« オデオン広場ふたたび(5)ケ・ブランリーと17区のオデオン座 | トップページ | オデオン広場ふたたび(7)帰国前日 »

2016年8月 7日 (日)

オデオン広場ふたたび(6)『水と夢』と『かもめ』

6月22日(水)

    昨夜モノプリで半額になっていたパン・オ・レザンをコーヒーと食べて、10時少し前に出発。ホテルを出て、妻は右に私は左に行きました。喧嘩したわけではなく、今日は妻がルーヴル隣の装飾芸術博物館に行くからで、その間、私も本屋巡りでもしていようと思ったのです。とはいえ、どこから行こうかわからず、まず手近のジベール・ジューヌに行ってみることにしました。ぶらぶら探偵小説や文学の棚を見て、1ユーロの本を2冊買ってから、サン・ミッシェル広場のバス停でぼんやりとバスを待っていたら96番のバスが来たので、それに乗りました。96番は、11区のパルマンティエ、オベルカンフ、そして19区のベルヴィルに行くバスです。

   とりあえず、パルマンティエで下車。パルマンティエは市場も出るたいへん活気ある地域で、その交差点に面して Les Guetteurs de vent という書店がありました。開店したばかりですが、もうお客が来て本をみたり、店員と四方山話をしています。まるで近所のパン屋に買いに来たようで、朝の活気が明るい内装の本屋全体に漲っています。最新の売れ筋本、探偵小説、軽いエッセイなど、見やすく並べられた本はどれも興味ふかい。奥には児童書が豊富で、幼児がサッカーの絵本を熱心に眺めています。サン・モール通りの Librairie Libralire や、オベルカンフ通りの Librairie Imagigraphe などの一般書店と完全に競合していますが、立地の良さからこの書店が最後まで残りそうです。

   Les Guetteurs de vent 書店を出て、ジャン・ピエール・タンボー通りを東に向かってゆっくり歩きました。途中の L'Autre Cafe でビールで喉をうるおしながら通りを行き交う人を見ていると、自分がまるで寄る辺のない亡命者のような気分になります。のんびりしていたら、ランチの準備で店が忙しくなって来たので、またジャン・ピエール・タンボー通りを東に。パリの街は、少し歩くだけでガラッと雰囲気が変わることが多いのですが、ベルヴィルの交差点に近づくにつれ、街が荒っぽくなることに気づきました。アラブ人と黒人が多くなり、活気があるというより雑然と混み合ってきた感じです。コーラやファンタとパンやサンドイッチを売る簡易なスタンド、いわゆる立ち飲み店のような狭い室内でワインやビールを飲ませる店、それらの店はみな通りに面した入り口を目いっぱい開けて客が歩道まで溢れています。

   ベルヴィルの交差点を南に曲がり、ベルヴィル大通りをメニルモンタンに向かって歩きます。アラブ色が強くなり、ハラルを扱う食堂やアラブ人用の理髪店、さらにアラブ系の本を扱う店が何軒かあります。そのうち一軒の本屋の写真を道路を隔てた所から望遠で撮っていたら、たまたま外に出てきた主人らしき男が、エファセ、エファセ!(消せ、消せ!)と叫びながら飛んで来ました。それで、わかるようにゴミ箱マークを押して画像を消すと微妙に笑いながら帰って行きました。何しろ周りはアラブ人ばかりなので、トラブルを起こしたら面倒です。また歩き出すと大通りの真ん中、定期市が開かれる場所でフリーマーケットのようなものが開かれていました。見ると、主に黒人がカバンや衣料を売っているようです。奥に入ってみると、何と一眼レフカメラ(ほとんどがニコンとキャノン)が大量に並べられています。その隣にはスマホがずらりと揃っています。仕入先を尋ねるまでもないでしょう。さすがに危険なので写真は撮れませんでした。

   ベルヴィルからメニルモンタン通りに入ると、再び街は穏やかな感じになりました。向かいには、もうペール・ラシェーズ墓地があります。お腹が空いたので、交差点にあったフランプリで水とサンドイッチを買って緑歩道のベンチに座って食べました。隣りのベンチでは女学生らしい3人の女の子たちがやはりサンドイッチをおしゃべりしながら食べています。私はサンドイッチに飽きて食べきれず、残りをゴミ箱に捨ててしまいました。温度は急速に上がって木陰から離れると陽射しが強い。私は急に冷たい、わさびの利いたざる蕎麦が食べたくなりました。チーズやハムはもう十分です。こんなふうに思ったことはいままでなかったのに、日本食が懐かしくなるとは意外でした。

    ペール・ラシェーズの交差点からシュマン・ヴェール通りに入りました。この通りには本屋が二軒あるはずでしたが、一軒は閉店したらしく探しても見当たりません。もう一軒のLa Musardine 書店は健在で、真っ赤な店舗が鮮やかです。この本屋はエロティック関係の書店で、中に入ると、すでに客が3人いました。みな20〜30代の女性で、そのうち二人はそれぞれ熱心に立ち読みしています。あと一人の女性客は店の主人と話しをしていましたが、イタリア人っぽい粋な中年男性の店主は「この本は、いわゆる告白本で、、、」などと本の説明をしています。店内はたいへん明るく洗練されています。入ってすぐ左手にはサドなどの古典本が置かれ、店の右手は男性向けのヌード本などが並べられ、中央には女性向けの小説本(ソフトなものや激しいものも)が見やすく平積みされ、奥には親切にも大人の性玩具も揃っています。私は、アポリネールの『一万一千本の鞭』が平積みされていたので、懐かしくてパラパラ読み返しました。はるか昔ですが、私はこの滅茶苦茶なポルノ小説を読んで感動したのです。それはこの作家が人間性に何の期待もしていないからでした。私は隣に並んでいた同じ作者の『若きドン・ジョアンの冒険』をとってレジで金を払い、店内の写真を撮っていいか聞きました。とても感じの良い主人は「人が写らなければいいよ」とニコニコ笑いながら言ってくれました。

   ペール・ラシェーズ駅から地下鉄を乗り継いで19区の Ourcq 駅へ。19区とはいえ、この辺りは穏やかで住みやすそうです。近くのアルデンヌ通りをひたすら北へ歩くとロワーズ河岸quai de l'Oiseにつきます。ここはラ・ヴィレットの所から流れてくる水路で、昔は材木や農産物の移送のための重要な水路でしたが、今は近隣の住民の憩いの場になっています。運河を向こう岸に渡るとき、自動小銃を携帯して迷彩服を着た3人のフラン軍兵士とすれ違いました。また保母さんに連れられた保育園の子供たちも橋を渡っていました。天気は晴れ、日差しは暑いが、運河を渡る風は心地よい。釣りをする人、ベンチで読書する人もいます。運河を西に少し歩くと、縦に長い平底船(peniche)が係留していました。ここが最後の目的地 L'eau et les reves(水と夢)書店です。

   船にのって、舳先から遠く運河の先を見ると2隻のモーターボートが競争しながら東に走り抜けて行きます。甲板の上に腰掛けるとびっくりするほど涼しい風が吹き抜けていきます。階段を使って船室に降りると、そこは海、川、旅についての書物が非常に美しく並べられています。何人か先客がいて、みな中高年の落ち着いた人たち、店の人たちも家庭的な感じで、静かに客と話しをしています。私はここでスティーヴンソンの『旅は驢馬をつれて』のフランス語版を買いました。また甲板に出て、先日の雨で増水した運河を眺めていると、妻と二人で浜離宮から浅草まで船で行ったことを思い出しました。

   ところで、l'eau et les reves書店の名はむろんバシュラールの『水と夢』から取られているのでしょう。日本ではバシュラールは1970年代を最後に忘れ去られた思想家であるのに、フランスでは常に現役の、というよりincontournable(避けて通ることの出来ない)な人物となっています。これには当時の日本での受容についての問題があったのでしょう。バシュラールは難解な思想家で、研究者がその魅力を一般の読者に伝えることが困難だったのです。そもそも思想家は自分の考えを醸成する過程で様々な失敗、挫折、見落としなどを経験します。余分な虚飾を取り払って、自らの原点から構築する思想は、それゆえに読者を感動させるものを常に持っています。ところが、研究者・紹介者・翻訳家は思想家の到達した所から出発し、要領よくその出どころに遡ります。その文章が読者の心に何かを訴えることが難しいのは当然のことで、バシュラールのような思想家には特にそれが困難であるということなのでしょう。

    よい機会なので、数多くのバシュラールの著作の中から、際立って精鋭なものを紹介しましょう。それは『火の精神分析』(前田耕作訳・せりか書房)です。人間がいかにして火を使用できるようになったかは実は大いなる謎なのです。「合理的」な解釈では、林の中で樹々が風で擦り合わさって発火するのを目撃して、乾いた二本の木を同じように摩擦したら火を生むことができた、などと書かれていますが、実際上信じがたい解釈です。それより人間の毎夜の営みについて目を凝らすべきでしょう。硬い棒が、それより柔らかい材質の穴の中で激しく摩擦し合うと強い熱を発生し、乾いた葉をのせると燃え上がります。これが性交のアナロジーから導き出されたと考えることはもっとも妥当な解釈ではないでしょうか。人間に火をもたらしたとされるプロメテウスがあのような理不尽な懲罰を受けるのは理解しがたく、本質は彼がたくましい熱愛者であったためであろう、とバシュラールは書いています。「神々の復讐は嫉妬に身を焦がす者の復讐である」とはまさにその通りでしょう。

   メトロのCrimee駅まで歩く途中、FaceTimeに妻からメッセージが入っていました。それによると、妻はもうホテルに戻って休んでいるようです。私は急いで地下鉄でサン・ミッシェルまで帰り、モノプリでフランス産のカップ・ヌードルや果物やビールを買ってホテルに帰りました。妻は装飾博物館を堪能したようで、さらにクリニュー博物館も行ってきたそうです。私への土産にクリニューでペーパーナイフを買ってきてくれました。軽い夕食を済ませ、休んでから、8時開始のオデオン座の観劇のためホテルを出ました。今日の演目はあまりに有名なチェーホフの『かもめ』です。

   オデオン座はすぐ近くなのですが、早めに行って劇場で休もうと考えました。オデオン前の広場に設けられたカフェの席はもう近所の年寄りや、観光客や、芝居を待つ人でいっぱいです。私たちは劇場二階のカフェでシュウェップスを飲みながら開演時間を待ちました。20分ほど前になって開場。チケットを見せて観客席へ。私たちの席は二階の31ユーロの席、やや左斜めで見にくいが仕方ありません。舞台を見ると、ぼんやりした薄暗がりの中で、もう出演者が壁際のベンチに腰掛けています。背後の幕にはチェーホフの『サハリン島』からの引用がマッピングで映し出されていますが、斜めからなので読めませんでした。

   いよいよ開演。最初に出演者が二人ずつ出てきて、客をネタにして漫才の掛け合いのようなことをします。観客は爆笑するのですが、早口で言っていることがほとんど理解できず悔しい思いをしました。それから一人の女性がバケツに入れた墨と太い刷毛を持ってきて背後に貼られた大きな紙に水墨画めいたものを書いていきます。山のような、かもめのような、模様のようなものを描いて、描き終わると真っ黒に塗りつぶしていきます。ようやく始まった劇の冒頭は、女主人公ニーナが恋人のトレープレフの芝居を演ずるのですが、それが光と大音響のファンタジーめいた仕掛けで度肝を抜きます。いったいこの芝居はどうなるんだろうと心配していたら、話は何とかあらすじ通りに進んで、しかし、途中の唐突な仕掛けにイライラしながら舞台は終わりました。妻によると、今までで最悪の芝居だったということです。

   実はこの芝居の演出はドイツ出身で世界的に活躍している演出家トーマス・オスターマイヤーで、彼のやり方は原作を現代に合わせて改作し、その当時にヴィヴィッドで本質的だった問題を現代でもまた切実な課題として提示することにあるらしいのです。だから結末を変えてしまうことなど朝飯前で、常に現代にコミットする大胆な仕掛けをねらっているようです。しかし、よく考えてみれば、原作を変えるぐらいなら新たに現代的な新作を作ればいいだけで、わざわざイプセンやシェークスピアを持ち出すのは大権威に寄りかかると思われても仕方がありません。今回は、しかし、チェーホフで、彼の方法はやや空振りだったようです。というのも、(これがチェーホフの偉大な点ですが)彼は、心弱き人間の普遍的な苦悩を描き続けたので、社会性やましてや政治的メッセージなど無縁です。『かもめ』では登場人物はみな現代の衣装を纏って現れますが、そこに描かれるものは小人物的な名声への憧れと憎しみ、自己の才能への懐疑と苦悩、過ぎ去ったものへの哀愁と悔恨以上ではない筈です。

  ついでにもう一つ。チェーホフの短篇小説では、題材を絞りに絞って、人生の一断面、一瞬間を鮮やかに描き出すのに、劇作になると、登場人物すべてに重い人生を背負わせて、それらがみな描ききれず、深みのないものに終わってしまうことが多いようです。『かもめ』の往年の名女優アルカーディナが良い例で、人間ってそんなにわかりやすくないのに、と思ってしまいます。それに対して文学青年トレープレフの最後の自殺は不思議な謎を観客に残しました。オデオンの照明・効果は狙いすぎでどうかと思うが、最後の天井をいっぱいに舞うかもめの光の効果は見事でした。

Img_0074_2

ジベール・ジューヌで積んであったロベール・ドアノーの写真集(49.9ユーロ)。ドアノーの写真は、私たちがいつもあのとき撮っておけばよかった、と思うような瞬間を見事に切り取っています。

Img_0075

パリ11区パルマンティエ通りのLes Guetteurs de Vent(風の見張り番)書店。

Img_0077_1

典型的な町の書店。入りやすく、見やすく、相談しやすく、雰囲気が明るい。ネットの時代でもしぶとく生き残るでしょう。

Img_0076_1

ウインドウにはEuro2016関連の楽しい本が並んでいます。

Img_0078

オベルカンフ随一の老舗、L'Autre Cafe。1日中活気のあるカフェ。ここでいつもの1664というビールを飲みました。

Img_0079

ベルヴィルのアラブ人向けの理髪店。大人12.5ユーロ、子供8ユーロ、なぜか髭が5ユーロです。

Img_0080_1

ハラル料理の食堂。日本人が入れるような店ではありません。

Img_0081_1

ベルヴィルのフリーマーケット。鞄や衣料を売っていたが、奥にはカメラや携帯も並べられています。

Img_0084

ペール・ラシェーズ墓地近くのシュマン・ヴェール通りにあるエロティック系書店La Musardine。ウインドウには69番をつけたサッカーフランス代表のユニフォームが飾ってあります。

Img_0082_1

La Musardine書店の店内。明るく、くつろいだ感じで入りやすい。客は全て女性でした。

Img_0083

ウインドウには「ビールとサッカーとポルノの夕べ」という催しのお知らせがありました。

Img_0087

ロワーズ運河。19区ヴィレット近く。のんびりした風景です。

Img_0088

非常事態宣言の出ているパリ。こんな穏やかな場所にも3人一組で兵隊が巡回しています。

Img_0086

この大きな平底船は下の船室全体が旅と水に関する書店になっています。

Img_0085_1_2

これが舳先の部分。店名はバシュラールの『水と夢』から。

Img_0091_1

船に乗ると、なぜかワクワクします。

Img_0090

階段を降りると書店の入り口です。道楽でやっているとしか思えない贅沢な本屋です。

Img_0089_1

店内は旅の本、海・河の本が美しく並べられています。

Img_0092_1

夜7時過ぎのオデオン広場。老人が多いのに驚きます。

Img_0094

開演前のカフェ・オデオン。バー・カウンターには行列ができています。

Img_0095

オデオン座の観客席。出演者はもう舞台に座っています。背景に映し出されているのは、チェーホフの『サハリン日記』。演出のオスターマイヤーはこの著作がチェーホフの生涯の転機になったと言っています。

Img_0096_2

最後の舞台挨拶。右から二人目、主人公ニーナ役のメロディ・リシャールはさすがに美しい。

Img_0097

オデオン座の正面。La Mouette(かもめ)の垂れ幕があります。

Img_0099

妻がクリニュー博物館で買ってきてくれたペーパーナイフを早速使ってみました。本はブラッサンス公園で買ったParis-Peintres et Ecrivains. ユイスマンスのフォリー・ベルジェールの章にゴッホのモンマルトル風景が添えてあります。

Img_0098

今日買った本。ジベール・ジューヌで買ったロマン・ギャリの『紅海の財宝』とウナムーノの『見るための目』、La Musardine書店で買ったアポリネールの『若きドン・ジュアンの冒険』、それにL'eau et les reves書店で買ったスティーヴンソンの『旅は驢馬をつれて』。ロバの本は必ず買います。

|

« オデオン広場ふたたび(5)ケ・ブランリーと17区のオデオン座 | トップページ | オデオン広場ふたたび(7)帰国前日 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« オデオン広場ふたたび(5)ケ・ブランリーと17区のオデオン座 | トップページ | オデオン広場ふたたび(7)帰国前日 »