« オデオン広場へ(3)オペラ座のモンテヴェルディ | トップページ | オデオン広場へ(5)オベルカンフ、天文台、コメディ•フランセーズ »

2014年8月 2日 (土)

オデオン広場へ(4)妻の体調不良

6月23日(月)
    朝9時に出発、オデオンからサン•ジェルマン大通りを渡って、セーヌ通りのいつものスーパーでサラダ、ジュース、ヨーグルト、お菓子などを買って、セーヌ川のマラケ河岸を散策し、ルーヴルを正面に見るカルーセル橋を渡って、ルーヴル宮のたもとのフランソア河岸の岸辺に降りて、朝食を食べました。今日も良い天気で、バトビュスやバトームーシュが早くも満員の観光客を載せてカルーセル橋の下をくぐっています。 朝食を終えてから、河岸に上がって、ルーヴル宮に沿って歩き、ライオン門からルーヴル美術館に入りました。行列は全くなく、手荷物検査も簡単で拍子抜けしました。

   今日は、妻の要望によりルーヴルのイタリア絵画を鑑賞しに来ました。実は、去年の秋、図書館からの帰り、妻が来年はミラノ•スカラ座のオペラが見たい、と言い出したのです。すでにイタリア語の勉強を始めていた妻の気持ちは固そうです。私は、その時は黙っていたのですが、その日の夜、もしイタリアに行きたいのなら、自分はルーミーと留守番をしているから一人で行ってくればと言いました。その理由として、イタリアは全くの観光地になっているので、活き活きとした刺激がないから、と次のように説明しました。イタリアはローマとルネサンスの巨大な文化遺産を持っているが、まさにそれゆえに、エジプトやギリシアのように観光資産に寄りかかって文化的には堕落しているといっていい。かつて偉大な文明文化が栄えたところは、みな一様に堕落するのは、その文明文化が偉大であったがゆえである。それを乗り越えることも、乗り越えようとする意志も持てず、親の遺産に頼る道楽息子のように食い潰すだけだからだ。その断絶の大きさが意欲を削ぎとってしまうのだ。フランスは中世のロマネスクとゴシックを経て、それらをある時は否定し、またある時は復興しながら、それに匹敵するような文化遺産を連綿と作り続けて来た。あらゆる国の中で、ただフランスとたぶんアメリカだけが常にその時代時代に自国として最高のものを作り上げている、そのエネルギーはむろん今でもパリのいたるところに感じられるのだ、と。しかし、本当のところは、イタリア語を勉強する気力がなかったからで、というのも私にとってフランスへの旅の楽しみの多くはフランス語に接する楽しみなのです。どういうことか、妻も考えを改めてミラノ行きを保留にしましたが、その代わり、ルーヴルのイタリア絵画をじっくり見たいと言い出したのです。

   ところで、ルーヴルのイタリア絵画というと、おびただしい観光客の群れが予想されます。美的興味というよりも観光的興味という人たちの大群に出会うのです。エッフェル塔からゾロゾロ帰る人たち、サクレ•クールから階段を降りてくる人たち、ノートルダムのファサードに集まっている人たち、このような人たちと同じで、目的意識が希薄で、定番の観光地を巡る義務に追い立てられている人たちです。実際、この日もあまりに多くの人間とすれ違って、私も精神的に疲れてきましたが、昨日から調子の悪かった妻はすっかり気分を悪くしてしまいました。入館して一時間もしないうちに外に出ると言い出したのです。妻によると、仕事なら休んでいるほど具合が悪いが今日がピークだから明日からは良くなるだろうとのこと。それならすぐにホテルに帰ろうと言うと、何処かで休みたいというので、去年もルーヴルに来館したとき寄ったリシュリー通りのドイツ惣菜•菓子の店Stubeに入ることにしました。妻はここのBeckという生ビールが好きですが、またここはキッシュやタルトも美味しいのです。

   食べ物も注文しようとすると、妻が何も食べられないというので、生ビールを二つだけ注文しました。すると若い男性店員がフランス語で何やら私に話してきます。私は、唐突に話しかけられると焦ってしまって何も分からなくなるので、パルドン? と聞き返しました。すると、何と今度は英語で話してきて、傍らの小さなパンを指差します。私は、もしかしたら(まだ11時前だったので)午前中はアルコールを販売しないのかなと思いましたが、(昔、亀戸餃子の店で午前中にビールを注文したら断られたので)、なんでパンを指差すのか分かりません。考え込んでいると、後ろのテーブルで待っていた妻がやってきて、通訳してくれました。妻によると、この店はバーではないので酒だけ飲むことはできない、形式的に一番安い0.5ユーロのパンを買ってくれないかと言っていたのです。なるほど、と思って私の好きなレモンタルトを注文しました。

   席に戻ると、妻は「あーあ、サルトル読めてもタバコも買えない、か」と、どこで覚えたか一昔前の留学生を揶揄する言葉をつぶやきました。私は、サルトルはほとんど読まないし、タバコは全く吸わないのですが、この古臭い決まり文句は身に沁みました。実は私には悲しいことに、会話のセンスが全くないのです。毎日、聞き取りや会話の練習をしているのにとっさの時にはいつも聴き取れません。しかも、読み取りにはなぜか自信らしきものがあって、哲学書も何とか読めるのだから尚更その欠点が辛いのです。しかし、最近、内田樹の『街場の読書論』という本を読んで、ストンと何かが落ちる感じがしました。内田樹はフランスの現代思想を学ぶためにフランス語の勉強を始めたのですが、ある語学学校に通っていた時、フランス人の教師がフランス語の漫才のようなビデオを見せて、これを理解できるかと聞いてきたというのです。内田は、それは自分の勉強には必要ないといって拒否したのですが、教師は漫才の中にこそフランス語とフランス文化の本質があると言い張ったそうです。私は、内田の言い分がまったく正しいと思うし、人は自分の都合に合わせて語学を習得するべきだと思います。確かに、タモリやさんまのギャグが分かったからと言って、それで日本文化云々はないでしょう。まず精神の最奥に到達することこそ重要です。サルトルを読める人間はいつかはタバコを買えるようにもなるでしょう。しかし、タバコを買える人間がいつかはサルトルを読めるようになるかというと、、、ぞれは絶対にありそうには思えません。

   Stubeを出て、コメディー•フランセーズ前のアンドレ•マルロー広場で21番のバスを、待つことにしました。ところが、広場の向こうにスーパーのフランプリがあったので、そこで食べ物を買って行こうとしました。フランプリに入ろうとしたら、入り口に紙コップを置いて座っていた若いアラブ人にむかって、フランス人の中年の男性が「トラヴァイエ!(働け!) 」と大声を出しているのを聞きました。その中年の男性が酔っ払っていて、働いていないことは明白なのですが、フランスでしぶとく生きようとしている移民の人たちに対するフランス人の憎悪のようなものを感じました。

   ところで、最近の政治的風潮で顕著なのは、むろん、移民問題に関連して右翼の台頭が著しいことです。マリーヌ•ルペン率いる国民戦線(FN)は現在もっとも人気ある政党と言ってよいでしょう。犯罪を犯す移民に対する彼らの非寛容(tolerance zero)は、EUという理想と共和国の理念に対する挑戦というより、現実に生きるフランス国民の率直な感情表明ともいえます。3年後の大統領選挙にいたるまで、フランスは自由と平等の建前を堅持するか現実主義的ナショナリズムの誘惑に屈するかの選択に迫られるでしょう。それは、見方を変えれば、マリーヌ•ルペンが人種差別を批判するような宥和的政策を維持しながら、なおかつ攻撃的右翼のラディカルさを保てれば、戦後欧州初の極右政権の誕生も夢ではないことを示しています。

   フランプリで飲み物、チーズ、ハム、お菓子、桃などを買って、21番のバスでサン•ミッシェル通りまで帰りました。部屋で、妻はやっと一息つけて、コーヒーを飲み、桃やチーズを食べると、これから2時間ほど寝ると言いました。何処かに行ってくれば、と言ってくれたので、また一人で近所の本屋でも行ってみることにしました。ぶらぶら歩いて、すぐ近くの医学書籍専門店 Vigot Maloine に入ってみました。細かく分類された医療技術の本と、国家試験向けの対策テキストなどが並んでいます。有名な書店で、医学史の本だけでもかなりの分量があります。何も買わずに店を出て、ムッシュ•ル•プランス通りに通ずる階段を上ると、目の前に Librairie de l'Escalier 書店がありました。小さな書店ですが、文学、芸術、哲学などが充実しており、日本の小説も多い。地下への階段を降りると児童書売り場になっているようです。この本屋はとても感じがよいのですが、その理由は入口が開け放たれていて、自由な入り易さがあるからです。レジに座る店主の女性は、道を通る人と挨拶を交わし、その何人かは店に入ってきて、レジの近くに並べてある本を買っています。平積みの本はどれも興味深く、毎日来ても飽きないぐらいです。私はここで Folio の2ユーロ文庫からモンテーニュの『エセー』を優しくリライトしたものを買いました。引用の鬼というか、引用馬鹿とも言えるモンテーニュのギリシア•ラテンの引用もすべて分かりやすいフランス語に訳してあります。

   L'Escalier 書店のすぐ近くに3軒の本屋がありました。英語の本専門のカリフォルニア書店、
店内は狭いですが、主にエンターテイメントのペーパーバック本が天井まで横積みにされていて壮観です。また、同じく英語本のバークレー•ブックショップのウインドーを見ていたら店主と目が合ってしまったので、気まずくなって入店しませんでした。もう一つ、演劇•映画本専門の Le Coupe Papier。残念ながら閉まっていて、仕方なくウインドーをじっくり眺めてみました。それから、オデオン広場の方へぶらぶら歩いて行って、意味なく写真を撮っていました。去年、ラシーヌ通りのフラマリオン書店の前にあった古書店 Le dilettante が、いつのまにかすぐ近くのオデオン広場に移転しています。新しい店は明るく、本が探しやすく、スタッフも昔のように感じ良さげです。店の隅で、床にどっしり座って、大きな丈夫なプラスチックの袋に本をどんどん詰めている浮浪者風の老人がいたので驚きました。何と店の常連らしく、レジでスタッフと雑談して、金を払うと、重い袋を提げてサン•ジェルマン•デ•プレの方にゆっくり歩いて行きました。私は、この書店で、アンドレ•ブルトンの遺稿集 Perspective Cavariere (7.5ユーロ)を買いました。

   ホテルに戻ると妻は起きていたが、まだ体調は悪いようです。お茶を淹れてやると、だんだん食欲が出てきたようで、また妻をホテルに残してスーパーに買い出しに行きました。途中、サン•タンドレ•デ•ザール通りなど通りましたが、やはり観光客が多い。スーパーでサラダ、ミカン、ヨーグルト、白ワイン、水やペリエなど買って、帰りにオデオンの交差点近くで妻の好きなサーモンのパニーニも買いました。ホテルに戻り、食べ物飲み物をひろげて、さあ食べようとするとサラダが見当たりません。どこかに落としたか、スーパーで袋に入れ忘れたかしたらしい。がっかりして、気力を失いかけましたが、気を取り直して、マコン•ヴィラージュを飲みながら10時からのサッカー、フランス•カメルーン戦を観戦しました。

20140623_paris_kasumi_1879

ルーヴルのイタリア絵画のゾーンは、絵を鑑賞するというより、世界中からの観光客を観察する場所といってよいでしょう。人間の多さにすっかり疲れてしまいます。

20100101_paris2014saiki_3546

リシュリー通り31番地ドイツの惣菜・菓子店 Stube。写真中央の男性店員は非常に感じよい。キッシュ、タルトも申し分ないおいしさです。

20100101_paris2014saiki_3551

Beck という生ビール(3.5ユーロ)はよく冷えていて、すばらしく美味しい。

20100101_paris2014saiki_3538

100年以上の歴史を持つ医学書出版社 Vigot Maloine の書店部門。

20100101_paris2014saiki_3539

Vigot Maloine の店内。専門書のほか受験用のテキスト、医学校の教科書も揃っています。

20100101_paris2014saiki_3533

ムッシュー・ル・プランス通りの L'Escalier 書店。小さな、心和む、感じよい書店だが、何年か前から場所代の高さによる経営危機が噂されています。また、パリを訪れた時にも絶対残っていてほしい書店です。

20100101_paris2014saiki_3532

L'Escalier 書店の女主人。写真を撮っていいかと聞くと、フォトジェニックじゃないけど、それでいいなら、と言っていました。選び抜かれた趣味のよい品揃え。最高に知的な場所の最高に知的な本屋のひとつ。

20100101_paris2014saiki_3528

L'Escalier 書店のウインドーに飾られていたジャコメッティのデッサン集『終わりなきパリ』(30ユーロ)。迷ったが買い切れませんでした。

20100101_paris2014saiki_3535

英語本のサンフランシスコ書店。パリに英語の本の古本屋は意外に多い。店は狭いがあらゆるジャンルの本が揃っています。

20100101_paris2014saiki_3527

LEscalier 書店、サンフランシスコ書店のすぐ近くのバークレー・ブックショップ。

20100101_paris2014saiki_3526

バークレー・ブックショップのウインドー。ジジェクの大著にして主著、レス・ザン・ナッシングはまだ邦訳されていません。右のボードリヤールの『アメリカ』は表紙がすばらしいだけでなく、おそらく彼の著作の中でもっとも分かりやすく、活き活きとして、刺激的な本です。「ロサンゼルスに住むアメリカ人がパリを訪問すると、彼はいきなり19世紀の只中にいる自分を感じる」と彼は書いています。

20100101_paris2014saiki_3822

演劇専門の古書店Le Coupe Papier は残念ながら閉店していました。coupe papier とはペーパーナイフのことです。

20100101_paris2014saiki_3825

Le Coupe Papier のウインドー。並べられているDVDがすごい。左からTheatre du Soleil の『狂った希望の遭難者たち』。Theatre du Soleil はヴァンセンヌの森に本拠を持つ劇団で、主演から裏方まですべて同じ給料。今は『マクベス』をやっていて、見たかったが、交通の便が心配で断念しました。その隣がピーター・ブルックの『私に嘘を言って』。一番右がパゾリーニ最初期のドキュメンタリー『怒り』です。

20100101_paris2014saiki_3819

古書店 Le dilettante。オデオン広場に引っ越してきましたが、古書の探しやすさ、店の入りやすさは昔のままです。

 

20100101_paris2014saiki_3815

Le dilettante の店内。文学・芸術本に特化していますが、値段は手ごろで、非常に買いやすい古書店です。

20100101_paris2014saiki_3638

今日買った本。ブルトンの本はずっと欲しかったもの。左のLe dilettante書店の袋がかわいい。

20100101_paris2014saiki_3809

サン・ジェルマンデ・プレからサン・ミッシェル通りに至る途中の小道。19世紀のたたずまい。左岸のありふれた風景です。

|

« オデオン広場へ(3)オペラ座のモンテヴェルディ | トップページ | オデオン広場へ(5)オベルカンフ、天文台、コメディ•フランセーズ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« オデオン広場へ(3)オペラ座のモンテヴェルディ | トップページ | オデオン広場へ(5)オベルカンフ、天文台、コメディ•フランセーズ »