヘラクレイトスからスローターダイクまで75人の思想家から計100の名言を取り出したものですが、決して易しくはなく、同じクセジュ文庫の名著と言ってよい『デカルト』の著者らしく、内容は(やや神学的だが)なかなか高度です。

 たとえば、トクヴィルからは「アメリカは世界中でデカルトの教えをもっとも信奉する国のひとつである」という言葉を引いています。すなわち、民主主義の国アメリカでは、平等が基礎とされているため、個人はなんらかの優位性を特定の集団や慣習に与えず、教育に対して与えることさえ拒みます。したがって各人は自分自身の判断だけに従い、デカルトがそう勧めていたように、自分の精神以外に権威を認めません。「こうしてアメリカ合衆国とは、トクヴィルによれば、もっとも哲学を学ぶことのない国でありながらも、理性とその力にもっとも多くの正当性を認める国であり、いかなる外的な助けも借りずに自分自身で理解するために、明晰さや正確さをもっとも強く要求する国なのである。」

 しかし、ここでもっと注目したいのは、ソクラテスの項で、その言葉はあまりに有名な「汝自身を知れ」です。この言葉は厳密にはソクラテスの言葉ではなく、パウサニアのギリシア案内記(岩波文庫下)によれば遥か七賢人の時代にまで遡るようです。その頃、デルフォイの正門の上に賢人たちによって掲げられたらしいのですが、その言葉の意味するところは、高校倫理の教科書に書かれてあるような己の限界を知るとか、ありのままの自己を知る、などという低俗な意味などではなく、ドヴィレールによれば、自己の内面にある神的なものを認識せよ、ということらしいのです。

 これは、まったく納得できる解説で、考えてみれば、アランも言うように、自分自身を知るなどとは誰でもあたりまえに知っていることで、おでんの具で何が一番好きかということを人に教えられて知る人などいないでしょう。自分の欲望の強さ、自分の卑劣な願望、自分の劣等感の根拠など、誰に言われずとも、自己自身が一番骨身に沁みて知っているはずで、齟齬することがあるとすれば、自己への社会からの客観的評価でしょう。しかし、これも経験を積んで現実原則に歩調を合わせて行けば、自然と解消するもので、デルフォイの神託の意味することとはまったく関係ありません。ドヴィレールは次のように書いています。「われわれは、自分の内にある最善のもの、すなわち、自分の行為を統率すべき唯一のものである魂もしくは理性に、われわれ自身を合致させなければならない。人間は、魂もしくは理性のおかげで神の性質を有するのである。」

 「汝自身を知れ」が具体的に表れているプラトンの『アルキビアデス』を見てみましょう。これは、20歳を目前としてアテネの民会に華々しくデビューしようとしているアルキビアデスに向かって、ソクラテスがその信念の根拠を問い詰めていく対話です。アルキビアデスは、自信満々で、というのも本人は輝くような美青年、家は裕福でアテネ最高の血筋を持ち、何より後見人があのペリクレスとくれば、政治家としてアテネのみならず全ギリシアに名をあげようとするのも頷けましょう。

 ところが、この青年は、ソクラテスの執拗な問いかけに答えていくうちに、自分が政治はおろか、何が善であり、何が正義であるかもはっきりとは理解していないことに気付かされてきます。それで、ソクラテスは言います。「めぐまれた人よ、きみはぼくの言うことを聞き、デルフォイの神殿に掲げられた言葉に従って、汝自らを知ることだね。」「でも、ソクラテス」とアルキビアデスは答えます。「どうすればいいんですか。その神託の意味を解いてもらえるでしょうね。」(124B)

  そして、ここからソクラテスの説明が始まるのですが、やや難解です。(132、133)まずソクラテスは、こう仮定します。もしデルフォイの神託が、われわれの眼に向かって、人間に対するがごとく、「なんじ自身を見よ」と勧告したらどうなるか。それは、われわれの眼が自分自身を見ることになるような、そういうものに眼を向けよとの忠告と解すべきだろう、とソクラテスは言います。そして、アルキビアデスに、そのようなものに心当たりはあるか尋ねます。「それは、もちろんソクラテス、鏡を見ることではないですか。」「まさにきみの言うとおりだ」とソクラテスは応えます。「それなら、われわれがモノを見るのに使う眼にも、やはり同じ種類の何かが含まれているのではないか。眼の中をのぞきこむと、自分の顔が相対する眼のおもてに、あたかも鏡に見るように現れていて、それをわれわれは人見(ひとみ)と呼ぶのだが、そこに現れているものはわれわれの写影と言ってよいのではないか。」

 「明らかにそのとおりです、ソクラテス」「してみると」とソクラテスは説明を続けます。「眼は眼をながめることによって、とくにまたその最も大切な部分、まさにそれによって見るということが行われる部分に眼を向けることによって、自分自身を見ることができるのではないか。」「ほんとうに、あなたの言われるとおりです、ソクラテス」「そうすると、愛するアルキビアデスよ、心もまた自分自身を知らねばならないとしたら、心で心をながめるようにしなければならないのかね。また特に心の本来の機能(徳)である知恵が、そこに生ずるような心の最も大切な部分をながめなければならないのではないか。」「ええ、そうだと思います、ソクラテス。」「アルキビアデスよ、その部分よりも、もっと神に近い性質の部分をわれわれは挙げることができるだろうか。」

 「それはできません、ソクラテス。」「してみると」とソクラテスはやっと結論に導きます。「神に似ているのは、心のこのところであって、人はこれをながめているうちに、また神的なものの全体を知ることになり、それによって自分自身をも最大限に知ることができるようになる。つまり、あのデルフォイの神託は、自分の中の神的なものを認識せよ、ということではないか。」

 ここまで書いていたら、妻が自分の書棚からルネ•ゲノンの Méranges(Gallimard1976)という小論集を持ってきてくれました。その中に《Connais-toi toi-même 》(汝自身を知れ)という論文がふくまれているというのです。早速読んでみましたが、ゲノン節ともいえる独特の調子、以下簡単にですが要約してみましょう。

 〈汝自身を知れ〉と言う言葉の本当の意味とその起源は正当には理解されていない。ソクラテスあるいはピュタゴラスが最初に言ったという事実はなく、起源はもっと古い。すなわちデルフォイの神殿の正門に掲げられたこの言葉を、まずピュタゴラスがその学堂での教育のために用い、同じように次の世代のソクラテスが彼の〈教育〉のために使ったのだ。

 この言葉が彼らの教育に使用された理由だが、その前にphilosophie という言葉の語源について考えてみなければならない。philosophie とはもともと知を愛するということ、あるいは知に向かう心の在り方を示した言葉で知そのものではない。ピュタゴラスは、このphilosophie(ピュタゴラスの造語と言われている)を、その学校に生徒を入学させる際の基準とした。すなわち、philosophie は知への探索の第一歩で、これを持たないものは入学の意味がないとしたのだ。

 教育の次の段階で道は二つに分かれる。つまり、exotérique 公教的なものとésotérique 秘教的なものである。exotérique は、いわゆる近代西欧哲学に見られる、言葉や本で一般に公開される、哲学者個人の名が付されたものである。それは古代の哲学者が合理的哲学と名付けたもので、人間の生の全体に関わるものではない。全体に関わるもの、つまり合理的理性では捉えられないもっと高度なもの、神的と言ってよいそのようなものを探究するためには、言葉ではなく、深い瞑想に誘うシンボルによる必要がある。

 このésotérique な教育は、もともとは東洋からギリシアに伝わったもので、ギリシアではmystères 秘儀として広まったのだが、特にピュタゴラスの学校では、古代の知恵の再生ということで、根本哲学、あるいは第一哲学と呼ばれた。mystèresの語源は〈完全なる沈黙〉で、ピュタゴラスもプラトンも、その探求には言葉ではなく、図や数を含むシンボルが有効であることを知っていた。プラトンの学堂アカデメイアの正門には、幾何学者たらずんばこの門を入ることならず、と銘記されていたことは有名である。

 ところで、このmystères は当初からアポロン教、もしくはアポロンそれ自身に結びついて考えられていた。それは、同時に太陽と月を崇め、アポロンをすべての学問と芸術の源とする考え方であった。そしてそれはまた、インドのヴェーダやペルシアのアヴェスタにも通ずる思想である。ギリシアにおいてはデルフォイがその中心と考えられ、事実そこには世界の中心を示すオンファロスという石があったということだ。

 ピュタゴラスPythagoreの名はアポロンの儀式に結び付けて考えられており、事実、その儀式はpythiosと呼ばれ、そして、デルフォイ自体のオリジナルな名はPythoであり、寺院で神から霊感を与えられる女性はPythieピティエ(巫女)と呼ばれていた。このピティエが、ソクラテスを人間のうちで最も賢いと宣言したのだが、これによってソクラテスは、ピュタゴラス同様、デルフォイの中心的な精神と関連づけられているのである。

 以上のことから考慮して、〈汝自身を知れ〉という言葉を近代の「哲学的」意味で考えることは誤りであるとわかるだろう。また、同時に、この言葉をソクラテスに関連づけて、高校倫理教科書のように、具体的な生活のモラルとみなすことは、その言葉の深い意味を完全に逸してしまうことになるのも明白である。この言葉は、それを読む者にある変容、ないしは転換を要求しており、それはちょうどデルフォイ神殿の石が世界の中心を表すように、自身を世界の中心と認識することである。(「誰もが世界の中心であり、世界とはそのような無二の中心の集まりなのである」というエリアス•カネッティの言葉を思い出しましょう。)この中心はまた、自分の外側の世界マクロコスモスと、内なる自分ミクロコスモスの接点に存在している。己は世界全体であり、己の中に世界の全てが存在しているのである。このための重要な手段が想起anamnèses で、それは自己の中に世界全体が存在しているという仮定を前提としている。〈汝自身を知れ〉とは、自分自身を通じて、世界の中心たる神的なものを認識せよということであるが、残念なことに、現代ではその道もその手段もわれわれから遠く離れてしまっているのである。

 以上がルネ•ゲノンの《汝自身を知れ》の要約です。ここでギリシア人にとってデルフォイの神託がもつ意味について考えてみましょう。理性的で合理的なギリシア人が、何ゆえに神託を信じたのか、ここで私は自分の書棚からE.R. ドッズの『ギリシア人と非理性』(みすず書房1972•岩田靖夫、水野一訳)を引っ張り出して来ました。 

 ローマ時代以前にはデルフォイに関する公然たる懐疑は稀だということは、非常に印象的である、とドッズは書いています。神託はペルシア戦争の間に誤りを頻発したにもかかわらず、それを越えて生き延びるほど、その威光は人々の心に深く根を下ろしていました。当時、最も懐疑的と言ってもよいヘラクレイトスでさえ、デルフォイの神託は受け容れていたし、ソクラテスは終始その信奉者でした。時代が降って、アリストテレスとその学派は予言は否定したが、人間が神がかりの状態になることは認めていました。

 ところで、デルフォイのアポロン神殿では如何様にしてその神託が行われていたか、詳細はむろん分かっていませんが、プルタルコスの時代には、ピュティア(巫女)は貧農の娘で、正直に育てられ、品行方正な生活を送っているが教育のない女であった、ということです。霊媒的脱魂の状態は現在でも多く知られており、そのような気質を強く持つ女性が選ばれたのでしょう。当時の壺絵などを参考にすると、彼女たちは泉で身を清め、聖なる泉の水を飲み、月桂樹の葉で焚いた香を身に纏い、三脚台の上から神託を述べます。神がかり状態のピュティアにとって、おそらく神託を明瞭に発語することは難しかったと思われますが(腹話術師が存在したという説もある)、その場合の神託解釈者としてのデルフォイの神官の役割は重要です。戦争の折には、戦利品の一割が奉納されたという説もあり、そこに政治的思惑もむろん絡んできたでしょう。都合の良い神託が授かるまで、何度も伺いを立てる場合もあったようです。

 「ギリシア人は神託を信じた。しかし、それは、彼らが迷信深い愚者であったからでなく、彼らが神託を信じないではやってゆけなかったからである。」とドッズは書いています。ホメロス時代を過ぎて、アルカイク時代(ホメロスの時代とクラシック時代の中間。アルカイク時代は普通ペルシア戦争で終わるとされている)に入り、人口の急激な増大、ポリスの乱立、疫病の流行、などによって、人々は一種耐え難い緊張状態に陥りました。「デルフォイがなかったならば、ほとんどこの緊張状態に耐えることはできなかったであろう。人間の無知と人間の不安定さの自覚からくる押しつぶされるような感じ、神の妬みへの恐怖、〈汚れ(ミアスマ)〉への恐怖、これらのものの累積した重荷は、このように全知の神的な助言者が与え得る保証なしには、堪え得なかったであろう。神的な助言者は、一見世界は混沌としているが、混沌の背後には知と目的があるのだ、と教えるのである。」

 最後に、ソクラテス同様〈汝自身を知れ〉を教育の第一義に掲げたピュタゴラスについて書きましょう。神学者ペレキュデスの弟子として、ギリシアのサモス島に生まれたピュタゴラスは、ソクラテスとは違って、小アジア、フェニキア、エジプトを含む各地を巡遊し、それらのほとんどすべての秘儀教団に参加しました。特にエジプトでは教団経営のノウハウを学んだ、とヘーゲルは『哲学史講義』で書いています。当時エジプトはギリシアより高度な文化を有していると思われていたのです。ピュタゴラスは、たいへんな美男子で、しかも一目見ただけで人を魅了し、人間的にも完璧に近い、とヘーゲルは書いています。いつも白いリンネルの服を着て、蜂蜜とパンと水しか摂らなかったそうです。「ギリシア最初の教師」(ヘーゲル)であるピュタゴラスは、厳格な審査によって生徒(信者)を集め、厳密な規則に従って集団生活を送りました。科目は、数学、音楽、体育、ホメロスの暗唱などで、その根本思想は、理性では捉えられない本質の魂を見出すことでした。しかし、このような閉鎖的な集団は、当時のポリスの自由な雰囲気には合わず、その隆盛は後代の新プラトン学派まで待たねばなりませんでした。ヘーゲルによれば、自分を〈知者〉ではなく〈知を愛するもの〉philosophe と最初によんだはじめての人がピュタゴラスだということです。というのも、知恵を達成不可能な目標として謙虚に追い求める姿勢にこそ価値はあると信じていたからなのです。「知を愛する者(哲学者)とは、自分のむこう側にある対象として知恵と関係し、知恵そのものであるのではなく、関係の中で知恵を追いもとめ、思考しつつ知恵とかかわる人なのです。ワインを愛する者とは、ワインにどっぷりつかった酔漢ではなく、ただただワインを追いもとめる人を意味するように。」(『哲学史講義•上巻』長谷川宏訳、河出書房新社)これは、もう、ヘーゲルそのものです。

 ドッズの考えるピュタゴラス像はかなり違っています。ドッズによれば、ピュタゴラスは「もっとも偉大なシャーマン」ということです。シャーマンとは、宗教的生活への召命を受けて、何年もにわたって遍歴•修行し、魔術に近い能力を身につけた人間のことで、後世に作られた数々のピュタゴラス伝説によれば彼には不可能はないと思われるほどです。魂を遊行漂泊させるのは朝飯前で、病人の呪術治療はむろんのこと、死者さえも甦らせたということです。自身、何度も輪廻転生を繰り返していたというのは流石に信じられませんが、このようなシャーマン的行為は世界中至る所に、あらゆる時代に存在しているので、お盆に灯籠に灯りをを灯し、供物を並べ、死者を迎える準備をする(九州のある地域では風呂を沸かしてよい湯加減にしておく)のも立派なシャーマン的行為です。ちなみに、これはまったく私見ですが、近年、猫や犬やインコなどペットを飼う家庭が変に増えているのも、人間とは別の生き物と生活することで、その動物の持つ異種の神秘的能力を我が物にしたいという無意識の欲望が潜んでいるのでは、と思います。シャーマンは動物の毛皮を身に纏うのを好み、ピュタゴラス自身熊を飼っていたという話も残っています。ニーチェの友人で大著『プシュケ』の著者エルヴィン•ローデは、この種の行為は「その時代のーギリシア人の精神的要求に満足を与えるもの」だったと言っています。

 

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読書していると必ずルーミーがしがみついて邪魔をします。

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文庫クセジュのドヴィレールの本。2冊とも面白い。

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妻の書棚のプラトン全集。「アルキビアデス」は第六巻に入っています。右はドッズ『ギリシア人と非理性』の原書版。

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プラトン全集第六巻の月報の写真。ローマのテルメ博物館のモザイク。「グノーティ•サウトン」(汝自身を知れ)

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ルネ•ゲノンの小論集Mélanges 

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《汝自身を知れ》の章

 

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ドッズ『ギリシア人と非理性』1972年、刊行されてすぐ購入したもの。頁を繰ると48年前の自分が思い出されます。

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