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2016年5月15日 (日)

ナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』

Kさん
もう初夏の訪れですね。約束した本の感想をもう半年ほどさぼっていますが、身体の不調はどうにもなりません。まあ、生きていけるだけで感謝すべきなんでしょう。ところで、ナボコフのこの本を読むと、私たちが出会った20年ほど前を思い出しました。確か、阪神淡路大震災の翌日か翌々日だったと思います。仕事の仲間たちとレストランで昼食を食べながら、関西の惨禍にひとしきり意見が飛び交いました。私たち二人だけが食べ遅れて(注文したグラタンの調理に時間がかかって)皆が仕事場に戻った後も大きなテーブルで食後のコーヒーを飲んでいましたね。あなたは黒いスーツを着て、青いストライプのブラウスの首までボタンを留めて、コーヒーカップを両手で持って口に運んでいました。その時、はじめて、私たちは仕事以外の言葉を交わしたのですが、Kさんは唐突に私に対して、「〇〇さんは、他の人たちを皆馬鹿だと思っているのでしょう?」と聞いてきたのです。「何を言っているんですか、Kさん、僕がそんなこと思っているわけがないでしょう」と慌てて否定したのですが、実は私は職場の他の人間を皆知的障害者とみなしていたのです。むろん、頭の問題ではなく(皆私よりずっと知能の高い人たちです)感覚の絶対的な鋭敏さとでも言えばよいのでしょうか。

こんなことを書くと、ずいぶん私が高慢で思い上がった人間であると思われるでしょう。しかし、どんな人間でもどこか平均以上のものを持っているし、それに私のこの特徴は生涯に渡った私自身の苦しみの源泉でもあるのです。それにしてもKさん、あなたもこの点に関してボードレールの「偽善の読者、わが同類、わが友」ではありませんか! あなたが私に手渡してくれる書物は、みな、密やかな感覚の王国の刻印が押されています。それはまるで、死滅して四散した憂愁の惑星の住人の手がかりを集めるようなものです。『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』(富士川義之訳・講談社文芸文庫)はまさにそのようなもので、私は、Kさん、あなたが共感したその理由が分かるように思うのです。この小説は鋭い感受性を持った青年の自覚と苦悩の物語だからです。

作家のセバスチャン・ナイトが36歳で心臓病で亡くなって2ヶ月後からこの小説ははじまります。六歳下の腹違いの弟である「ぼく 」はセバスチャンの伝記を書くために、彼を生前知っていた乳母や、大学の同僚や、かつての恋人を訪ねます。次第に明らかになっていくセバスチャンの生、それは彼の作品にすでに書かれていた彼自身の秘密を発見することに他なりません。まず20世紀初頭のロシアでの幼少年時代、雪のペテルブルグ、湖と美しい森に囲まれたヴィラ、そこには夢見る少年にとってのすべてがありました。母親との散歩、少女との逢瀬、幸せに包まれた生活の靄の中で、何かわからない意識の芽生え。彼は17歳で広大な領地を相続するが、革命のためにすべてを失い、19歳で家族と離れ、ケンブリッジの学生寮に逃げ込みます。

英国はセバスチャンにとっての憧れの地で、このどんよりした銅色の空の下で、ロシアの日々を思い返します。セバスチャンが思い返していたのは何だったのだろうか、と「ぼく」は考えます。
「黒々としたロシアの樅の林の彼方の霧に包まれた日没のことだろうか? 草の葉や星の隠れた意味のことだろうか? 未知なる沈黙の言語のことだろうか? 露の雫のものすごい重みのことだろうか? そのすべてに意味があるのだが、何百万という数の小石のなかのたった一つの小石がもっている胸が張り裂けるような美しさのことだろうか? そのすべてに意味があるのだが、一体どういう意味があるのだろう? 夕暮れのなかで奇妙に捉えがたくなった自分の自我に対して、そして人間が実際には一度も導き入れられたことのない周囲の神の世界に対して、発せられた《おまえは何者だ?》というあの古い、古い問いかけのことだったのだろうか?」

「何百万という数の小石のなかのたった一つの小石が持っている胸が張り裂けるような美しさ」を感じることができる人間にとって、彼が生きてゆく世界はあまりに豊饒な意味に満ちています。「さあ、憶えておくのよ」と自伝『記憶よ、語れ』の中でナボコフの母親は少年に言い聞かせます。凝乳色の空へ昇っていく雲雀の姿、褐色の砂にできた楓の葉のパレット、新雪に小鳥の残した楔形の足跡、ロシアの森のあれこれの美しいものすべてを決して忘れないようにと。母から相続したこの目に見えない財産は、とナボコフは語ります、後の喪失に耐えるためのものだった、と。

ケンブリッジで、セバスチャンは、英国の学生になりきり、英国の学生風に生きようと努力します。しかし、努力すればするほどケンブリッジの学生社会に溶け込めない自分に気付くのです。やがて、三学期、四学期と過ごすうちに、彼は自分のぎごちない不適応性について思い悩むことをやめ、自分がいかほど努力しようと自分の秘密の部分はどうしようもないほど孤独だ、いや孤独こそ自分の基調であると気付くのです。同時に彼は自分の魂のリズムが、他人のそれよりはるかに豊かであること、自分のほんのちょっとした考えや感覚すら仲間たちのよりも常に次元が最低一つは上にあることに感づいたのです。

「ぼくの場合、心のあらゆる鎧戸(よろいど)や蓋や扉が四六時中すぐに開いてしまうのだ。たいていの人の頭脳には日曜日というものがあるが、ぼくの頭脳には半日の休暇さえも拒絶されているのである。この間断なくつづく不眠状態は、それ自体きわめて苦痛なばかりでなく、その直接的な結果においてもまた苦痛をもたらすのであった。当然のことながら、ぼくが実行しなければならないあらゆる日常的な行動は、非常に複雑な様相を呈し、非常に多くの観念連合をぼくの心に生じさせるのだった。」

セバスチャンは、遠い中国で起きた地震の惨禍に悲しむことのできる人間が、なぜ中国への距離数と同じだけ離れた昔に起きた地震の被害に胸を打たれないかを不思議に思います。残された彼の小説のなかでセバスチャンは次のように書きます。「レストランの客たちは、食事を運んだり、外套を預かったり、ドアを押し開いてくれる活動的だが人目につかぬ人たちに決して気がつこうとはしない。ぼくは数週間前に中食を共にしたある実業家に、帽子を手渡してくれた女が、耳に脱脂綿を詰めているのを一度気づかせてやったことがある。彼はびっくりした様子で言った。そこにそもそも女がいたなんて気がつきませんでしたなあ…どこかへ急いで行く途中だからといって、タクシーの運転手の裂けた唇を見落とすような人間は、ぼくには偏執狂としか思えない。チョコレート売りの少女がかすかに、ほんのかすかに足を引きずっているのではないかしらと感じるのは、群集のなかで自分一人だけなんだと思うようなとき、ぼくはまるで盲人や狂人たちの間に挟まって坐っているような気が始終するのだった。」

セバスチャンと「ぼく」が レストランを出て、脇目もふらずタクシーの行列の方に歩いていたとき、かすみ目の老人が親指に唾をつけ、二人に広告のチラシを渡そうとしていました。二人は夢中になっていたので、それに気づかず通り過ぎました。しばらく行って、セバスチャンは「しまった、見て見ぬ振りをしてしまった」と言って、「ぼく」を置き去りにし、やがて一枚の小さな紙切れを持って戻ってきました。そして、その紙切れを捨てる前にていねいに目を通していました。

「そのすべてに意味があるのだが、いったいどういう意味があるのだろう?」これがセバスチャンが終生抱き続けた謎です。彼はこの謎を人や社会との関係の中ではなく、個人の、つまり自分自身の意識の中に求めます。これがきわめて特異な点で、またきわめて感動的な点でもあるのです。自伝『記憶よ、語れ!』の中でナボコフはこう書いています。「人間の意識、一個人の記憶、そして言葉によるその表現に比べれば、宇宙とはいかにちっぽけで(カンガルーの袋にもすっぽり入りそうだ)、いかにくだらなくけちくさいものだろうか!」 Kさん、まさにそのとおりなのです。生きるとはそのようなめくるめく世界を体験することであり、自分に起こる出来事のすべてを意味付けて思い起こすことなのです。「幼年時代を探ることは」とナボコフは言っています。「永遠性を探ることの次善策である。」

セバスチャンはナボコフ自身のさらに先鋭化された姿であり、彼が知的で美人で彼の生活に溶け込んでいたような恋人クレアと別れてしまう理由も、この過剰な意識の故なのです。「クレアはセバスチャンの陽のあたる部分しか知らなかった。」そして、最後の軽薄な女友達ニーナともむろん心が通うことなく別れていきます。セバスチャンはロンドンの住居にこもり、また旅行をし、持病の心臓病の発作に苦しみながら、最後の小説『疑わしい不死の花』の執筆を続けます。物語は「ぼく」が重病のセバスチャンに会いに行き、もう一歩のところで臨終に立ち会えなかったところで終わるのですが、そこで「ぼく」は『疑わしい不死の花』に想いをめぐらせるのです。

セバスチャンのこの小説は、臨終の床に就いている一人の男の意識の描写だけで成り立っています。死についての考察、やがて訪れる臨終の苦痛、ちょうど舞台の端に男が横たわっている寝台が置かれ、その横のスポットライトが当たっているところに、次々と人物が登場し、また退場するように、混濁しつつある最後の意識は記憶の中のすべてを蘇らせてきます。チェスの名手、シュヴァルツが登場し、孤児の少年に桂馬(ナイト)の動かし方を教えています。愛らしい背の高いプリマドンナが、慌てていたため水たまりに足を踏み入れ、銀白の靴を台無しにしてしまいます。すすり泣いている一人の老人が、薄く口紅を塗った喪服姿の少女に慰められています。これらの人びとや他の人びとがスポットライトの当たっているときだけ活動し、一人の男が臨終の床に就いているという主要主題の波の中に順次飲み込まれていきます。その男が腕を動かしたり、頭の向きを変えたりするたびに、今挙げたような人生模様が生起してくるのです。

そしてついに読者はこの本の中枢部に読み進んできます。「今となってはあまりに遅すぎるのだが、《人生》という本屋がもう閉店する時間になって、初めて彼は前から手に入れたいと思っていたある本を購入しなかったことを後悔した。地震や火事や列車事故を一度も経験しなかったことも後悔した。ある日、人気のない林間の空地で出会った淫らな目付きのふらふらさ迷い歩いていた女学生に話しかけなかったことも。汽車に乗りそこない、いろんな引喩や機会を利用しそこなったことも。身を刺すような寒い日に、手をがたがた震わせながらヴァイオリンを弾いてくれた年老いた男にポケットの小銭を手渡してやらなかったことも。」

最後にセバスチャンは生と死についての真実を語ります。人生とはもつれ合った糸であり、自分とはその硬い結び目なのだ。力まかせにほどこうとすれば出血するが、もし糸のからまり具合に注意して、上手く辿って行けば彼が、そして万物が解きほぐされるであろう。こうして「この世の生活を通じて、鉄輪の巻きついた頭脳と自分自身の個性というぴったりはまった幻想に惑わされて、がんじがらめに束縛された思考」はついに解放されるのです。「そして万物の意味がそれぞれの姿形に応じて一様化され、もはやいかなる物も無意味ではない」と悟った時、その一瞬の逡巡の間に瀕死の男は息を引き取ります。

『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』は「ぼく」がほんとうはセバスチャンその人であった、という自覚で終わるのですが、この「ぼく」にはナボコフの実の弟セルゲイの影が宿っています。明るく活発なナボコフに対して弟セルゲイは内気で寡黙であり、ナボコフが音楽嫌いにたいして、セルゲイはピアノが巧みでした。兄弟は子供時代は打ち解けなかったが、ドイツとフランスでの苦しい亡命生活を通じて心が通うようになります。兄弟の唯一の共通の趣味であったテニスで、左利きのセルゲイは吃音のため審判に判定についての抗議ができなかったとナボコフは書いています。『記憶よ、語れ!』では曖昧に書いていますが、実はセルゲイは同性愛者で、ナボコフとリュクサンブール公園で待ち合わせた時、口紅を塗ったパートナーを連れて来てナボコフを驚かせました。しかし、戦争終結の間際にセルゲイはハンブルクの収容所で栄養失調で死んでしまいます。「そのすべてに意味があるのだが、いったいどんな意味があるのだろう?」セルゲイはナボコフの幸福な幼年時代と苦しい亡命時代の数少ない目撃者で、意識の惑溺とも言える自身の病のもっとも自然な語り手と思えたのでしょう。

Kさん、遠い昔の話から結論とも思えぬ終わり方でさぞ不満のことと思います。あのレストランのあった駅近くのショッピングモールも、いつの間にか閉鎖されていましたね。あの日、遅くなった昼食のため私たちは急いで仕事場に戻って行ったのですが、私はコンビニのところで転んでしまい、先に走っていたKさんから「遅刻してクビになっても知りませんよ」と声をかけられたのでした。「Kさん、ぼくが経営者だって忘れてるでしょう?」と言って何とか起き上がったのですが、22年も昔のことなのにその日の東京の空の青さはよく覚えています。そのすべてに意味があるとしたら、私たちが注文した海老のグラタンも相応の役目を果たしていたのでしょうか。


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