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2016年7月24日 (日)

オデオン広場ふたたび(4)雨のレピュブリック広場

6月20日(月)
    朝からひどい雨。折りたたみ傘を一つしか持ってこなかったので、ホテル並びの大型本屋ジベール・ジョゼフで一番安い折りたたみ傘を一本買いました(5ユーロ)。ついでに、文房具売り場でペーパーナイフを探したが気に入ったものはありませんでした。これまたついでに、2階の文学書売場をさーと見て、38番のバスでダンフェール・ロシュロー広場へ。天文台のすぐ裏なので歩いても行けそうですが、この雨なので仕方ありません。ダンフェール・ロシュローはたいへん活気あるところで、広場にあるライオン像、賑やかなダゲール通り、人骨で埋め尽くされたカタコンブなどが有名です。

    とりあえず、傘をさしながら広場のライオン像を鑑賞。それからダゲール通りに行きましたが、月曜日ゆえか休みの店も多く、雨模様なので人もまばらです。ブラール通りを歩いていたら、妻が急にお腹が空いた、と言い出しました。まだ、12時前ですが、いったんダンフェール・ロシュロー広場に戻り、ルネ・コティ通りをRERのB線に沿って歩きました。五分も歩かずに、左に曲がってダロー通りに入ると、高架橋をくぐったすぐ右手にLe Vaudesir というビストロがありました。12時まであと5分ほどあるのでランチはまだ早いだろうかと思い、ガラス戸から中を覗きました。ちょうど通りがかりの女の人が私に向かって、親指を立てて「この店は美味しいよ!」というジェスチャーをしました。目を上げると、太ってにこやかな店の主人と目が合ってしまい、思い切って店に入りました。

    広くはない店ですが、10余りのテーブルにはまだ客はいません。常連客らしい男と女がカウンターでワインを飲んでいます。飲み物か食べ物か聞いてきたので、店の前に書き出されていた今日のランチ Paleron Braisee を注文しました。すると奥から2番目の席に案内すると、厨房からランチの見本を持ってきて、これでいいのか?と聞いてきます。それでいい、と答えるとその料理を隣のテーブルに置きました。あれ?と思っていると、そこに料理番らしい若い黒人女性が座って、どうも同じランチを賄いで食べるようです。この黒人女性はにこにこして、とても陽気で、妻がトイレの場所を尋ねると、丁寧に教えてくれました。 妻が帰ってくると、「大丈夫だった?」と聞いてきます。妻が「大丈夫。少し難しかったけど」と答えると二人で恥ずかしそうに笑っています。妻にきくと、なんとトイレは戦前の和式というのかトルコ式というのか、旧式で天井にシャワーが付いていて戸もしっかり閉まらないような時代物だということでした。

   私がカメラを取り出すと、主人が飛んできて「写真を撮ってやろう」と言って私たち二人の写真を2枚撮ってくれました。ビールを飲んでいるとランチが出て、実はPaleron という単語を知らなかったのでスマホの中のロベール仏和大辞典で調べてみると、何と牛の腕肉とのことです(Braiseeは蒸し煮のこと)。しかし、とても柔らかく親しみのある味、付け合せの大きなジャガイモも私好みの味でした。妻も美味しいと言っていましたが、肉の量が多くさすがに食べきれず、私が残りを食べてしまいました。食べているうちに客が入り始め、あっという間に満席に。この店の人気がうかがい知れます。食後のコーヒーを飲んで、迷惑にならないよう席を立ちましたが、これで23.9ユーロとは安いものです。

   実は、この店こそ私が執念で探したビストロだったのです。メジャーで一度も紹介されたことのない、パリ中心部から遠くなく、地元の人に愛されて、観光客は絶対に行かない、安くて美味しく、雰囲気の良い店、こういう店を見つけるのがどれほど大変だったか。だから、この店の扉を開けた時、私はこの店のことのほとんど知りうる限りのことを知っていました。主人の名も従業員の名も常連たちの顔も週末の催しも。オーヴェルニュ地方といえばフランス南東部の山岳地帯ですが、そこの郷土料理がこの店の特長です。トイレのことは予想外でしたが、これはしかし観光客を全くあてにしていないことの証左でもあるのです。パリには、きっとこの店のような、私たちが気付かない隠れた愛すべき店がたくさんあることでしょう。

    お腹がいっぱいになったので、ぶらぶらリュクサンブール公園を抜けて歩いて帰ることにしました。ところが、途中でまた雨が激しく降ってきて、バスで帰らなかったことを後悔しました。2時近くにホテルに帰還。少し休んでから、妻は文通しているフランス女性と会うためにオデオン座に向かいました。そのJ..さんという女性はオデオン座で働いているのですが、妻にオデオン座の舞台裏など案内してくれるということでした。オデオン座はホテルから3分もかかりません。私も妻をオデオン座の前まで送ってから、劇場となりの古書店デイレッタント書店で本を探しました。が、めぼしい収穫もなく店を出て雨の中をサン・シュルピスの方へ歩きました。雨はますます激しく、まさに土砂降りの雨です。馴染みのカトリックのサロン・ド・テに入ろうとしましたが、今日はカトリックの特別な集まりがあるらしく一般客は入れません。雨を避けるため、メトロのサン・シュルピス駅の階段を降りて、思い立ったままにレピュブリック広場に行ってみることにしました。実はレピュブリック広場に行くのは初めてです。メトロのレピュブリック駅から上へ上がると、思ったより広い長方形の広場です。豪雨にもかかわらず、見学かあるいは祈りに来ている人々もいました。私は雨を避けて、目前のCafe Repubrique で1664というビールを飲みながら、「共和国広場」の蝋燭や花や写真の置かれた像を眺めていました。

   乾いたフランスの夏には珍しく、カフェの中は雨具や濡れた衣服による熱い湿気が充満しています。狭苦しいカフェのテーブルに座って、レピュブリック広場に屹立するマリアンヌ像を見ていると、陰惨さを秘めた葬祭の壇のように見えてきます。11月13日のテロの場で殺された人々の大部分は30歳前後のいわば人生の盛りの好奇心の強い、知的な、恐らくは反体制的な、社会の多様性を信じる人たちでした。それがいっそう虚しさに拍車をかけます。イスラームについては私にも複雑な思いがあるのですが、20歳前後の若者が過激な聖戦思想に染まるのは理解できなくもありません。人間は時に十分愚かだからです。しかし、現代のイスラームの指導者が強烈で清新なメッセージを発せないのは寂しいです。すでにホメイニからおかしかったのですが、ほとんどのイスラーム信仰の国で世俗的なものの象徴である石油が出てくるのも神の皮肉な試練とも言えるし、サウジアラビアの不可解で不透明な存立も表立って非難されることはありません。

   偉大なアヴィセンナは、ある朝、朝の礼拝のため上半身裸で身を清めに行こうとする弟子に、今朝は寒いので風邪をひくからやめろと注意しました。しかし、弟子はそれを聞かずに外に清めに行き震えて帰ってきました。愚か者よ、とアヴィセンナは言いました。「お前は現代の医学の最高の権威である私の忠告をさけて、4世紀前の文盲のお前が会ったこともない男の指導に従ったのだ」と。話は変わりますが、最近ホイットマンの『民主主義の展望』(講談社学術文庫)を読みました。徹底して非宗教的なこの本の拠って立つ基盤は、ありふれたものの中の奇跡、平凡な男女の抱く真実、日常の瞬間の限りない高貴さです。ホイットマンは、南北戦争のさ中に数多くのむごたらしい遺体を見た経験の後で、希望は死んだ者たちの中にこそあると気付きました。死者が私たちを起立させ、私たちに何かを促すのです。

    雨が降り止まないので街歩きも面白くなく、仕方ないのでメトロでサン・ミッシェルまで帰りました。まだ早いので、サン・ミッシェル広場前のジベール・ジューヌに寄って本を漁っているとツヴァイクの『 Pays, Villes, Paysages 』のハードカバー本が8.9ユーロで売られているのに気付きました。今日の朝、ジベール・ジョセフではまったく同じ本が5.9ユーロでした。早速、Book Finderで調べてみると、最安値はアマゾンの5.9ユーロだがこれはペーパーバックです。すぐにジベール・ジョセフに行ってツヴァイクの本を買ってしまいました(ジベール・ジューヌとジベール・ジョセフは兄弟店です)。私は文学者の書いた旅のエッセイが好きなのですが、このツヴァイクの本は素晴らしい。「世界でもっとも美しい墓」という章には、ヤースナヤ・ポリャーナの草の山に埋もれたトルストイの墓が紹介されています。「何のメッセージもなく、何の言葉もなく、ただ風のつぶやきに身を任せているだけの墓」とはトルストイの願いどおりの墓だが、またツヴァイク自身の憧れでもあったでしょう。

   妻の好きなサラダとビールを買ってホテルに戻ると、妻もちょうど帰ったばかりでした。オデオン座ではJ...さんにいろいろ案内してもらって、図書室も見せてくれたそうです。また、昨日私たちがFan Zone に行った話をするとかなり驚いて、というのもフランスでは知的な人間はサポーター連中を嫌っていて、そんな所には行かないからということです。

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ダンフェール・ロシュロー広場の有名なライオン像。偶然ですが、下を走るプジョーもブランド・マークはライオンです。工具店から出発したプジョーはライオンの固い牙からこのマークを思いつきました。

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ブラール通りの映画・演劇専門のAlias書店は予想通り閉まっていました。

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ダンフェール・ロシュロー広場に続くフロワドゥヴォー通り。

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41rue Dareau ビストロ Le Vaudesir。RERのB線の高架下すぐの淋しい通りにあります。

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カウンターの中にいる主人は大変フレンドリーで面白い。まさに庶民のビストロです。

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Plat de jour は牛の腕肉の蒸し煮が四つ。柔らかくて芳醇で、むろん美味だが、量が多いので妻は食べきれませんでした。

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ランチのメインが8.2ユーロとはパリでは最安値です。3ユーロの梨のタルトも食べたかったが、お腹がいっぱいで無理でした。

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「ここ、ヴォデジールでは、クリストフとミッシェルがあなたがたに、毎日の新鮮で家庭的で本当の手作り料理と前菜、デザートを提供します」と書かれています。

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帰り道に寄ったリュクサンブール公園のライオン像。倒した鹿を踏みつけています。

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今日最後に出会ったレピュブリック広場のライオン像は泣いているように見えました。その下のフランス国旗には、私たちは決して忘れない、平和と愛がいたるところに永久(とこしえ)にあることを、と書かれています。

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遠い国から来た人たちでしょうか、土砂降りの雨の中を長い間立ち尽くしていました。

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雨のオデオン座。今、チェーホフの「かもめ」が上演されています。

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オデオン座の図書室。演劇関係の本が集められています。事前申し込みで閲覧可能です。

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めったに見れない舞台から客室を眺めるショット。セットは「かもめ」の最後の場面です。

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ジベール・ジョセフで買ったツヴァイクの『土地、町、風景』。

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