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2014年3月30日 (日)

パウル•ティリヒ『ハイデガーとヤスパース』


妻と待ち合わせする時など、よく本屋を利用するのですが、雑誌から新書、文庫、単行本といろいろ面白いものがあって、まったく退屈しません。最近はいわゆる自己啓発本的な本が多くて、哲学•宗教関係の棚はもちろん、経済•ビジネス•自然科学あたりの棚にまでそれらしき本が並んでいます。人に言わせると、フランスの本屋がスッキリしているのはこのような啓発本が積んでないからで、それはかの国の若者が自分の不遇さを自分のせいではなく国や社会の不備のせいにするからだ、ということですが、しかし、自己変革の要求はどの国のどの世代にも強いのではないでしょうか。フランスでも最近、双子の女性が書いた『完璧な女は馬鹿な女』という30台女性の生き方を書いた本が話題ですが、月に40万部近く売り上げる「Psychologies」という雑誌など全編啓発記事の盛り合わせです(半分は性生活についてですが)。私自身は、この種の本は嫌いではないが、先人の遺した言葉の下手な引用はいつも怒りを通り越して笑ってしまいます。

ところで、啓発本というと、私は、1952年にアメリカで出版され、たちまち全米ベストセラーとなったパウル•ティリヒの『生きる勇気』(原題The Courage to be 大木英夫訳•平凡社ライブラリー)を思い出します。「死、運命、無意味、絶望にもかかわらず、それらを受け入れて生きる勇気」を力強く訴えたこの本は、新フロイト派の修正された精神分析が流行するアメリカで大いに受け入れられたのです。文庫版の解説によると、薬とアルコールに溺れて自殺未遂を起こした若い女性の芸術家は、カウンセラーのすすめでこの本を読んで、一夜にして生まれ変わったように感じたそうです。

「でも、無とか無意味とか存在の不安とかは、日本人にはあまりピンとこない悩みじゃないの?」と、この本を英語で読んだ妻が言っていました。私はそれには何も答えなかったのですが、実は、無とか無意味とか存在の不安とかの悩みは、まさに私の年来のもので、妻に言っても理解されないだろうと思っていたのです。私は死を恐れているのですが、それは神を信じぬ身として、死が意味する虚無、時間の消滅、意識の遮断から起こる無限の深淵を恐れるからです。メーテルランクは『死後の存在』の中で、死はすべての消滅ではない、私たちの体の微片に至るまで決して消滅することはなく、原子に戻って、大気の中、土の中、果ては宇宙の中に放り出されて、再び新たな宇宙を形作る本になるのだ、と書いています。しかし、こんなことは何の慰めにもなりません。肝心のことは、人間が死を運命付けられた存在として生きねばならないということだからです。

そんな時、ティリヒの『生きる勇気』のとくに第五章「勇気と個人化」のところを読んで深い感銘を受けました。ティリヒは、そこで、ハイデガーの「決断」について語っているのですが、私なりの解釈によれば、それはこのようなものです。不安ややむを得ぬ体制や規範への服従といったものは、ある段階まで来ると、自己閉塞からくる閉鎖された状態の鍵を開ける。そうでなければ彼は分裂してしまうだろうし、最善の場合でも無為に無気力に社会的には死んだまま人生を終える。扉を開ける鍵とは、ハイデガーによれば、自分自身であろうとする決断と、それにともなう行動である。絶望している人間ならば、その勇気とは絶望する勇気に他ならない。すべてのしがらみを振り捨てた後でのその決断から、彼が起こす行為は彼が自ら欲したものである。その行為は誰かによってあるいは何かによって与えられた規範に従って為されるものではない。誰も「決断」した個人の行為に対して指示を与えることはできない。慣習であれ、理性の法則であれ、規範であれ、神でさえもそれはできない。サルトルも言うように、人間は自ら欲するところのものになり得るし、人間とは彼が創り出すところのものである。それによる罪過は自分の死を雄々しく引き受けるということであり、その責任とは死すべき一個の人間としての責任である。ハイデガーが力説するように、人間としてでなく、種としてでなく、他の誰かとしてでなく、共同体の一人としてでなく、あなたはあなた一人として死ぬ。生きる勇気とは、実存する勇気、死の勇気に他ならないのである。

そういうことを考えていたら、炬燵に入って本を読んでいた妻が、突然、ベジタリアンになる、と言い出しました。どうもピーター•シンガーの『動物の解放』を読んで影響を受けたらしいのですが、それでは毎朝食べているハムエッグはどうなるだろうと思っていると、妻によれば豚はとても頭の良い動物でオーウェルが『動物農場』で豚を指導者にしたのも故なきことではない、豚がかわいそうだからハムやベーコンはもう食べたくないというのです。それにしても読んだばかりの本に直ちに影響を受けるとは、なんとなく軽薄な感じがします。軽薄さでは人後に落ちない私も読み終えたばかりのティリヒの『生きる勇気』を手にとって、「ねえ、いちばん可哀想なのは人間だよ。人間はただ生きるだけではなく実存しているんだ。だから人間だけが、死を意識して、自分が一人ぼっちであることを自覚して死んでいくんだ」と力説しました。

さて、今回取り上げる本はその『生きる勇気』ではなく、月刊「みすず」の去年の8月号と9月号に連載されたティリヒの『ハイデガーとヤスパース』(深井智朗•河野克也訳)です。実は二月の大雪の日、朝早く小一時間ほど雪かきをしたら疲れてしまって、しばらく休んでいました。それから妻と図書館へ行ったのですが、妻が調べ物をしている間、閲覧室でスポーツ新聞を読んでいたら、血の気がスーと引く感じがして、ふらふらして立ち上がれなくなりました。しばらくソファーで横になっていようと思って、戻ってきた妻に頼んで雑誌の棚から月刊「みすず」のバックナンバーを一年分持って来てもらいました。読み物を読むためでなく、本の広告をゆっくり眺めるためです。帰りに、ティリヒの連載を妻に頼んでコピーしてもらいました。家で、ソチ•オリンピックをテレビで見ながらパラパラ読んでみるとたいへん面白い。ハイデガーとヤスパースについて、こんなに易しく分かりやすく自家薬籠中のものとして書ける人は少ないでしょう。しかも、これは1956年アメリカでの講演で、予定されていたハンナ•アレントが多忙と病気で講演をキャンセルしたため急遽友人だったティリヒが引き受けたものです。題目もアレントを期待していた聴衆をがっかりさせないよう、彼の専門の宗教や心理学でなく哲学にしたようですが、しかしどちらにしてもティリヒのような人間にはホットドッグを作ることより容易なことで、というのも彼はハイデガーの友人で、アドルノの教授資格論文『キルケゴール、美的なものの構成』の審査官でもあったからです。

ティリヒは、まず、ハイデガーとヤスパースという二人の哲学者の違いを際立たせます。精神科医であったヤスパースにとって、人間とは何か、人は自らをいかに解釈すればよいかという問いは第一に切実なものでした。それは論理的情熱というより、彼自身の生への情熱から出ていたのです。ヒトラーが政権を取って彼の生活が窮地に陥った時(ヤスパースの妻ゲルハルトはユダヤ人でした)、彼はそれに精神的に抵抗することで自らの理論を実証しようとしたのです。

それに対してハイデガーは、存在の問いに突き動かされています。 存在とは何か、「ある」ということはどういうことか、という問題が彼にとっては第一義的なものでした。人間が中心にあるのではなく、存在自体が重要なのであって、人間は存在の神秘にいたる入口に過ぎません。ハイデガーによれば、古典ギリシアは存在についてのこのような問に心を捉えられていた。アナクシマンドロス、ヘラクレイトス、パルメニデスのような人たちですが、なにゆえかソクラテス以降、存在の根源的な問いよりも存在の内容についての問いが主流を占めてきました。ここから現在に至る崩壊の歴史、堕落と劣化の歴史が始まるのですが、ハイデガーによればそれもまた存在の自己開示の一つなのです。このことを彼はたいへん美しいイメージで表現していて、それによれば、人間は「存在の牧者」だというのです。人間は存在の世話をしなければならず、時間と空間において存在に場所を与え、自己表現を与え、実現する力を与えるのです。人類の歴史とはそのようなものです。それは具体的にはどういうことでしょうか。そのことはハイデガーが使ったもう一つのメタファー、「存在の家は言語である」という文章にあります。言語のうちに存在は住んでいます。そして、私たちの文明の問題は、あらゆる公的なコミュニケーションの手段にもかかわらず、私たちの言語の劣化であり、私たちの語りにおける深みの次元の喪失です。言語はみな私たちの精神と現実の遭遇の結果であり、言語はどれもみな哲学以前の哲学なのです。私たちが日常生活の会話でいとも簡単に使っているこれらの言葉は、その原初的な概念創造において、実際には何を意味していたのでしょうか。

このことから、ハイデガーの深遠な、別の言葉でいえば神秘的な解釈がはじまります。「存在の牧者」「存在の家」というメタファーには抑え難い神秘主義があります。私たちはハイデガーが、かつてカトリックの司祭養成学校の生徒だったことを思い出しましょう。それに対してヤスパースは人間とは何か、人間の運命とは何かという問いに収斂して行きます。しかし、このヤスパースの問いもまた十分に神秘的なものです。ハイデッガーの問いの目的地が自らの死であるのに対して、ヤスパースのそれはこの世からの垂直的超越であり、神というもののヒューマニズム的解釈です。彼は、この超越を理解するためには象徴に頼らねばならず、その象徴とは何かを表すものではなく、宇宙の存在形式そのものを表していると書いています。目に見える象徴とは存在そのものが顕現する場であり、存在の深みであり、超越が自らを表す形式なのです。だから、象徴を解釈しようとしてはならず(そんなことは不可能です)、象徴は象徴として理解されねばならないのです。ハイデッガーと同様、その思想を含む大気は極めて難解です。しかし、ヤスパースには救いと希望があって、ハイデッガーが遮二無二探究しようとした「存在」の神秘に対して、象徴がただ存在することを知るだけで十分であると書いています。

「エレミヤが自分の長き生涯にわたって、そのために働きつづけてきたすべてのものが破滅するのを見たとき、彼の国と民が失われたとき、エジプトにおいて最後に残った彼の民もまたヤーウェ信仰に不実となりイシスにかしずいたとき、そして彼の弟子バルクが《我は歎きて疲れ、安きをえず》と絶望したとき、エレミヤは《ヤーウェかくいい給う。見よ、われ我が建てしところのものを毀(こぼ)ち、我が植えしところのものを抜かん。汝おのれのために大いなることを求むるか。これを求むるなかれ》と答えたのである。」

「そのような状況においては、これらの言葉は、神が存在するということで充分である、という意味をもっている。《不死性》が存在するかどうかということは問われていないし、神が《赦す》かというそのような問いももはや前景にはなっていない。人間のことなどもはやまったく問題ではないし、人間の我意は自己の浄福や永遠性に関する心配と同様に消滅している。しかし、また世界全体があるそれ自体で完結しうる意味をもつとか、世界がある形態において存続するかということも、不可能なこととして理解されている。なぜなら一切は無から神によって創造されたのであり、神の手中に存するからである。一切が失われた場合に残るのは、神が存在するということだけである。たとえ世界において一個の生が、神によって導かれていると信じながら最善の努力をし、しかも挫折したとしても、神が存在するという想像を絶する現実は残るのである。」(『哲学入門』北野裕通•佐藤幸治訳)

先に、ヤスパースには救いと希望があると書いたのですが、この希望の裏には人間は、死、苦難、失敗した人生という「限界状況」を体験するという前提があります。すでに支払った悲しみを糧に人は超越者に近づけるというのですが、これに比べるとハイデガーの困難さ、ティリヒが喩えているように、霧で包まれた存在という島の周りを手探りで航行する困難さの方には哲学馬鹿の無尽蔵の明るさがあります。そして、ティリヒは次のように結論づけます。この二人の探究は結局は同じことの両面に過ぎない。その違いは実は彼らの強調点の違いに過ぎないのである。「存在」を知るためには人間とは何かを知らねばならず、「人間」を知るためには人間が在るとはどういうことかを知らねばならない。つまり、二人は、ともに、人間自身が、つまり私たち自身が問いであるということを力説しているのだ、その問いを私たちは、その矛盾において、その不安と絶望において理解しなければならないと。

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