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2014年7月26日 (土)

オデオン広場へ(3)オペラ座のモンテヴェルディ

6月22日(日)
    6時ぴったりに目が覚めました。昨日の残りのパンとコーヒーを飲みながら、日曜の朝にどのチャンネルでもやっている幼児向けのアニメを見ました。主人公があまりかわいくないと思うのは、たぶん私が日本人だからでしょう。8時頃、ホテルを出て、例によって、オデオン経由でサン•シュルピス広場まで歩き、 またまたヴュー•コロンビエ通りまで行きました。道々驚いたのは、昨夜の音楽の日の喧騒の残りでしょうか、酒のビンがあちこちで割られていて、歩道に瓶の破片がたくさん残っていることです。おまけに菓子の袋、サンドイッチの残りなども散らかっています。それらがまだ残るアルコールと混じって、朝の強い日差しを受けて、なんとも言えぬ不快な匂いを漂わせています。むろん、掃除の人たちもいるにはいるのですが、今朝ばかりは焼け石に水でした。

    今日は日曜で、私たちは日曜だけ開くラスパイユのビオのマルシェに行こうとしたのです。ところが、着いてびっくりしました。日本人の多いこと、そのほとんどは若い女性でしたが、マルシェの入り口にあるメトロの階段から次々に上がって来ます。階段の下の方からは、何と日本語で、スリ•置引に注意して下さい、カバンはしっかり締めて体の前に、、、などというアナウンスが聞こえます。出店している店も、金曜のマルシェと違って、日本語で、スープ3ユーロとか書いた紙を張り出している店もあります。うっかりしましたが、この日曜のビオのマルシェは今や日本人の観光の定番になっているらしいのです。しかし、このラスパイユのマルシェは規模も小さいし、これならバスチーユの方が面白いと思うのですが。私たちは、キッシュ•ペイザンヌ(田舎風キッシュ)を買ったのですが、トースターが使えないらしく、鉄板で温めてくれるのを椅子に座って5分ほど待ちました。それからパンを売っている出店でクロワッサンを二つ買って、近くのセーヴル•バビロンのスクウェア•ブシコーという小さな公園でベンチに座って食べました。

   それから、バスの切符を買おうとしてセーヴル•バビロンのメトロの窓口まで行くと、自動販売機で買えと言っています。販売機にはすでに3人並んでいるので、いいや、バスで買おうと思って戻ろうとすると、駅員が出て来て、一緒に買ってやると言っているようです。販売機の買い方が分からないと思ったようですが、そうではなく、順番を待つのが嫌なだけなのですが、そう説明することも面倒なので、駅員と並んで待っていました。販売機にはタッチパネル式の新式の物と、回転棒を回す旧式の物があります。私の順番が来て、旧式の器械であることを確認すると、教えようとする駅員の手を遮って、メガドライブの高速アクションゲームで鍛えた技で、言語ーフランス語ーvalider、切符ー大人ーvalider、、、と回転棒をすごい速さで動かしてあっという間に切符を買ってしまいました。駅員が驚きの声(何といったか分からなかったが)をあげたのは言うまでもありません。

    バスでオテル•ド•ヴィルまで行って、まだ入ったことのないサン•ジェルヴェ•サン•プロテ教会に行きました。ところが、まだ午前中のミサの真最中で、一番後ろに立ってひそひそ声で妻に話しかけていたら、前で熱心に祈っていた中南米系の子供に睨みつけられました。妻にも叱られて、すぐに出て来ましたが、パリ市役所裏の、いわばパリの中心の教会なのに参加者のほとんどは南米系か黒人です。白人もちらほらいますが老人ばかりで、そういえばパリの教会のミサはたいていこのような人種構成になっていることを思い出しました。

   ぶらぶら歩いてポンピドーセンターのブティックへ。土産物に面白いものがあるかと思ったが、全くロクなものがありません。ただし、ブックショップの写真集の品揃えはすごい。おそらくパリ一番でしょう。マレ地区のランビュトー通り、フラン•ブルジョア通りと妻が好きそうなブティックを巡って歩いていると、だんだん人が出て来て、狭い通りはどこもいっぱいになって、ちょうど昼時なので、どこのカフェ、サロン•ド•テも人がテラスに溢れています。ここでもたくさんの日本人とすれ違いました。ビストロに入るほどお腹が空いていないし、といって満員のカフェに入る気もしないので、私たちは、カルナバレ美術館の横のpayenne 通り11番地にある歴史的建造物Hotel de Marleの中のスウェーデン文化センターが開いているカフェ、Le Cafe Suedoisに向かいました。入り口は分かりにくいのですが、門のようなところを入ると、すでに中庭にしつらえたテーブルに何組か客がくつろいでいます。暑かったので、私たちは建物の中に入り、セルフサービスの店内で、妻は今日のスープ、私はサンドイッチとコーヒーを注文しました。妻のスープは緑色の草を煮たような冷製スープで、妻はすぐに飽きたので、残りは私が飲みました。横の棚にあったスウェーデン料理のレシピ本で調べると、どうも ortie(イラクサ)のスープらしい。爽やかで健康的だが、やや飲みにくい。このカフェは実はスウェーデン文化のショールームでもあり、感じの良い女性店員の暖かいサービス、マレの喧騒を忘れさせる中庭の開放感は、やはりマレ唯一の穴場といってよいでしょう。

   バスに乗るためにサン•タントワーヌ通りをバスチーユに向かって歩きました。日曜なので、バスの数がとても少ない。バスチーユの東側に伸びるフォーブール•サン•タントワーヌ通りと比べて、リヴォリ通りから続くサン•タントワーヌ通りはずっと華やかで、人通りも多いようです。バスチーユ広場にたどり着く手前に Librairie la Belle Lurette という本屋がありました。フランスの書店の名前には凝ったものが多いのですが、これはとりわけ美しい。Belle Lurette とは「ずっと昔に」という意味で Lurette は l'heure(時間)の古型のようです。通りを挟んで、児童書専門店 la belle Lurette jeunesse もあります。店内に入ってみると、これほど主張の強い書店も珍しい。平積みの本にはだいたい推薦文が手書きで留められており、並んでいる本も文学書が主だが、非常に個性の強い品揃えです。妻が猫の写真集を買おうとして、レジに向かおうとしたら、店主と顧客らしい夫婦の熱心な会話が始まってしまったので、買わずに出て来ました。 読書相談に応じるというのはパリの町の本屋の欠かせないサービスで、それはむろんスタッフの半端でない読書量に裏打ちされているのです。実はこの本屋の店名はジャーナリストで作家、雑誌コンバでカミュの同人だった Henri Calet(1904〰1956)の自伝的小説 La Belle Lurette から来ているのです。1936年に出たこの本は、パリの裏町、ビストロ、小便の匂いのするアパルトマンなどを描いてbelle epoqueの残照とも言えるパリの風景を書き残しました。このような半ば忘れられた本を発掘するというのもこのLibrairie La Belle Lurette の使命としているようで、たとえばジャン•ロランの本を多く出している Edition Chat Rouge の書籍の紹介などもその一環のようです。

   ところで、フランスは活字文化を守るという信念から、個人書店の経営にさまざまな優遇措置をとっています。店を出す時の援助、低金利の融資などですが、もっとも強力なのはやはり反アマゾン法といわれる無料配送を禁止する法案でしょう(これは6月26日に可決)。自由競争の原則に反するとしてアマゾン側は反発を強めるでしょうが、フランスの文化的抵抗のしぶとさを忘れてはいけません。便利なものだから採用するということをフランス人は決してしないのです。日本ではありふれた自動ドアなど、パリではホテルや空港などでしか目にしません。蛍光灯などもホテルや住居で使われるのはまれです。日本での普及は100パーセント近いアルミサッシもフランスでは全く人気がありません。昔ながらのフランス窓や、両開きの木製の窓が普通です。パリの周辺では高層ビルとなった大学の建物が誕生していますが、勉強する雰囲気という点でパリによくある19世紀の建物を懐かしがる学生も多いそうです。パリの個人書店で在庫にない本を注文すると2日で取り寄せるそうですが、その日に届くようなAmazonと比べ、その便利さとフランスの個人書店の持つ文化的意義を比べると、どうでしょうか、私はむろん後者をこそ採るべきだと思われるのです。

   ところで余談ですが、我が家はむろんアマゾンにたいへんお世話になっています。一昔前の、洋書を注文する時の面倒なやりとり、実物が意に沿わなかったときのがっかり感は今でも忘れられません。日本の書店の洋書部の店員の横柄さ、店先に並べている洋書を買うような人間を軽く見る彼らの思い上がった態度、そのようなものがすべてアマゾンで解消された時、たまらない痛快さを感じたのは否定できません。神保町の洋書専門店のローマ神殿風の大仰な建物の一階が児童書専門店に頽落した時、時代の変化、淋しさと同時に奢れるもの久しからずの感を強くしました。また、日本の普通の書店の急激な減少は私には何の感慨も呼び起こしません。すでに神保町の東京堂以外私の好きな本屋は無くなっていたのですが、その東京堂も今はあまりに変わってしまいました。廃れて寂しくなる本屋など日本には少なかったのです。私はむしろ、スーパーの片隅にあるような、コロコロコミックが積んである、おばさんが一人レジに立っている、雑誌と文庫ばかりの本屋を愛します。そこにだけは、パリの本屋には見られない心地よい「抜け感」といったものがあるのです。

   さて、この辺りから妻が疲れ始めました。しかもタッチの差で86番のバスに乗り遅れて、仕方なく地下鉄でサン•ジェルマン•デ•プレまで帰りました。スーパーで飲み物などを買って帰ろうとしたら、日曜の午後はどの店も閉まっています。止むを得ず、ホテル近くのトルコ人の食料品店で冷えたシュウェップスや水を買って帰りました。五時までゆっくりベッドで寝転んで休んで、それから妻は観劇のためまた和服を着はじめました。7時の開演に合わせ、五時半頃ホテルを出発、サン•ミッシェル通りから、21番のバスでオペラ•ガルニエへ向かいました。この21番は日曜も走るし、深夜近くまで走ってもくれる、カルチェラタンとオペラを結ぶ最強のバスです。

    早目に到着。中のブティックでグッズを見ながら時間を潰します。まもなく開場、席は3階の正面のstrapontin(ストラポンタン)つまり補助席です。壁に折りたたんである座席を下ろして座るのですが、座席が小さい分、辺りが広くて、立ち座り自由で気楽です。これで45ユーロは高い気もしますが、正面のこの高さの席を望んだのは私で、なぜかというと、フランス語の字幕がいちばん読みやすい場所だからで、字幕が見ずらいとイタリア語の歌詞の内容がわからず退屈で寝てしまうのです。

   さて、今夜の演目は、ルネサンス•バロック音楽の巨星、モンテヴェルディの現存する三つのオペラの最後の作品で、かつ彼の最高傑作と言われる『ポッペアの戴冠』です。あらすじを紹介しましょう。ローマ皇帝ネロは、将軍オットーネの妻であるポッペアと相愛の関係になります。ネロの妻、つまり皇后のオッターヴィアはそれに怒り、オットーネを焚きつけてポッペアを殺害しようとします。しかし、計画は失敗し、ネロは都合よくオッターヴィアを追放し、晴れてポッペアを皇后に迎えることでオペラの幕は閉じます。

   何ということもないあらすじで、勧善懲悪どころか悪の勝利を賛美する内容のようにも見えます。しかし、オペラの冒頭で愛の神が美徳の神と幸運の神に自らの優位を歌い上げるように、これはルネサンスの精神から生まれた情熱的な愛の賛美なのです。ネロの心底から絞りでた愛の言葉に心を動かされない人はいないでしょう。私はまた、ネロの不倫を諌めるがゆえに、ネロから自殺を強要されるセネカの悲痛の歌にも感動しました。ともかく、音楽は他のモンテヴェルディ作品と同じように澄み切って美しい、歌手の歌声も最高に心地よく響きます。ところが、ここに問題があって、バロックオペラの限界か、それとも長所か、動きがなく、物語の進行はすべて登場人物の歌による説明で済まされます。各場面とも、歌手が互いに面と向かって歌うのでなく、皆、観客の正面を向いて歌うのです。YouTubeで見たイタリアでの上演ではかなり情熱的に演じられていましたが、ここオペラ座ではかつてのバロック•オペラをさらに動きを少なくして、歌声のみで演技をし、歌手はマリオネットのようにぎごちない動きしかしません。

   実は、このオペラ座の『ポッペアの戴冠』の舞台演出•舞台デザインは、あのRobert Wilsonが手がけているのです。常に青みがかった舞台、メタリックで簡潔な装置、絶妙なまでのシンプルな構成、生真面目さと滑稽さ、冷熱ともいうべき感情の吐露、どこをとっても美的にこれ以上削れないほど研ぎ澄まされた演出、「オペラ座に来た観光客には、この美しさはとても理解できないんじゃないの」と、妻はまるで自分が観光客であることを忘れたような言い草です。「いや、(私たちのような)観光客にでもそれがわかる。というのもロバート•ウィルソンは、きちんとした一貫したイメージを与えることに成功しているからだ。超現実的なイメージ、それが美的だと思える時はほとんどないのだが、その稀有な例がこれだ。現実を離れ、現実では許されることのない陶酔や精神の惑溺を与えてくれるものがオペラだとすれば、まさにこれこそオペラだ」と半分は寝ていた私も偉そうに批評を垂れました。

   しかし、幕間休憩を挟んで三時間半の観劇はさすがに疲れました。オペラ大通りで21番のバスに乗り、サン•ミッシェル通りの停留所で降りると急に力が抜けたように感じました。ホテルの部屋でお茶を飲むと、妻はただちに眠りに落ちてしまいましたが、私は窓を少し開けたまま、ソルボンヌ医学部の古い塔についた灯りを眺めていました。

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ラスパイユのマルシェに行く途中、カセット通りで。パリの街路には100パーセント歩道がついています。

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セーヴル・バビロンでバスを待ちながら。

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ポンピドーセンター一階のブックショップ。アート系の本ばかりぎっしり並べられています。

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マレ地区の静かなカフェ、Le Cafe Suedois。写真のサンドイッチとコーヒーで8ユーロ。妻のスープは6ユーロ。食器、椅子、テーブルはむろんイケア製です。フランス人にはない(?)心温まるサービス。

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Le Cafe Suedoisのテラス。暑い日だったのに白人はテラスが好きです。

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26rue St Antoine Librairie La Belle Lurette。街の文化を担う書店として、積極的に客と対話を持ちます。

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パリの書店のウインドーは重要な宣伝手段です。今の季節はバカンス向けの本が多いが、La Belle Luretteの窓には「あなたの読書に、ちょっとスペインを」と題して、スペインの小説、ノンフィクションが並びます。

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La Belle Luretteの店内。難しい本でなく面白い本を、巷の評判よりも店主の眼力を、そんな信念のうかがえる本屋です。

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オペラ座の入り口で開場を待つ人たち。この場所でどれだけの現実のドラマが演じられたでしょうか。

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開演前、オペラ座のブティックで。

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これも開演前、大階段で写真をとる人々。

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幕間、ロビーのバーで。

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これも幕間、この位置が字幕がいちばん見やすい。

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舞台の最後の出演者全員の挨拶、たいへんな拍手です。

Opera
オペラ座のホームページから。プロローグ、愛の女神が美徳と幸運の女神を言い負かす。ロバート・ウィルソンのすばらしい舞台デザイン。

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ホテルの近くでバスを降りると、サン・ミッシェル通りのBoulinier書店はまだ営業していました。夜の11時に古本を漁る人々。

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