« オデオン広場へ(1)到着•医学校通りのホテル | トップページ | オデオン広場へ(3)オペラ座のモンテヴェルディ »

2014年7月19日 (土)

オデオン広場へ(2)音楽の日•オデオン座のシラノ

6月21日(土)
   5時30分に起床、バスの音に目が覚めてしまいました。日本から持ってきたポットでコーヒーを沸かして飲みました。8時50分に出発、サン•ジェルマン•デ•プレのカルフール系のスーパー「マーケット」に行ってサラダなどを買って、セーヌ川に出て川面を眺めながら食べようと思ったのです。l'Ecole de Medecine通りは、左側にパリ大学医学部、右側に医療博物館が続いて、そのままオデオンの交差点に突き当たります。そこでサン•ジェルマン大通りを渡り、セーヌ通りのスーパーで食べ物を買って、フランス学士院のところから岸辺に降りて、ベンチに座って朝食を食べました。ここには、おそらくセーヌ川でもっとも人気ある橋、ポン•デ•ザール(芸術橋)が架かっています。

   2007年にパリを訪れた時、この芸術橋の軽やかさ、木の床板を踏む面白さ、セーヌに面する学士院のドームの美しさになんとも言えない心地よさを感じていました。車の通らない歩行者専用橋だからかも知れません。すでに以前からパリ有数の人気スポットだったのです。ノーベル物理学賞を受賞したルイ•ド•ブロイは最晩年、毎朝ルーヴルで地下鉄を上がるとこの芸術橋を渡って学士院の一室に通っていました。モンパルナス•タワーが出来るまでは、ここがパリでもっとも美しい都市風景の一つだったからです。

   ところが、2008年頃から芸術橋の網の柵に二人の名を書いた南京錠を掛けるカップルが目立ち始めました。当初はパリ当局も、恋人たちの愛のささやかな確証ということで大目に見るというか、むしろ観光客を呼び込む話題になるとでも考えていたのでしょう。まったく、民衆のパワー、いやDQNのパワーに対する無防備さには呆れますが、今年の6月9日にはついに錠の重さで橋の一部が崩壊して通行禁止となりました。その後一新して橋は再開しましたが、一月も経たないうちにもう鍵がいっぱいぶら下がっています。私は芸術橋の再生はもう無理なのではと思っています。錠ばかりでなく、すでに橋の落書きもひどいし、新生しても繰り返しDQNの餌食になるでしょう。

   芸術橋の近くの岸辺のベンチに座って朝食を食べました。朝なので清掃車がゆっくりと岸辺のゴミ袋を収集しています。私たちの前を通る時、運転席の白人が Bon appetit ! と言って手を振りました。岸辺に停泊している船には赤、青、黄などの三角の旗がはためいています。はやくもバトーパリジャンが大勢の観光客を乗せて私たちの前を通り過ぎて行きます。スーパーで買ったサラダは食べても食べてもなかなか無くなりません。ザクロのヨーグルトとチョコレート•ムースも食べて、お腹がいっぱいになってから立ち上がって、ゆっくりとまたセーヌ通りをサン•ジェルマン•デ•プレに向けて歩き始めました。

   サン•ジェルマン•デ•プレの有名書店 La Une に入りたかったのですが、なぜか閉まっていました。それで、カフェ•フロールの隣りの L'Ecume de pages に寄ってみました。ここは以前妻がクルテイウスの『バルザック』を買った店で、文学に特色があり、洗練された品揃え、ずらっと揃ったプレイヤード文庫、充実した詩の棚など、何時間いても飽きない感じですが、妻があまり元気でなかったので早目に出てきました。

   大通りを渡り、サン•シュルピス広場の骨董市を冷やかして、サン•シュルピス寺院のドラクロアを久しぶりに鑑賞し、少し休んでからサン•シュルピス通りを西に歩いてヴュー•コロンビエ通りに入ってすぐ左手にある Au Parloir du Colombier というサロン•ド•テの前で足を止めました。Parloir(修道院、学校、刑務所の面会室•談話室)という名前からして怪しい。12時15分の開店にはまだ15分ばかりあるのですが、腰の曲がった90歳近い老人がテラスの椅子をゆっくり運んでいるので、入っていいか聞くと、口でもぐもぐ何か言っています。いいよ、と言っているように感じたので、中に入って窓際の一番良い席に座りました。大きな窓は広くヴュー•コロンビエ通りに向かって開かれています。老人は何かに掴まってないと歩けないらしく、非常にスローペースで店の準備をしています。やがて、メニューを持って私たちの元にやってきました。 サロン•ド•テにしては値段はとても安い。私たちはお腹が空いていなかったので、1.6ユーロのカフェ•クレームを二つ頼みました。

   実はここはキリスト教のサロン•ド•テなのです。普通のサロン•ド•テはたいてい観光客目当てのやや高い値段設定ですが、ここは普通の店の半額以下です(グラスワイン1.6ユーロ)。店は狭く、テーブルも無骨な木製の古いもの。壁にはキリストらしき像や、法王らしき写真もあります。場所はまず一等地だし、ちょうどお昼の時間ということで、観光客らしき人がだんだんと入ってきました。驚くべきことに、くだんの老人一人で店を回しているらしく、不自由そうな体を休める暇なく働いています。フランスにはこのような、決して人に頼らない、懸命に頑張って生きているような老人をたくさん見ることができます。隣のテーブルにフランス語の話せる旅行者の男性が座って、老人にキッシュの種類を尋ねていました。老人が順番にキッシュの種類を教えているのですが、耳が遠いのか声が異常に大きく、しかもはっきりした発音でないので男性は分かりづらそうです。三つか四つ目かを聞いたあとで、男性は老人を遮って、プルミエール(最初のでいいよ)と言ったのには思わず笑ってしまいました。私はこの店がたいへん気に入りました。モンブラン1個とコーヒー1杯で2000円とる店(むろん、リヴォリ通りのアンジェリーナのことです!)とはずいぶん違いますが、ここは座っているだけで気持ちが和み、心が開かれて行くような気がします。
    それからボナパルト通りを上に上がって、サン•ジェルマン•デ•プレの交差点近くのモノプリの地下で、水、ワイン、サラダ、お菓子、桃、みかん、トマト、ハムなどを買いました。レジの横に置いてあった Le Parisien もついでに買いました。昨夜のサッカーの模様(途中で寝てしまったので)を知りたかったのです。2時ごろホテルに帰って来ましたが、ホテルの隣の映画館の前で二人の青年が Liberation の販促をしていました。通行人を捕まえて、Liberation の宣伝を必死にしているのです。私が興味深げに見ていると、日本人かと聞いてきたので、そうだと応えると2.6ユーロのLiberation 週末特別号ミシェル•フーコー特集をくれて、私がいくらですかと聞くと、無料だと言うのです。私はうれしくなって、思わず握手してしまいました。青年は、少し離れたところに立って写真を撮っている妻に気づいて手を振っています。妻によれば、私がこんなにうれしそうな顔になったのは久し振りだとのこと。ところで、当の liberation は何度か経営危機に陥って、経営者側と編集部との確執も表沙汰になりました。原因は発行部数の落ち込みで、今や10万部を切るかどうかというところまで来ています。フランスの日刊紙は、インターネットと無料新聞の影響で落ち込みが深刻ですが、それでもLe Parisien の40万部、Le Figaro, Le Monde の30万部と比べると急な低下です。

   ホテルの部屋に戻ったら、部屋はきれいに掃除されていたものの、妻が折り紙で作った箱の中に入れておいた1ユーロのチップがそのままです。廊下で黒人の女性がまだ掃除をしていたので、妻は慌てて廊下に出て、チップを渡していました。シャワーを浴び、飲み物とハム、サラダ、果物など食べたら、妻は疲れたので夜の観劇まで寝てるから、一人で本屋まで行ってきたらと私に言いました。今回の旅行は、妻の体の不調の時期と重なったので気の毒でしたが、一人で部屋に残して行くのも心配です。躊躇しましたが、一時間で帰ってくると行って、ホテルのすぐ並びにあった Gibert Joseph に入ってみました。とにかく大きな書店で児童書、探偵小説、専門書まで無いものは無いようです。政治哲学と宗教のコーナーだけであっという間に一時間経ってしまいました。この書店の特長は新本と古本が同時に置いてあるところで(しかも様々な版も一緒に)客は好きな方を選ぶことができます。それが面白いので、時間さえ許せば一日中でもいられそうですが、やはり大型書店特有の人の多さにはうんざりしてしまいます。

   ホテルに帰ってみると、妻はぐっすり寝ていたらしく、眠そうに顔を上げました。コーヒーを沸かして、いろいろ話しながらお菓子を食べて、その後私が新聞を読んでいると、妻は早速、観劇の準備に和服を着はじめました。オデオン座はすぐそばで、しかも8時に開演ということでしたが、天気の良さに誘われて7時にはホテルを出てしまいました。実は今日、6月21日は年に一度の音楽の日なのです。たいてい暗くなってからあちこちで演奏が始まるのですが、途中のムッシュ•プランス通りの階段ではすでにアマチュアバンドが景気よく吹奏楽のメドレーを演奏しています。オデオン広場に入ると、これは大変、臨時のビアガーデンが設けられ、人混みは半端ありません。オデオン座の2階のカフェには注文する人が並んでいます。なぜか20分前になっても客席に入れないので、仕方なくカフェの端の空いている席に座って待っていました。

   開演15分前にやっと開場。中に入って、その理由がわかりました。すでに劇は始まっているのです。空っぽの客席を背景に、舞台中央の椅子に背中を向けて座っているのはフィリップ•トールトン演じるシラノ•ド•ベルジュラックです。徐々に客席が埋まって来ますが、場内のざわつきにもびくともしません。白いタンクトップを着たシラノの頭には血の滲んだ包帯が巻かれています。実は、このシラノ•ド•ベルジュラックは精神病院の食堂か談話室か治療室のような無味乾燥な部屋で全てが演じられるのです。精神病院が舞台というと、ミロス•フォアマンの『カッコーの巣の上で』やピーター•ブルックの『サド/マラー』が有名ですが、シラノのこの劇はずっと複雑な入り子構造になっています。

   さて、『シラノ』のあらすじを復習しましょう。才気煥発、文学的才能に加え当代の剣の名手、実在したシラノ•ド•ベルジュラックは唯一の欠点、巨大な鼻を持っていました。それゆえの劣等感が、彼に従妹の美少女ロクサーヌへの告白を躊躇させたのです。そこに美青年だが頭が空っぽのクリスチャンが登場します。ロクサーヌとクリスチャンは相愛だが、クリスチャンには恋人に必須の愛の言葉を語る能力がないため、二人はキスにさえ至りません。そこで同じ部隊の先輩剣士であるシラノが手助けして、クリスチャンの代わりを演じる有名なバルコニーの場面が登場します。シラノの援助で二人の思いは通じますが、直後に出陣したアラス攻囲戦でクリスチャンは戦死してしまいます。それから15年の歳月が過ぎ、修道院に入っているロクサーヌの元に毎週ニュースを聞かせに来るシラノ、しかし、その日は襲撃に遭って瀕死の重症、最後の思いをロクサーヌに伝えます。彼女はそこで、自分を感動させた人間が本当はシラノその人であったことを知るのです。

   エドモン•ロスタンが1897年に発表したこの戯曲は、たちまちフランス中を魅了し、名俳優コンスタン•コクラン演じるシラノは、ジャン•バルジャン、ダルタニャンなどを抑えて名実ともに国民的主人公となりました。その叙情性、その侠気、その謙遜、勇猛さと滑稽さ、純粋な心の美しさなど、これはまさにロスタンの世紀の傑作戯曲でしょう。しかし、これはあまりにフランス的な物語ではあります。イタリア人なら、たとえ自分の鼻が不細工であっても、ともかく告白しないという手はないでしょう。フランス的なプライドの高さというのか、スタンダールがフランス人の性格の中で最も嫌悪したものがまさにそれで、彼は叔父から、女に捨てられたら24時間以内に他の女をつかまえろ、そうしなければ全員に馬鹿にされるだろうと言われたことを書いています。とまれ、この作品は世界的にも知られた芝居となり、フランス国内でも様々な意匠で上演されています。しかし、ドミニク•ピトワゼの演出によるこの『シラノ』はレンヌでの初演以来各地で激賞され、主演のトールトンはモリエール賞を取り、最後にパリに凱旋して来ました。オデオン座での公演を Liberation のフィリップ•ランソンは、フランス全土を平定してついにパリに入城したアンリ四世にたとえています。(フィリップ•トールトンはさらに6月23日に批評家賞も受賞しました)

  定刻の8時、殺風景な舞台に安っぽい蛍光灯がつき、奥の扉が開いて、他の患者たちが入ってきます。皆は、『シラノ』の舞台の練習の後なのか、あるいはこれから演じる前の休憩なのか、思い思いにぶらぶらしています。一人はジュークボックスをかけてポピュラー音楽を大音量で流し、一人はふさぎ込み、一人は自分の股間をいじり、また一人は女性患者に詰め寄ったりしています。精神病患者の集団なので、何が起こるか全く予測できません。驚くべきことは、こんなデタラメな訳の分からぬ連中の集合なのに、芝居は原作とほぼ同じように進行することです。さすがにアラス攻囲戦とクリスチャンの死は唐突に処理されたものの、最後のシラノ週報の場の感動はむしろ原作を越えていると言ってよいでしょう。トールトンは最後に初演時のコンスタン•コクランの衣装のレプリカを着て、剣を虚空に構え、ロクサーヌの接吻を受け、Mon panache と言って倒れます。(記憶違いがあるかもしれません)。最後に流れる音楽は、Alain Bashung のComme un Lego でした。

   この芝居にはさらに注目するアイデアがあって、バルコニーで黒子のシラノがクリスチャンの代わりに愛を囁く名場面は、なんとシラノがエアー•マックでスカイプを通して話します。相手のロクサーヌの映像は天井から降りてきた大きなスクリーンに映し出されます。そしてまた、観客を飽きさせないのは驚きの連続の演出もあるのですが、無論、主役のフィリップ•トールトンの熱演です。「シラノには二極に分裂した心性がある」と彼はインタビューで語っています。彼はシラノ•ド•ベルジュラックなのか、それともシラノになろうとした男なのか、この演出はそれを劇的に解釈します。舞台の最後にシラノは死ぬのですが、シラノを演じようとした男も死ぬのです。役者の死によって現実が夢から覚めたように観客の目の前に露わになるのです。最初、後ろ向きに置かれた椅子に座っていたシラノは、最後に観客席の正面に向かれた椅子にもたれて死にます。物語のすべてが精神病を患う一人の男の夢であったとしても何の不思議でもありません。

   舞台終了と同時に観客は総立ちで拍手の嵐。無限のように繰り返されるアンコール、ブラボーの連呼、休憩なし2時間の上演はあっという間でした。普通は原本をくまなく読んで鑑賞に臨むのですが、今回はかなり台詞を変えてあるだろうと決めつけ、それほどチェックしていませんでした。あらすじを熟知しているので大丈夫だろうと思ったのですが、実際はほとんど聴き取れませんでした。聴き取り得意の妻でさえ、1割しか理解できなかったとのこと。しかし、十分面白かったのは演出の妙と主役の怪演によることもちろんです。

   終わって外に出ると、オデオン座の前は人、人、人でごったがえしています。夜の11時なのに、まさにこれから盛り上がるかのような熱気です。すぐそばのホテルに戻るかわりに、遠回りしてサン•ミッシェル通りに出て、この喧騒を楽しもうとしました。そこかしこで演奏する大小のバンドには、いずれも人が群がって大声を張り上げて歌っています。ソルボンヌ広場も人がいっぱいです。ゆっくり歩いて、人々の波の中を揺られるようにしてホテルに帰って来ました。残っている白ワインを飲みながら、今夜はうるさくて眠れないだろうと思っていたら、横になった途端、二人とも眠りに落ちてしまいました。

20100101_paris2014saiki_3594

芸術橋の南京錠。2.3週間前に張られなおした金網がすでに錠で埋まっています。岸辺から上がる階段にまでぶらさがっています。なお、妻の肩に掛けている袋は J.Vrin のもの(3.5ユーロ)ですが、わずか一日で肩紐がほつれてきました。哲学専門書店ならヘーゲル全集を入れても大丈夫なくらいしっかりしたものにしてほしいです。

20100101_paris2014saiki_3587

Au Parloir du Colombier の店内。カトリックの小物が目に付きますが、非常に開放的で感じのよいサロン・ド・テです。

20100101_paris2014saiki_3572_2

ヴューコロンビエ通り9番地のオ・パルロワール・デュ・コロンビエ。水~土、12:15-19:30。サン・シュルピス寺院のすぐ近くです。

20140622_paris_1906

ホテルの隣の映画館の前で Liberation の販促をしていた青年に週末特別号をもらいました。

20100101_paris2014saiki_3567

モノプリで買ったパリジャンと販促でもらったリベラション。Le Parisien はスポーツ記事が充実しているがあまり知的ではない。競馬の予想が4ページもあります。Liberation のフーコー記事はたいして読むところがありませんでした。

20140621_paris2014saiki_2470

ジベール・ジョセフ書店の宗教書のコーナーにあったルネ・ゲノンの『現代世界の危機』は家にもありますが、右のエリック・サブレの『ルネ・ゲノン』は見たことがありません。が、彼の伝記にはあまり興味がないので買いませんでした。にしても表紙の肖像画はひどすぎます。漫☆画太郎の『地獄甲子園』の表紙を思い出しました。

20100101_paris2014saiki_3722

同じく、政治哲学のコーナーにあったフランツ・ローゼンツヴァイクの『救済の星』、Occasion(古本)で15ユーロ。安いが本の大きさを考えると持ち帰りは無理です。触って、ページを繰って、あちこち試し読みして、それで満足しました。

20140621_paris2014saiki_2473

音楽の日、夜7時過ぎですがむろんまだ明るい。l'Ecole de Medecine 通りから Monsieur le Prince 通りに上がる階段のところで演奏する、たぶんアマチュアの人たち。

20140621_paris2014saiki_2487

オデオン座二階のカフェの隅の椅子で。奥にブティックがあります。

20140621_paris2014saiki_2516

開演前、客席はまだまだ埋まってませんが、すでに主演のフィリップ・トールトンは舞台中央の椅子に座っています。

20140622_paris_1924

『シラノ・ド・ベルジュラック』の舞台。殺風景な精神病院の食堂といった感じです。

20100101_paris2014saiki_3642

オデオン座のパンフレット。新聞雑誌の劇評でも、トールトンの演技は激賞されています。右はフラマリオン書店の出している原作本。

20140621_paris2014saiki_2528

今日は音楽の日。オデオン広場、夜が更けてもますます盛り上がるばかりです。

20140621_paris2014saiki_2529

こちらはソルボンヌ広場。学生たちのにぎやかな話し声が聞こえてくるようです。

20140622_paris_kasumi_1928

ムッシュ・ル・プランス通りも演奏の真っ最中。この周りは人でいっぱいです。

 

20140621_paris2014saiki_2535

サン・ミッシェル大通りの熱狂。もう11時をとっくに過ぎています。

|

« オデオン広場へ(1)到着•医学校通りのホテル | トップページ | オデオン広場へ(3)オペラ座のモンテヴェルディ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« オデオン広場へ(1)到着•医学校通りのホテル | トップページ | オデオン広場へ(3)オペラ座のモンテヴェルディ »