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2013年7月17日 (水)

サント=ブーヴ通りで(2)ラ・シルフィード

6月22日(土)

   いつも旅の初日は眠れないのに、昨夜はとてつもなく疲れていたので熟睡できました。朝7時に起きて支度をし、妻がコーヒーを沸かしているうちに、歩いて30秒のジュリアンにパンを買いに行きました。足がまだ腫れているのでステッキは欠かせません。朝7時半開店なのですが、すでに先客が二組、共にバゲットを買っています。私は、クロワッサン2個、パン・オ・ショコラ1個、クレープ1個を買いました。全部で4.5ユーロです。このクロワッサンは濃厚ですばらしく美味しい。パン・オ・ショコラをなぜ買うかというと、どうも妻が、朝、チョコレートを食べないと満足しないようなのです。

   ヴァヴァンの交差点に行き、妻が階段をおりてメトロの改札口で一日乗車券モビリスを買っている間、私はカフェ・ロトンドの前のキヨスクで Liberation (1.6 ユーロ)を買いました。毎夜ネットで読んでいる Liberation の実物を読めるのはささやかな楽しみです。モビリスを使って、バスでマレ地区のヴォージュ広場へ。天気は良いが寒い。パリ滞在中、ずっと気温は11〜19度でした。広場から歩いてすぐのカルナヴァレ博物館へ。開くのを待って観光客が何人も並んでいます。この博物館は前回、パスポート置き忘れ事件のため、入館して一分で出てこなければならなかった所です。

   ここは無料にもかかわらず、空いているのでいつもゆっくり見ることができます。今回は、前回機会を逃したプルーストとレオトーの部屋を見たいと思っていました。カルナヴァレで気づいたことが二つあります。まず、絵画を模写している人の多いこと。人が少ないので邪魔されずに模写できるのでしょう。来場者と言葉を交わすことも多いようです。次に、各部屋にいる係員の仕事ぶりです。年配の男性が多かったのですが、同僚とのおしゃべりに興じたり、アルコールの匂いの消えていない係員もいます。むろん、真面目な人もいるのですが。カルナヴァレを出て、隣のコニャック・ジェイ博物館へ。ここも無料だが、展示物は小物ばかりで、しかも階段が多く、杖をつきながらの上がり下がりは大変疲れました。

   外に出て、バスでグラン・ブールヴァールへ。懐かしいシャルティエで食事したくなったので、無理やり妻を引っ張ってきました。まだ一時なのに広い店内は客でいっぱいです。女性二人との相席になりましたが、二人は何とシャンパンを開けています。私は痛風が心配なので、ロゼの小瓶を妻と分けて飲みました。前菜に妻はウッフ・マヨ(ゆで卵のマヨネーズ和え)私はキャロット・ラペ(人参の細切り)を頼みました。キャロット・ラペは何と1ユーロという安さです。主菜に妻はアルザス料理のシュークルート、私はチキンのローストを頼みましたが、妻も私も半分あまり残してしまいました。妻はもともと少食ですが、私は痛風の悪化を恐れて思い切り食べられなかったのです。会計して外へ出ると、入り口には何とびっしり2列で10mほどの列ができています。ところで、このレストランは私たちには思い出多い場所です。最初に来たとき、相席の真ん中に置かれたパン籠に、誰かの食べたパンが残っているのに驚きました。また、ちょうど四カ国対抗ラグビーの日で、スコットランドのチェックのスカートをはいた大柄の男達が、ドヤドヤ入ってきたこともありました。しかも私たちの隣の席の男の肩には大きな鶏がとまっています!今回、妻はウッフ・マヨネーズが美味しかったと言っていました。私の痛風は翌日から劇的に良くなるのですが、それはきっと、大量に食べたキャロットのせいに違いありません。

   グラン・ブールヴァールからバスを乗り継いでノートルダム・デ・シャンへ。今日は夕方からバレエを観にいくので、ホテルで一旦休むことにしました。シャワーを浴びて、足の湿布を取り替えると、ベッドで新聞を読みながら私はぐっすり眠り込んでしまいました。ロゼのワインを少し飲んだだけなのに久しぶりのアルコールで酔いが回ったようです。目が覚めると、もう午後5時、支度を終えた妻が着物姿でクローゼットの鏡の前に立っています。

   今回のパリ行きは、ついに妻の願いをいれて着物を持って行くことに同意しました。私が強硬に反対していた理由は、まず目立つのが嫌、次に荷物が重くなる、最後に民族衣裳が嫌い、ということでしたが、三つ目の理由の中には異国では着物姿は政治的メッセージになりうるという懸念もありました。しかし、今回こそ最後のパリになるかも知れません。二つの条件、着物は一着、派手なものは駄目、を呑んでくれたので渋々同意してしまいました。妻が選んだのは夏用の白い博多献上の帯に黒の阿波しじら、いわゆるシアサッカー地で、縦糸と横糸の撚り方による張力の違いから独特のしぼ(凹凸)を作り出しているものです。妻は子供の頃から居合と剣舞をやっていたので、和服を着ると背筋が伸びて何となく堂に入った感じがするようです。

   さて、7時半の開演に間に合うよう6時ちょうどにノートルダム・デ・シャンの停留所から68番のバスに乗りました。バスは空いていましたが、妻は汚れるのを嫌って座らずにバーを掴んで立っています。黒一色の地味な着物なのに、必ず一瞥されるのは仕方ありません。幼い女の子が妻を指差すと、父親が着物について説明してあげていました。68番のバスはセーブル・バビロンを過ぎてカルーセル橋を渡り、オペラ大通りをまっすぐ走って、7時前にオペラ座の東横に止まりました。例によって、オペラ座正面玄関の階段は観光客でいっぱいです。すでに開場していたので、チケットを出して入場。妻は二階正面のボックス席(92ユーロ)、私は4階のやはり正面のボックス席(70ユーロ)です。

   どうして、二人バラバラの席になったかというと、ラ・シルフィードの人気は高く、要領のよい妻でさえ迷っているうちに席がどんどん失くなって、慌ててとにかく残っている席を二つ確保した、ということです。妻の席は、2人ずつ三列のうち真中の右側、残り5人は白人の女性で、皆、バレエ通らしい隙のない格好をしています。私の席は5人の列が三つ、その真中の左端で、周りは若いカップルや観光客でたいへん気楽な席でした。開演の前や、休憩時間に、妻とシュウェップスを飲んだり、ロビーや階段を散歩したりしましたが、周りは華やかなドレスやはっと目を引く装いの女性が沢山いて、地味な黒の和服の妻は目立たないだろうと思ったのですが、事実はどこへ行っても注目の的で、私は少し離れて歩いて、何とか他人のふりをしようとさえしました。

   というのも、毎回ガルニエでは少なくとも二組か三組の和服姿の人たちを目にするのに、今夜に限って、着物を着ているのは妻だけなのです。どこに行っても上から下まで、また前から後ろまで見られているので、気が休まりません。しかも、場所は天下のオペラ・ガルニエです。よく、こんな所で和服を着る度胸があるものだと今でも思い出すと冷やっとします。私たちが大階段を見下ろすベランダに立っていると、ダブルのブレザーにアスコットタイを結んだ大柄の銀髪の紳士が近寄ってきて、私の持っていたオリンパスペンを指差して、何か言っています。おそらく、二人の写真を撮ってあげよう、と言っているのだと思い、カメラを渡しました。紳士はシャッターを押すと私にカメラを返しながら、英語で、「とても美しいんで、写真を撮らないという法はないですよね」と言いました(妻の通訳による)。これほど根拠のないお世辞はないと思いますが、それにしても優しそうな笑顔をしたこの立派な紳士のことは忘れられません。

   さて、今宵のバレエは、ロマンティック・バレエの傑作、「ラ・シルフィード」です。ロマンティック・バレエとは、妖精や悪魔などが出る幻想的なバレエで、その特徴はロマンティック・チュチュというロング・スカートを穿いて踊るところにあります。このことが、独特の優美さを与えると同時に、踊り手には困難な技術を要求することになります。しかし、その前に、この有名なバレエのあらすじを紹介しましょう。舞台はスコットランド、今日結婚式を迎えるジェイムスに、暖炉の中から出て来た妖精シルフィードがいたずらをしかけます。はじめは相手にしていなかったジェイムスも次第に妖精の魅力に捉われていきます。結婚式のために現れた婚約者エフィと友人たち。しかし、ジェイムスはシルフィードを忘れられず、シルフィードもジェイムスとエフィの踊りの間に入って邪魔をします。この、ジェイムスにしか見えないシルフィードとの三人のパ・ド・トロワが前半の見せ場でしょう。結婚式のクライマックス、ジェイムスがエフィに指輪を渡そうとすると、シルフィードがその指輪を掠めとって逃げてしまいます。それを追うジェイムス、ここで前半が終わります。

   後半。妖精の森に入りこんだジェイムスが、空を飛ぶシルフィードを捕まえようと焦ります。魔法使いの老婆に、空を飛ぶ能力を失くす肩掛けをもらい、それをシルフィードに掛けると、シルフィードは急に力を失い、死んでしまいます。エフィもジェイムスを見捨てて他の男性と結婚し、すべてを失ったジェイムスは絶望して倒れます。あらすじを書くのが恥ずかしいほど荒唐無稽で幼稚な話ですが、そこがロマンティック・バレエの特徴なのです。

   このどうでもいいようなストーリーがバレエで展開されると、たちまち目くるめく幻想の世界が現れるのです。シルフィードを演ずるのは、エトワールになって6年目、29歳になるドロテ・ジルベールですが、妖精の空気のような軽さ、いたずら好きのコケットな愛らしさ、と見ていて全く飽きません。特に後半の妖精の森での踊りは素晴らしい。白一色の妖精たちの群舞もうっとりする美しさです。ジェイムス役は日本でもたいへんな人気のマチュー・ガニオで、妻はその超絶技巧にもすっかり感心したようです。二時間ほどの公演でしたが、あっという間に時間が過ぎ去って、これほど面白いとは思わなかったので、私は十分満足しました。ところで、バレエが終わった後、妻の前の席の老婦人がフランス語で、妻に、どうだったかと感想を聞いてきました。興奮覚めやらぬ妻は「セ、マ二フィック、、、(すばらしい)」というのがやっとでしたが、老婦人は、そうだろうという表情で大きく頷いたということです。妻によれば老婦人はおそらく次のようなことを言いたかった、つまり、あなたは和服を着て日本の文化の伝統を誇示しているが、フランスの文化の底力はもっとすごい、このバレエなどフランス以外誰が真似できるというのか、と。

   バレエが終わり、二階のベランダで待ち合わせていた妻のところに行くと、中年の白人女性と話しています。後で聞くと、日本文化に興味を持っているので話しかけたとのこと。大階段はゆっくり帰路につく華やかな装いの男女でいっぱいです。ステッキをつきながら、私たちもゆっくり階段を降りました。オペラ・ガルニエでシルフィードを観る、恐らく最後のオペラ座になるだろうが、それにふさわしい余韻の残る素敵な舞台でした。

   オペラ大通りのバス停へ。しばらく待ってから、12時過ぎまで走る27番のバスに乗ってリュクサンブールで降りました。このバスはオペラ帰りに乗る馴染みのバスです。サン・ミッシェル通りをリュクサンブール公園に沿って歩き、オーギュスト・コント通りを右に曲がります。もう10時過ぎなのに薄暮といってよい明るさ。すぐ左のアパルトマンの一階にプラークが張ってあり、何とシモーヌ・ヴェイユが住んでいた建物でした。窓には明かりがついていましたが、私が写真のシャッターを押すと明かりは消えました。とても静かなオーギュスト・コント通り、右にはリュクサンブール公園の金色に飾られた南門が、左手には天文台に続く緑のオプセルヴァトワール通りが続きます。ヴァヴァン通りまでのまっすぐな道を、妻とゆっくり歩きながら、私は、まだ足は腫れて痛かったけれど、心にしみるような心地良さを感じていました。静かな道は人影も犬の影さえもありません。なんて気持ちのよい夜だろう! シルフィードはなんと美しかったことか。妻とバレエについて話しはじめると、もはや話は尽きません。ヴァヴァン通りに出ると、ようやく店の明かりが見えて、角のカフェ・ヴァヴァンのテラスは人であふれています。

 

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カルナヴァレ博物館に展示されているプルーストの部屋の調度。作家が愛し好んだものは質素そのものです。「精神の王国」に身を捧げている人間にとって贅沢さなど物の数ではありません。

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プルーストの使っていた大学ノートとペン。手にとってみたいと本当に思いました。

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ポール・レオトーの部屋。猫をたくさん飼っていて、野良猫も世話していました。卓の上には猫の置物が、下には猫用の籠があります。彼の『禁じられた領域』は一人の男の赤裸々な性愛の記録です。

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レストラン・シャルティエ。広い店内は客でごったがえしています。

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シャルティエの入り口。人がたくさん並んでいます。実はこのフォーブール・モンマルトル7番地はロートレアモンの最後の住居があったところといわれています。隈なく探しましたがそれらしきプラークは見つかりませんでした。

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バスの乗り継ぎのときに立ち寄ったDelamain書店。100年以上の歴史を持つ古い本屋。場所はパリ1区、サント・ノレ通り、コメディ・フランセーズの真ん前という絶好の位置。元々、ガリマールの支店として出発した店で、店頭にはガリマールのいわゆるゾッキ本が大量に平積みされています。

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オペラ座の二階のロビー。妻の着物はとても地味でしたが、、。

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バレエの終わった後、三々五々階段を降りていく人々。安直な装いの人は皆無です。

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興奮して、アンコールのときの写真を撮るのを忘れました。オペラ座のホームページから。

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オーギュスト・コント通り。シモーヌ・ヴェイユが20歳から31歳まで住んだ部屋。彼女は34歳でロンドンの病院で亡くなります。

 

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