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2019年6月30日 (日)

J.S.ミル『代議制統治論』

 

       どういうわけか、最近睡眠不足で、夜中に目が覚めるとそのまま眠れないことが多いようです。日中に運動すればよいのですが、暑い日は熱中症が怖いし、梅雨時の雨は億劫で外出したくない。結果、寝不足で一日中過ごすと頭もよく働きません。

      ところで、ミルの『代議制統治論』(関口正司訳・岩波書店2019)は待望の新訳ですが、たいへん読みやすい。他の岩波文庫、たとえばハヴロック・エリスの『夢の世界』とかロバート・オウエンの『新社会観』なども新たに訳してくれないものでしょうか。

       先日、図書館で、懐かしい坪田譲治の『風の中の子供』(新潮文庫)を借りて読みました。1955年に朝日の夕刊に連載されて読者を熱狂させた傑作ですが、その主人公の善太と三平の名を借りて即席対話物を書いてみることにしました。ちなみに兄の善太は優秀な小学五年生、弟の三平は三年生で、勉強は今ひとつですが、明るくて無鉄砲な人気者です。

 

     〈善太〉おお、三平、何を持って来たん?

     〈三平〉椿の花だよ。お兄ちゃんがドブに流して椿三十郎ごっこするかと思って。

     〈善太〉ははは、お兄ちゃんは、もうそんな幼稚なことはしないよ。

     〈三平〉それじゃあ、法廷で倒れる財前医師とか、陸橋で北朝鮮に帰還する友達に手を振る吉永小百合とか?

      〈善太〉それも名場面だが、今日はオリンピックの実況中継だ。

      〈三平〉へぇ。で、この筵(むしろ)は何に使うの?

      〈善太〉その上で三平が泳ぐんだよ。さあ、スタート! 400m自由形だ!

      〈三平〉よし、飛び込んだ! (泳ぐ真似をする)

      〈善太〉1コース山中、2コースローズ、3コース三平、あっ先頭は4コースコンラッヅだ。

      〈三平〉今、何着?

      〈善太〉三着だ、三平、ターンを忘れるな!

      〈三平〉疲れたよ、お兄ちゃん、って、これ『風の中の子供』の名場面だね。

      〈善太〉よくわかったな。実は、ラジオの実況ごっこは吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』にも使われている。

      〈三平〉知ってる。巨人と南海の日本シリーズだね。コペル君が実況してた。

      〈善太〉ところで、今、お兄ちゃんはこの本を読んでいる。ミルの『代議制統治論』だ。

      〈三平〉ミルって、ジェームズ・ミルの長男の?

      〈善太〉よく知ってるね!

      〈三平〉このまえ、『ミル自伝』を読んだからね。

      〈善太〉ええー、先週まで『おさるのジョージ』読んでなかったっけ?

      〈三平〉「男子三日会わざれば刮目して待つべし」て言うでしょう?

      〈善太〉松戸の叔父さんは三年ぶりに会っても相変わらず競輪と競馬に狂ってたけどね。

      〈三平〉ミルのお父さんの超早期英才教育は異常だね。

      〈善太〉ああ、三歳でギリシャ語、八歳でラテン語、十二歳でリカードの『経済学及び課税の原理』を要約させているぐらいだから。むろん学校なぞ行かせず、同じ年頃の子供とも遊ばせなかった。

      〈三平〉ある意味で虐待だね。

      〈善太〉ミルの父親はそうは思わなかった。ミルにとって、最善で、もっとも効率のよい教育だと信じていたんだ。ミルの父親は大変な知識人で、社会科学、自然科学などほぼ万学に通じていたんだ。ただし、文学は軽蔑していて、詩など時間の無駄だと思っていたらしい。ところで、三平、ここに万能で優秀な人格的にも立派な教師がいて、そういう教師に教わるのと、普通の学校で、まじめで堅い教師や不良教師や低脳教師など混じっている連中に教わるのとどっちがいいかな。

      〈三平〉それは、お兄ちゃん、優秀な一人の教師でしょう。

      〈善太〉 いや、そうでもないと思うよ。何事にも時機というものがあるし、教育の根幹は今ここで教わっている生徒は、ほかの仕方やほかの教師には教われないということだから。それに完全な人間などいないし、誰しもまちがいはある。むしろ反面教師もいてこそ自分で物事を考える契機となるというものさ。

      〈三平〉ふうん、世の中には一定数の馬鹿は必要だというエラスムスの言葉を思い出したよ。

      〈善太〉さて、肝心の『代議制統治論』に話を戻そう。この本はけっこう大部で、全十八章あるけれど、とくに重要なのは最初の六章だよ。なぜ代議制がすぐれた政治制度か、代議制を成立させる条件は何なのか、議論はその点を中心に展開していく。また三平に聞くけど、プラトンは哲学者が王になるか、あるいは王を哲学者にするべきだと言った。もし、ここに、完璧に近い哲学者がいて、彼が国政のすべてを仕切ったとしてみよう。つまり優秀で私欲のない立派な人間に専制君主としてすべてを託すのだ。彼はほぼ誤らない。国のため、国民のために寝る間も惜しんで最良の政治を行おうとする。むろん、些事は官僚に任すが、肝心のところは彼が決断する。このような君主を戴く国民は幸せだろうか。三平、どう思う?

      〈三平〉独裁権力は必ず腐敗するって言うけど、どうだろう。

      〈善太〉確かに。だけど、私利に走らない立派な人間という条件でだよ。

      〈三平〉それなら、その哲人王に政治を任すべきじゃない?

      〈善太〉ミルはこう言っている。専制君主が立派な人間であればあるほど国民は不幸であると。つまり、専制君主が愚かであれば、国民は彼に反対して立ち上がり、自分の意見をしっかり言うだろうが、超人的に立派な専制君主について行くのは受動的な国民のみだ。国民の意見が、少数の専門家の提言しか聞いてもらえず、政治の片端にも参加できないでは国民の知性も低下しよう。知性のみではない、道徳も低下する。政治に口を挟まないとなれば人間の活動領域は矮小化し、視野も狭くなる。感情の糧になるのは行為で、家庭内の愛情ですら、自発的に世話を焼くことで培われていく。結局、自国のことも気にかけなくなり、愛国者は専制君主その人しかいないということにもなりかねない。

      〈三平〉政治参加がなければ、国民は成長しないというわけだね。

      〈善太〉ミルにとって、人間のもっとも本来的な条件は、自分のために何かをなせるのは自分自身だけだという信念だ。これにより、自由な社会こそ人間の本来性を発揮できる社会と言える。よって、あらゆる自由な社会は他のどんな社会と比べても人間を成長させ、社会的不正や犯罪が少なく、かつ繁栄できる社会であり、また軍事的にももちろん最強だろう。アテナイはペルシャより強く、連合軍はヒトラーのドイツより強い。

      〈三平〉人間の成長というか、陶冶というか、そのようなことを目標に掲げた政治理論家も珍しいんじゃない?

      〈善太〉古今東西皆無と言ってよいだろう。これには、ミルのいわゆる「精神の危機」というのが深く関係している。ミルが父親から英才教育を受けたのは先ほど話したが、彼は二十歳の時に、突然疑問に襲われる。ミルの父親は息子に自分の持っている知識はむろんのこと信念も教えこもうとした。その信念とは、すべての人間は真理を受け入れる能力を持っているが、社会がそれを邪魔している。社会とは、貴族や教会だ。この連中の基盤は根拠もなく正当性もない。英国の中産階級の力が進展すれば彼らの愚かさは漸次消滅していくだろう。つまり、有徳で賢明な知識人の啓蒙により理想の社会は近づいて行くと。

      〈三平〉なるほど、正しそうな意見だね。

      〈善太〉ミルもそう思った。そして、社会を良くして行くことが自分の幸せだと信じていた。そう信じて生きている今の自分は幸せだと。ところが、ある日、こんな疑問が湧いてきた。その理想の社会が実現したとして、それで自分は本当に幸せになれるだろうかと。自分で自分に問うたその答えは否だった。その瞬間、父からロボットのように詰め込まれた知識はすべて無意味に感じられ、自分が感情のない機械に思われ、生きていく意味も失って行くように思われてきた。

      〈三平〉そうそう。その時、マルモンテルの『回想録』を読んで、一家の主人である父親を失った息子が自分が一家を支える決意をする箇所で涙を流すんだね。そして、まだ自分にも感動して涙する心が残っていると。

    〈善太〉『ミル自伝』でもっとも有名な箇所の一つだが、やや信じることはできない。この「精神の危機」は、要するに幼児期から刷り込まれた父親の影響への無意識の反発だろう。人は誰でも模倣から出発するが、ある日、自分を見つめ直して愕然とすることがある。自分は物真似だけの空っぽな人間だという自覚、そして、そのような人間にした父親への反発、しかし、その反抗は表には出なかった。父の存在があまりに巨大だったからだ。父のジェイムズ・ミルは、自分の机の隣に息子の机を置き、常に勉強を監視していた。しかも、ミルが十四歳の時に、父はミルを自分が勤める東印度会社の同じ部署に就職させているのだ。このような24時間の監視体制に加えて、父親の人脈があった。ジェイムズ・ミルはジェレミー・ベンサムの友人で、そのもっとも有力な唱導者であった。ミルの家には他にマルサスやリカードも出入りしていて、少年ミルは経済学をリカードに個人教授してもらっていたのだ。父親による精神的圧迫と、父親とその友人たちが纏っているベンサム流功利主義の呪縛がミルをがんじがらめにしていたに違いない。

      〈三平〉だいたい、親が教育者か熱心な教育者的人間だと、子供はグレるよね。

      〈善太〉性格にもよるが、ミルは父親の圧制にじっと耐えた。父親の課題をすべて達成して、父に褒められることが生きがいだったようだ。しかし、二十歳の時に、ついに精神的にパンクしてしまった。尊敬した父を憎むことはできず、自分をゼロから建て直すことにした。この辺はとても立派だね。父に反対することは、父のそれまでの懸命な教育を否定することになるから、そうせずに自分だけのものを作ろうとしたのだ。

      〈三平〉J.S.ミル自身、熱心な功利主義の宣伝者だったのにね。

      〈善太〉うむ。しかし、功利主義の理論はよく考えると穴だらけだ。ベンサムは、結果的に快楽を増やすことが善で、苦を増やすことが悪だと言った。それなら、もしそれを飲めば快楽を増す薬があったとしたら、だれしもそれを飲むべきだろう。そんなものは人間の成長には何の益にもならない。自分にとって益になることとは、たとえ苦しんだとしても自らで勝ち取ったものしかないからだ。また、彼らは宗教も芸術も意味のないことと目もかけなかった。しかし、ミルはワーズワースやコウルリッジやシェリーを発見し、それらになぐさめを見出すことができた。宗教に染まることはなかったが、宗教にいたる直感や霊感は理解できた。ミルが旅行が好きで、風物や景観を愛し、植物採集などを楽しむことできたのも大きい。これらは、父のジェイムズ・ミルには無縁のことだったのだ。

      〈三平〉多様性を愛することも息子のミルの特徴だよね。

      〈善太〉その通り。それゆえに、彼は父親より偉大だ。経済学しか知らない人間はそれゆえに経済学も知らないのだ、とミルは書いている。さらに、自身の考えに一徹な父にくらべて、息子のミルには稀に見る公平さがある。これは思想家には本当に得難い特長だよ。ミルは、自分もまた間違いをおかす人間であることを決して忘れず、人からの批判や反論を歓迎した。そういう批判があってこそ理論は完成に近づくという確信があったからだ。自分に反対する人間は同じ山を反対側から登る人間のようなものだと彼は言った。真理に対するこれ以上の謙虚な言葉はないだろう。

      〈三平〉『自伝』の中で、もう一つのハイライトはハリエット・テイラー夫人との関係だよね。ミルは夫のある彼女とのスキャンダルで、自分の身内や親友とも仲違いしてしまったけれど、実際、不倫はあったのかな?

      〈善太〉ミルの倫理性からいって、不倫はなかったとお兄ちゃんは思っている。実際、一緒にいるだけで幸福だというカップルはたくさんいるよ。ミルとハリエットは二人でピアノを弾いたり、野外で植物採集をしたりしていたらしい。

      〈三平〉ハリエットという女性は本当はどんな人間だったんだろう?

      〈善太〉頭が良くて美人だが、ミル以外で彼女のことを良くいっている人は一人もいないよ。性格的にはずいぶん突っ張った女性みたいだけれど。それより異常なのはミルの気違い染みた彼女への偏愛だ。7年半の結婚生活の後、ハリエットが旅先のアヴィニョンで肺充血で急死すると、アヴィニョンの彼女の墓の近くに家を買って、彼女が死んだホテルの部屋の調度を買い取って、それを置いた部屋で暮らしていたんだ。ハリエットの思い出が私の神である、とミルは書いている。

      〈三平〉異常だね。でも、好きな人と7年半も暮らせてミルは幸せだったかも。

      〈善太〉お兄ちゃんが許せないのは、ハリエットがミルを社会主義に引き込もうとしたことだよ。ミルは、むろん、自由主義者だが、平等にはそれほどこだわってはいなかった。生まれつき裕福な少数の人間と、生まれつき貧乏な大多数の人間がいることは確かに不公平だが、それもいつか未来の社会では解消されるだろうと思っていた。しかし、ハリエットは、どうも社会主義の理想をすぐにも実現したいと思っていたらしい。彼女の生前には、ミルも彼女の考えに共鳴していたが、彼女の死後、社会主義者たちの論説を詳細に検討して、その数字や理論には誇張が多いとわかってきた。それに何より、社会主義はミルの最も根幹の思想、自由な個性の発現と多様性の尊重に背反すると考えるようになった。これは、まさに当然の思考だね。

      〈三平〉ところで、『代議制統治論』の刊行は何年なの?

      〈善太〉1861年だよ。 ジョン・スチュアート・ミル(1806~1873)が55歳の時の著作だ。

      〈三平〉その時代は、いわゆるヴィクトリア朝の盛期だね。

      〈善太〉うん、18世紀に始まった産業革命が進展し、英国が世界の工場と言われた時代だ。農村から人が都市に流入し、産業資本家が力を拡大していったけれど、労働者は過酷な生活を強いられていた。とくに教育は貴族や裕福な産業資本家が独占していて、労働者の子弟にはろくな教育が与えられなかった。

      〈三平〉そんな時代に選挙はちゃんと実施されていたの?

      〈善太〉有権者は全人口のわずか3パーセントだ。1832年に一部改正されたけれど、労働者には全くその恩恵に与れなかった。ミルでさえ、読み書き計算のできない人間には選挙権を与えるべきではない、と言っていたんだ。

      〈三平〉それは仕方がないね。

      〈善太〉英国人の気質もある。彼らは、自分の生活の目先の利益にのみ気を取られ、政治は上流階級の連中がやってくれるものだと安心していた。

       〈三平〉それは今でも残っているかも。

       〈善太〉人間が変わらなければ政治も変わらないというのがミルの考えで、こういう英国人の気質は彼を絶望させたかも知れない。しかし、フランスとアメリカのできごとが彼を勇気づけたのだと思う。

       〈三平〉フランスは1848年に普通選挙法を実現させたね。

       〈善太〉アメリカは、もともと民主主義の下地があって、しかもそれをみんなで育てていくという気概もあった。

       〈三平〉ミルがトクヴィルの『アメリカの民主政治』を刊行後ただちに読んで、その好意的な書評を雑誌に書いているね。

       〈善太〉二人には、そう考えられているよりももっと共通点がある。最後にミルについて書いたトクヴィルの手紙を引用しよう。これはJ.S.ミルへの最高の賛辞だよ。「イギリスの民主主義を見るにつけ、次のような考えが私には浮かんできます。彼らの視野は、しばしば狭く、独善的であることは事実です。しかし、少なくとも彼らの目標は、民主主義の友ならば当然持つべき共通の目標になっています。実際、彼らの最終目標は、大多数の市民を統治に参加できる状態におくとともに彼らの統治能力をつくりだすことにある、と私には見えるのです。原理に忠実なイギリスの民主主義者は、自分たちがもっともよい状態と判断した状態へむりやり人民を連れていって、彼らを幸福にしようとするのではありません。むしろ、人民がもっともよい状態を判別できるようになり、こうした思慮分別ののちに、もっともよい状態にみずからを溶けこませていけるようになることをめざして、努力しようとしています。近代社会の段階を一歩ずつ踏まえながら、この地点にまで到達することは、人民を無知蒙昧と奴隷制から救い出すただひとつの方法だと私には思われます。」(アンドレ・ジャルダン『トクヴィル伝』晶文社)

       〈三平〉話に熱がこもって来たけどそろそろ晩御飯だね。また、明日遊ぼう。今度は1985年のバース・掛布・岡田の甲子園三連発の実況放送ごっこだ!

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