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2016年7月31日 (日)

オデオン広場ふたたび(5)ケ・ブランリーと17区のオデオン座

6月21日(火) 

  昨日の雨が嘘のような青空、昨夜モノプリで買ったパン・ド・カンパーニュをコーヒーで喉に押し込んで、ケ・ブランリー美術館に行くべくホテルを出発しました。実は今回のパリ旅行は観劇以外は全然予定を立てていなかったのですが、昨日、妻がオデオン座で働くJ...さんに、ケ・ブランリーは行った方がいいよ、と言われたので、行ってみることにしました。J...さんによると、庭がすてきだということです。ケ・ブランリー美術館は2006年に開館した、アフリカ・アジア・オセアニア・南アメリカの文化・民俗・芸術などを展示する美術館で、さほど興味はなかったのですが、妻が行こうよと言うので行くことにしました。

   バスで行こうと思いましたが、バスは乗り換えが面倒なので、メトロでアルマ・マルソーまで行き、セーヌ川を渡ってケ・ブランリーの入り口に着きました。11時開館まで10分ほど待って入場(二人で15ユーロです)。足下を光が戯れるような不思議な廊下を通って展示場へ。ところで、この美術館はよくある民俗学博物館とは随分違っています。例えば千葉の佐倉にある歴史民俗博物館のような来館者を教育する意図など一切ありません。ただ、珍しいものを楽しんで見るようにとだけ作られているので、展示品も多くなく(所蔵品は30万点以上ですが)、しかも部屋によって区切られてなく、大きな空間を楕円形に一周するだけです。展示方法も斬新です。すべての展示物が360度の角度から見ることができるよう工夫されています。照明を落とされ、光によって導かれる様はまるで劇場空間そのものでしょう。さらに、ギメの東洋博物館が突出したカンボジア美術から始まるように、ここはもっとも馴染みのないオセアニア(ポリネシア・メラニシア・ミクロネシア・ニューギニア・ニュージーランドなど)から始まります。

   というのも、このオセアニア民俗・文化がまさに衝撃の展示だったからです。私が考えていたオセアニアのイメージは素朴な楽園という枠をあまり出ないものでした。ところが展示されているものは、奇怪・グロテスク・不気味・恐怖そのものです。想像力のはるか先を行くもの、理性では何とも理解しがたいおぞましさを孕んだものだったのです。西洋人がこれらの島々を初めて訪れたとき、どの島々にも住民が住み、しかもそれぞれ違う言語を話すことに驚いたそうですが、恐らく、島々での戦争、皆殺し、人肉嗜食などが日常に行われ、夜は死者の精霊が跳梁する濃密な空間が展開していたのでしょう。

   オセアニアの展示を過ぎると、突然ぐったりしてしまいました。尋常ならざるものを見た精神の疲れか、あるいは旅も中盤に来た疲労か。美術館のベンチに腰掛けてしばらく休んでから、アフリカ、アジア、アメリカと見ていきましたが、後はだいたい馴染みのものばかりで驚きはありません。外に出て、併設のカフェ・ブランリーで、パスティスを飲みながら広い庭をゆっくり眺めました。有名な造園家の作った庭らしいのですが、自然の野放途さを出しながら、林の中をぶらぶら歩いて偶然美術館に出会うような巧みさがあります。

   メトロでサン・ミッシェルまで帰り、モノプリで果物やハムやサラダを買ってホテルに帰りました。ここで、私は20minutes を読みながらぐっすり昼寝をして、目がさめるともう夕方、妻が黒いワンピースをきて観劇の準備をしています。今日の観劇はオデオン座だが、6区のオデオンではなく、17区のOdeon Atliers Berthier、つまりオデオンのもう一つの劇場です。17区は危険な地区ではないが、劇場のあるポルト・ド・クリシーは18区との境でパリの北西の外れ、street viewでみると、とても殺伐とした地域です。メトロのポルト・ド・クリシーを上がると、一帯は大規模な工事中で、いかにもパリの外れという感じです。

    劇場は駅のすぐ近くにありました。工事の曲がりくねった規制線に沿って歩き、オデオンのAtliers Berthierへ。入口で荷物検査があって中へ入ると、開演時間8時の40分前なのにもう何人も客が待っています。カフェで軽食を食べる人や座ってプログラムを読む人もいます。六区オデオン座前の演劇書専門店 Le Coupe-Papier も小さな本屋を出しています。時間になって客席へ。広くはないが、いかにも実験的な演劇をする場所という感じです。席は一階のちょうど真ん中の37ユーロの席、通路に面して足を伸ばせる絶好の場所です。

   さて、演目は何とフォークナーの『野生の棕櫚』です。全く関係ない二つの話が交互に進行するこの野心的な小説を、女性演出家の Severine Chavrier はものの見事にぶった切って、二人の男女の愛が展開される片方の物語だけに焦点を当てました。しかも登場人物はその二人だけです。簡単に原作のあらすじを振り返ると、「野生の棕櫚」と題された片方は27歳の医学のインターン中の学生と25歳の人妻の愛欲の逃避行ともいうべき話です。夫と二人の子を捨てて医者の卵と駆け落ちする人妻は、最後には恋人による堕胎手術の失敗で命を落とします。恋人のハリーは50年の刑を言い渡されて刑務所に収監されます。もう片方の「オールド・マン」はミシシッピ川の洪水の被災者の救助に駆り出された囚人の話です(オールド・マンとはミシシッピ川の別名です)。彼は濁流に呑み込まれて仲間からはぐれ、途中で木につかまって救助を待つ妊婦を救います。この妊婦としばらく生活した後 、もとの刑務所に戻ってさらに10年の刑を追加されます。

   この趣向についてフォークナーは、「野生の棕櫚」の第1章を書いているうちに説明不足の点に気付いたので、補足的・背景的な意味で「オールド・マン」のパートも書き始めた、と言っていますが、自作についての作家自身の説明を鵜吞みにする人が多いのに驚きます。実体は、単純すぎる本編をより複雑・難解に見せるために別のパートを付け加えたと見る方が自然でしょう。そうすると、Severine Chavrier の思い切った手法は、愛欲の行き着く先をより純粋にそれ自身のみで追求したわけで、納得できなくもないのです。(しかし、私の読後感では、オールド・マンのパートの方がずっと素晴らしく、ミシシッピ川にまつわる描写はフォークナーそのものです)

    ただ、出来上がった舞台は、まず退屈なものになってしまったようです。約半分はセックス・シーンで、およそ三分の一は全裸です(16歳以下観劇禁止です)。口論、怒鳴り合い、部屋の中を動き回り、叫び合い、抱き合うだけです。さらに、最新の映画技術の音響専門家によるという音響効果の迫力(外の嵐、雷、雨、そして無意味な大音響)がその空っぽさをより引き立てています。私はすぐに寝てしまい、寝言を言って妻から起こされました。舞台終了時の拍手もおざなりで、観客も白けていましたが、これがハリウッドの予定調和とは違うオデオン座の演劇なのでしょう。帰りもメトロで帰り、サン・ミッシェルで、夜中にしては騒がしいと思ったら、今日は音楽の日でした。モノプリでビールを買おうとすると、深夜はアルコール類は売れませんと言われました。毎年音楽の日は騒いで瓶や缶が散乱するので、今年は規制されているのでしょう。疲れていたので、すぐに寝てしまいましたが、妻も今日の芝居について文句を通り越してさんざん怒っていました。

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ケ・ブランリー美術館の入り口から展示室に伸びる光の廊下。世界中の地名が次々に流れて行きます。

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オセアニア(ポリネシア・ミクロネシア・メラネシア・ニュージーランド等)の先頭はこんな彫刻から始まります。とらえどころのない不気味さ。これらが皆、19世紀の作品であることに驚きます。

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精霊を表す像らしい。こういうものを見ると、日本のルーツが南方文化にあるなどという説は信じ難くなります。

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これも精霊を装うマスク。なぜこれほど気味悪く作れるのか不思議です。

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戦いの武具や面がたくさん展示されてありました。南太平洋では、ヨーロッパの宣教師たちが切り刻まれ、食べられたという歴史もあります。

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カフェ・ブランリーでパスティスを飲みました。自然の風がたいへん心地よかったです。

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アンドレ・シトロエン公園の設計者、ジル・クレマンによる庭。無造作ながら全て計算された樹木と花。エッフェル塔のすぐ近くにこれほどの敷地があったことは驚きです。

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17区の外れ、ポルト・ド・クリシーのオデオン・ヨーロッパ劇場のアトリエ・ベルチエ。この周辺は大規模な再開発が進められています。

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開演を待つ人々。ほとんどが中高年。女性の方が多いようでした。

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芝居の前後に店を開けるカフェ・オデオン。白髪の男性が一人だけで注文を処理しています。

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『野生の棕櫚』の登場人物は二人だけ。ロラン・パポとデボラ・ローチ。大熱演の後の最後の舞台挨拶。

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『野生の棕櫚』のパンフレット。写真のように、1時間半の舞台のほとんどが裸の場面です。

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