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2015年7月13日 (月)

憂愁の巴里(2)グランパレのベラスケス

6月19日

   朝5時半に起床。昨夜はあまりに疲れていて、何時に寝たか覚えていません。このホテルは朝食付きなので、朝7時10分に一階のロビー兼食堂へ。安ホテルなので新聞が置いてないのは仕方ないが、無料日刊紙もないのは淋しい。食後、また4階に戻り、テレビを見たり、身支度をして、9時半頃ホテルを出ました。セルパント通りを東に行ってサン・ミッシェル大通りにでました。角のブリニエ書店の前にはもう何人かが開店を待っています。ぶらぶらとエコール通りのコンパニ書店のウインドーを覗き、サン・ジェルマン大通りにでて、店を開けたばかりのエロール書店に入ってみました。ここは自然科学専門の大型書店の筈ですが、一階は一般書や文房具や玩具など子供や観光客向けの雑然とした品揃えで、専門書店特有のピリッとした雰囲気が感じられません。自然科学書や税務経済書は地下にまとまっていましたが、量的にも少なく、専門書というより、教科書を購入する学生か、科学愛好家向けの軟弱な品揃えに過ぎません。カルチェラタンにその名を知られたエロール書店も早晩閉店するのではないでしょうか。

   サン・ジェルマン通りを渡って、マンガ・アニメ関係の店が並ぶダンテ通りに入ります。まず、Aaapoum bapoum書店。フランスのこの種の本は三種類あって、BD(バンド・デシネ)はフランス・ベルギーなどフランス語圏の漫画、MANGAは日本の漫画の翻訳、COMICSはスパイダーマンなどのアメコミです。Aaapoum bapoum書店はこの3つをすべて扱う古本屋で、ホテルのあるセルパント通りにも支店があります。なぜか最近BDも読むようになったので(妻も私も)、今回のパリ訪問では何軒かBD専門書店を巡りました。Aaapoum bapoum書店の並びには、MANGA専門のHAYAKUSHOPがあります。日本のかなり知られていない漫画も翻訳されているので妻はびっくりしていました。むろん、日本のアニメのグッズなども置いてあります。

   そろそろお腹が空いてきたので、サン・ジェルマン通りを歩いて、レストランChez Gradinesに入りました。ここはバスク料理の店で、安くてお腹一杯になると評判の店です。まだ11時半頃でしたが、店頭のメニューを見ていたら、スペインっぽいお姉さんが来て、開店は12時だが、店の中で座って待っているか、近くを散歩してくるか、と聞いてきたので、座って待っていると言いました。驚いたことに開店前なのに次々にお客が入って来ます。私はここで生ハムの入ったサラダ、妻はポテトのサラダ、そして二人ともバスクビールを注文しました。量が多いので食べても食べてもなかなか減りません。生ハムは一枚の大きさと厚さがすごく、噛み切るのに苦労しました。途中、喉に詰まって呼吸できなくなり、死ぬのかと思いましたが、妻がすぐにビールを飲ませてくれて大事に至りませんでした。笑っていた妻でしたが、その後、皿を交換すると、妻も生ハムが喉に詰まり必死で水で流し込んでいました。

   それからサン・ジェルマン通りをサン・ジェルマン・デ・プレまで歩き、フール通りに入ってCitadine Phermecieという激安のドラッグストアに入りましたが、超満員でレジにも長い行列ができていました。日本人客も大勢います。妻は混雑に圧倒されて、何も買わずに出てきました。またサン・ジェルマン・デ・プレの交差点に戻り、この辺では唯一の一般書店になったL'ecume des pagesに入って新刊書などを見て時間を潰しました。実は有名書店La Huneが6月14日、つまり、つい5日前に閉店してしまったのです。これは大変な事件で、パリの知的文化の象徴ともいうべき書店、サン・ジェルマン・デ・プレの顔ともいうべき書店がなくなってしまったのです。「私たちは店を閉めます、マダム、永久に」と店長のミゲル・デュポンは目に涙を溜めて最後の顧客たちに挨拶したそうです。シャンパンとジュースが客に振るまわれ、時間が近づくと、皆、この歴史的書店の最後の客になろうと手に本を持ってレジに殺到しました。店の外では野次馬や観光客が文化史に残る一瞬をこの目で見ようと取り囲んでいます。「文化相はどこにいるんだ?」とフランスの文化的政策を糾弾する悲痛な野次も飛びました。

   実は2012年にLa Huneがフラマリオンからガリマールに所有権が移り、ドゥ・マゴとカフェ・フロールの間という絶好の位置からサン・ジェルマン・デ・プレ教会の横に移転した時にこの結末は予想されていたのです。跡地にはルイ・ヴィトンが入り、サン・ジェルマン・デ・プレの「高級化」の象徴化された出来事と言われました。原因はサン・ジェルマン地区の土地の高騰と書籍売上の低迷です。La Huneは2009年から2014年までに売上を36%落とし、11人の店員の給料と土地代が払えず、ついに新しい移転地からも撤退を余儀なくされたのです。

   秋の日はつるべ落としと言いますが、パリの書店の消滅は予想を上回る速度で進んでいます。2011年から2014年までにパリで83の書店が店を閉じました。その中には4区のAgora Pressや9区のDel Ducaなど地区のシンボル的書店も含まれています。さらにカルチェラタンのデダル書店もついに閉店し、名物店主で知られる8区のSterling書店もなくなりました。2015年に入ってもさらにひどく、パリの書店マップにのっている本屋もGoogle viewで確認してみると半数近くが消えています。パリでもっとも古い本屋の一つ、コメディ・フランセーズ前のDelamain書店も近々閉店が確実視されています。

    この原因は、むろん、ネットの蔓延にあります。暇つぶしと情報探索と知的興味を満足させてくれる書籍文化は、そっくりネット環境の餌食になりました。フランスは、元々、読書と映画の文化がヨーロッパでもっとも根づいた国でした。パリのアパルトマンの狭さが、騒音を恐れてテレビの普及を遅らせ、本と映画の発達を促したのです。そのフランス国民が本を読まなくなりました。読書は多数の娯楽から少数の人々の趣味へと変わり、その少数者も書籍の購入をネット販売かFnacやジベール・ジューンなどの大型店で済ますようになったのです。

   日本でも、アマゾンやブックオフの影響はまず駅前の中小規模書店に表れました。工夫や努力をしなくても多くの人々が立ち寄る書店は、それゆえに時代変化の波をもろに受けて消えていったのです。フランスでも特長のない一般書店は早々に消滅し、児童本や特定の趣味に特化した書店だけが生き残りました。とくに1区から10区までの中心地区にその変化は大きく、大型書店のない13、14、15、18、19、20区などでは、まだその地区の文化的拠点としての有名書店は生き残っています。しかし、書店の生命線であるbon conseil、つまり書店員による読書相談の意義はネットの発達ではるかに薄らいでいます。古書店も同様に借地権の高騰で、特長のない店は苦しい。ただし、古書店の場合、希少本を扱う店はネットのおかげでより世界規模で商いが可能になっているようです。

   そんなことを考えながら、ジャコブ通りを西に歩いて行くと、スイユ社の直営店27rue Jacobという店の前に出ました。入ってみると気合いの入ってない品揃え、むろんスイユ社の本しかなく、見るところはほとんどありません。それからセーヌ通りのカルフールで水やヨーグルトやワイン、それに新聞のParisienを買ってホテルに帰りました。ベッドで寝転んで休んでから、5時になってセーヌ川際の停留所からバスに乗ってコンコルドへ。緑のシャンゼリゼ公園の中を横切ってグランパレの正面に出ました。ところが大きなグランパレのどこから入ってよいかわかりません。というのも、グランパレでは4つの展示を同時に開催していて、それぞれ入口が違うのです。係りの人に聞いて、建物の右を大きく曲がって、やっとベラスケス展の入口に出ました。

   ディエゴ・ベラスケス(1599-1660)、そう、あのベラスケスです。西欧の画家で打線を組んだら、彼が四番を打っても文句を言う人はあまりいないでしょう。驚いたことに本格的なベラスケス展がフランスでは初めてということで連日大変な行列だそうです。私たちはそれを見越して夕方から足を運びました(平日は夜10時まで開館しています)。案の定、行列はなく、ゆったりと絵を見ることができましたが、写真撮影が許可されないのは残念でした。展示は、まず驚嘆の一言、三つ星レストランで贅沢な食事をした感じで、これで13ユーロの入場料は安いものです。作品は本国スペインはもちろん、イタリア、イギリス、ドイツ、アメリカなどから傑作が結集しました。ただ、名作「ラス・メニーナス」だけはありません。主催者の話では、「ラス・メニーナス」は作品というより記念碑であり、プラド美術館の至宝というよりスペインそのもの、それを見たければプラドに「巡礼」しなければならない、と。

   グランパレを出たのは夜8時半過ぎでしたが、まだ十分に明るい。アレキサンドル三世橋を渡ると、セーヌの岸辺が金曜日の夜ということですごく楽しそう。とてもたくさんの人が岸辺に座って、持ってきたお酒を飲んでいます。川に浮いた居酒屋は満員で人が溢れそうです。バスで帰るつもりでしたが、陽気な人々の間を歩きたいと思って、ぶらぶらサン・ジェルマン・デ・プレまで歩いてしまいました。またカルフールで飲み物やサラダやバナナを買って帰り、ホテルのベッドの上で夕食を済ませました。

   

Breakfast2

ホテルは朝食付きでした。1階がロビー兼食堂になっています。リネン類を入れた袋が積んであるのがいかにも安ホテルらしい。

Breakfast

朝食はコーヒーか紅茶かチョコレート。それにジュースとクロワッサンとバゲットが付きます。

Bookstore4

私の好きな本屋コンパニ書店のウインドウ。毎年この時期に必ずバカンス向けの書物が推薦されていて、なかなか参考になります。右の赤い本はポール・オースターの奥さんシリ・ハストベットのLe Monde flamboyant。その左の船の写真の本はキューバの人気ミステリ作家レオナルド・パデューラのHeretiques。その下が去年51歳で亡くなった詩人Szilard BorbelyのLa Misericorde des coeurs「心からの赦し」で、これは読んでみたいと思いました。1960年代後半のハンガリーでの過酷な少年時代の思い出です。アゴタ・クリストフのTroisieme Mensonge「第三の嘘」と似た雰囲気の物語かも知れません。

Bookstore5

ワーテルロー200年記念の年ということで、ナポレオン関係の本も並んでいます。彼の子供のときのノートの隅には「セント・ヘレナ、小さな島」という記述があるそうです。

Bookstore3

こちらはサン・ジェルマン大通りの自然科学系のエロール書店。大きな書店ですが、一階は観光客や一般向けの書籍・文具が置いてあります。

Bookstore6

エロール書店のウインドウ。科学系の本が占めています。

Bookstore7

エロール書店の一階。とってつけたような児童書のコーナーがこの書店の迷走を表しているようです。

Dante

ダンテ通り。その名の通り、ダンテの時代からの古い通りですが、今は漫画・アニメ・オタク関係の店が並んでいます。

Bdbookstore

Aaapoum Bapoumのダンテ通り店。BD, 漫画、アメコミ専門店。

Bd2

Aaapoum Bapoumの店員さん。ブログ、Twitterもやっているそうです。

Bookstore

日本の漫画専門のHAYAKUSHOP。人気漫画はほとんど全部翻訳されていますが、値段は2,3倍です。

Cafe2

バスク料理のChez Gradines。お昼を過ぎるとすぐにいっぱいになります。

Photo

手前のSalada Completeは確か8か9ユーロ。妻の食べたPotetoe Natureは6ユーロ。とても食べ切れませんでした。

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ボナパルト通りの美術書専門古書店「狭き門」書店は閉まっていましたが、何と引退のため売出し中の張り紙が。この付近の土地の値上がりは半端ではありません。

Road

スイユ社はフランス三大出版社の一つ。その倉庫兼事務所が自社の本の販売所になっています。入ってはみましたが、買いたい本は一冊もありませんでした。

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グランパレ。これは正面だが、展示によって入口がすべて違います。

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ここがベラスケス展の入口。もう夕方なので行列は皆無でした。

Velazques3

ベラスケス展のポスターは青い服の王女マルガリータ。本物に近づいてみると、奔放で自在なタッチに驚きます。

Velazques7

バルタザール・カルロス皇太子騎馬像。瞬間、変容、不安というバロック的絵画の特徴がよくわかります。穏やかでない雲の動きも16歳で夭折する皇太子の未来を暗示するようです。

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ベラスケスの騎馬像の最高傑作といわれるオリバーレス伯爵騎馬像。圧巻ですが、馬の崇高さに比べ人間(オリバーレスはスペインの宰相)の凡庸さは隠しようがありません。

Velazques9

教皇イノケンティウス十世。ベラスケス肖像画の頂点をなす作品といわれています。館内でもこの絵の前だけは人でいっぱいでした。絵の横の説明のプレートを読もうと近づきすぎて注意される人があとをたちません。人間を描ききった感がすごい。

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聖トマス。私の好きなベラスケス作品の一つ。ベラスケスは聖書や神話の人物のモデルに身近な人たちを使いました。法王や宰相の顔ではなく、つましく生きる人々の顔です。同じバロックながら、カラヴァッジオやルーベンスの狂熱となんという違いでしょうか。神秘主義的高揚のかけらもなく、ラ・トゥールのこれ見よがしの暗さもありません。トマスは朴訥で、いつもイエスに諭され、自分を向上させようと常に努力していました。これは、自分についてほとんど何も語らなかったベラスケスの生涯そのものです。トマスの肩にもたせた槍の重さ(イエスは磔で槍で貫かれ、トマスはインドで兵士に槍で刺されて死んだ)は誰しもが持つ人生の重さに他なりません。

Velazques2

砂漠の洗礼者ヨハネ。ヨハネがこれほど爽やかに描かれたことはないでしょう。どう見てもスペインの健康な若者で、頭を覆う光輪も周囲のもやの中にかすんでいくようです。牧者の杖に軽く手を添えて、これから説教するというより、やさしく食事に誘うかのごとくです。

Velazques8

ウルカヌスの鍛治場。アポロンがひそかに思いを寄せるヴィーナスが軍神マルスと不倫したことを、ヴィーナスの夫であるウルカヌス(アポロンの右隣の男)に密告する場面。裸で汗にまみれて働く男たちと洒落たサンダルをはいたアポロンの取り合わせが面白い。男たちは神聖な仕事場に闖入するアポロンを完全に見下しており、そこには職人とその仕事へのベラスケスらしい賛嘆があります。

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鏡を見るヴィーナス。ミステリアスな作品で、ベラスケスのイタリア旅行の際に描かれました。天使や鏡はアリバイに過ぎず、真実は美しい女性を描きたかったのでしょう。それ以外の「邪念」に惑わされなかったので、ルーベンスやゴヤやマネの裸体像よりはるかに官能的で美しい。

Velazques

メディチ家の別荘。エウへニオ・ドールスが「ベラスケスの秘密はここにある」と断言した作品。未完成だが、不思議とある満ち足りた感覚を呼び起こします。子供のときの銭湯の壁面に描かれた風景画によく似ていますが、私にとってそれは最高の安穏さを意味するのです。上にひろがる樹々の葉のなんとやさしいこと!

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アレクサンドル三世橋近くのセーヌの岸辺で楽しむ人々。

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恋人たちの語らい。酔っ払って川に落ちないか心配です。

 

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