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2015年7月 5日 (日)

憂愁の巴里(1)ブリニエ書店の角を曲がって

6月18日

「もう書くのやめようよ、恥ずかしいから。またパリに行って来たなんて」と妻に言 われたものの、「いや、もうこれが本当に最後だし、次に行くのはドイツかイギリスかあるいは冥土の旅しか無いんだから、書けるときに書いておかないと。それに、何も書かないと、思い出は少しずつ消えてしまう、ほら、最初に二人でパリに行ったときのことなどほとんど忘れかけているじゃないか」と言い返した私も、実はパリにぐったりと疲れてしまっていたのです。何を書いたらよいか、そもそもパリへの新鮮な感覚をどう呼び覚ましたらよいか、同じことの繰り返しに過ぎないのではないか、という思いがよぎります。

   思えば、去年の9月に売り出された安い航空券を買ってしまったことが過ちだったかも知れません。買ってしばらくは、こころが弾み、毎日euro news を聴いたり、オペラの予定を調べたり、単調な仕事の日常に張り合いが出たりしたのです。ところが日が経つにつれ、旅の準備の煩わしさと不安が心にのしかかって来ました。さらに重かったのは、1月11日のあのシャルリ・エブド襲撃とシリアでの二人の日本人殺害のニュースです。ISISの残虐さと日本人が標的にされたことによる現実の旅の不安が前途を暗くしました。パリのために準備していた和服もこれで御破算で、妻はすっかり旅への気力をなくしてしまいました。おまけに急激な円安からのユーロ高、しかし航空券は払い戻しが効かず、しかも前回の便利な安宿(ホテル・サン・ピエール)もすでに空室がありません。

   旅行の計画を立てると健康に留意するので、体は丈夫になるのですが、今回は節酒、運動、食事制限などをしても痛風や血圧の不安が付き纏いました。つまりストレスが大きいのです。旅行の期日が迫ると、ますます神経は圧迫され、無事に帰って来れるか、旅先で倒れるのではないかと心配になりました。出発当日、午前中の便なので早朝家を出ると、京成の駅までの道で目まいがしてふらつきます。前夜は遅くまで仕事、睡眠不足で血圧が高くなっているのでしょう。不安になると余計ストレスがたまるようです。「大丈夫? 飛行機に乗れるの?」と妻は私よりずっと心配な顔をしています。

   朝の混雑した通勤電車の中でキャリーケースを持ちながら、早く飛行機の座席に座ってゆっくりしたいと思っていました。搭乗手続きも無事済み(妻の持参した歯磨きのチューブは没収されましたが)、菓子パンと水を飲んで搭乗時刻を待ち、やっとシートに座れました。超早割のおかげで、座席は後ろが仕切りになっているペアの席、妻と二人だけなら何の遠慮もいらずゆっくり寛げます。ところが、飛んでみると乱気流が半端なく、なかなか気分が良くなりません。うつらうつらしたり、搭乗の時もらったフランスの新聞を読んだり、ゲームをしたり、ビールを飲んだり、窓から下に広がる切れ切れの雲を見ながら家に残してきたルーミーのことを思い出したりしました。

   12時間の旅の終わり近くに少し気分が良くなったのですが、出された食事を食べ過ぎたのが失敗で、降りた途端気分が悪くなりました。リムジンバスに乗ると、吐き気と腹痛と寒気といういつもの症状に襲われて、ホテルまで持ちこたえられるか心配になりました。ポルト・マイヨーから乗った82番のバスから見えるパリも何か冷たくよそよそしい。アンヴァリッドの黄金色のドームも今日はくすんで見えるようです。夕刻の渋滞のおかげで、リュクサンブールに着いたのは夜の8時半、それでも十分に明るい道をキャリーケースを引っ張ってサン・ミッシェルまで降りて行きました。サン・ミッシェル広場そばの激安の店頭本で知られるBoulinier書店の角を曲がると、その細いセルパント通りの奥に私たちの泊まるホテル、オテル・ド・リス Hotel du Lysがあります。

   このセルパント(蛇)通りは12世紀にさかのぼるパリでもっとも古い通りの一つで、そこに建つこのホテルも17世紀初頭から何人もの貴族の住居になり、Lysという名もフランス王朝の象徴である百合から来ているそうです。そんな由緒あるホテルですが、レセプションにいたのは中国人のおじさんで、奥にあるテレビで中国の漫才のようなものを見ていました。予約した名前を言うと、パスポートもチェックせず、15と書かれた大きな木の札についた鍵を渡し、申し訳なさそうにtroisieme etage(3階、すなわち日本でいう4階)と言いました。実は、このホテルはエレベーターがないのです! 4階まで重いキャリーケースを持って上り、ベッドに身を投げ出すと、もう食事に行く気力もありません。近くのスーパーで水とヨーグルトを買って、風呂に入り(何とリクエスト通りにバスタブがついていました)そのまま寝てしまいました。

Bookstore

ブリニエ書店の店頭本は0.2ユーロ(約25円)から。夜11時まで開いています。ホテルはここを曲がってすぐのところ。

Street

セルパント通り。12世紀からの古い通り。サン・ジェルマン大通りとサン・ミッシェル大通りから入れます。

Nikoncoolpix2015paris536

オテル・デュ・リス。17世紀初頭に建てられました。ホテルのホームページによると、アルチュール・ランボーも泊まったとか。この地区ではもっとも安いホテルの一つです。

Hotel_du_lys_kaidan

ホテルの螺旋階段。この急な階段を4階まで60段上がらねばなりません。「不便さは古さに対して私たちが支払う貢物である」とホームページには書いてあります。

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