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2013年5月18日 (土)

ピーサレフ『生活のための闘い』


古い話で、去年の11月の土曜日、近所の図書館でリサイクル•ブック市なるものがありました。図書館の廃棄本や篤志家の提供した本などを無料で放出するのです。毎年すごい人気で、朝早く並ばないと最初の回には間に合いません。妻は人混みと熱気を嫌って、ここ数年は参加していませんが、私は本を貰える魅力に抗しきれず、悪化していた持病の腰痛を押して開始45分前に図書館に到着しました。すでに長蛇の列でしたが、第一回の定員300人の枠にはぎりぎり入ることができました。

10時にホールの扉が開いて、列のまま小走りで人々は中になだれ込んで行きます。冊数制限(確か単行本5冊、文庫本10冊)と時間制限(確か50分)があるので、とにかく良い本を探そうと熱気というより何やら殺気すら感じるのですが、私が入場した時は、すでにいくつか区画されたフロアには二重三重の人の山で、とてもじっくり本を探せる雰囲気ではありません。フロアに敷きつめられた本の山の中に古い岩波文庫の赤帯(外国文学)ばかり並べられた片隅があったので、前の人が立ち上がるのを待って、やっとのことで本を手に取れる位置に座ることができました。ところが、さて本に目を凝らそうとしたその時、本をまたいでこちら側に渡ろうとした女子高生らしき大柄な女の子が、バランスを崩してドッと私の頭の上に倒れて来たのです。女の子の体の下敷きになって腰痛の箇所をさらに痛めたので、しばらく息が詰まるような苦しみに襲われました。無料の本を貰うということのために休みの日の朝早く出てきたことへの後悔、何もかもが厭わしくなって、すぐに家に帰りたくなったのですが、腰が痛くて立ち上がることもできません。ぼんやりと前に並べられた岩波文庫を見ていました。実は、バブル景気の頃に余分に入ってきた泡銭のようなお金で岩波文庫を買いまくっていたので、目ぼしいものはだいたい持っているのです。さらに、毎年のアンコール復刊で、取り残したものもほとんど拾っていたので、古書店でもあまり欲しいものはありません。ましてや無料の催し、期待などしていませんでしたが、どうも目前の岩波文庫の300冊近い塊には何か古色を帯びた怪しげな匂いが感じ取れます。

さらっと見て、すぐにオニールの『皇帝ジョーンズ、毛猿』、モーパッサンの『ロレットの娘、 ミス•ハリエット』を見つけました。すぐに読む気もないし、もしかしたら死ぬまで読まないかも知れない本ですが、蔵書にない本であり、珍本でもあるので一応確保しておきました。もうないだろうと思って立ち上がろうとすると、とても欲しかったシラーの『ドン•カルロス』があったので今日はじめて嬉しい気持ちになりました。これで十分朝早く起きた元が取れたと思って、腰を上げかかったのですが、手を支えるところがないので立ち上がれません。やっと本の入っているダンボールの箱の隅に手をついて恐る恐る腰を浮かしました。後ろに控えていて場所が空くのを待っていた白髪頭の老人が、素早く私の場所に滑りこんで来ましたが、その瞬間、私の目は本の山の端の薄い一冊に釘付けになりました。電光石火、老人の頭を押しのけて抜き取った本は何とピーサレフの『生活のための闘い』です。

ドミトーリィ•イワノヴィッチ•ピーサレフ(1840〜1868)はロシアの裕福な地主の家に生まれました。訳者の解説によると、母親は教養高く、家には多くの外国人家庭教師がいて、すでに四歳でロシア語、ドイツ語、フランス語の本を読むことができたということです。心の優しい、嘘のつくことのできない性格のため、家では「水晶箱」と呼ばれていました。ペテルブルク大学の文学部に進み、熱心な勉強の傍ら、当時の社会的諸問題に真剣に取り組み、学生の集会では演説しながら涙を流したこともあったそうです。彼の関心は政治的問題よりも個人の生活原理に向けられていました。戦闘的唯物論者として、彼は、文学が生活の貧しさや悲哀をありのまま描かれるものでなければならず、作家は情熱的で感受性の強い人間として、自らが信ずる真と美とを全力をあげて追究しなければならないと説きました。彼は、ロシアの農奴的専制政治を批判したことで1862年ペテロパヴロの要塞監獄に入れられました。彼の代表作のほとんどはこの4年半の獄中生活に書かれたものです。1866年釈放されますが、1868年、親戚の女流作家マルク•ボクチョークとおもむいたリガ湾に面した避暑地の海で溺死します。わずか27歳でした。

「罪と罰について」と副題のついた『生活のための闘い』(金子幸彦訳•岩波文庫)は1866年のドストエフスキーの『罪と罰』の発表を受けて、その翌年1867年に二回に分けて雑誌に掲載されたものです。巻頭、ピーサレフは次のように断言します。すなわち、自分は、ドストエフスキーの個人的信念や彼がこの作品で繰りひろげようとした思想には何の興味もない、と。自分は、ドストエフスキーのこのロマンの中に描かれた社会的諸条件にのみ注意を向ける、もしも、これらの諸条件が完全な真実性を持っているならば、そして、このロマンの中に生活に対する中傷もなく、偽りのあくどい粉飾もなく、内部的矛盾もなく、一言でいえば、このロマンの中で行動し、苦しみ、闘い、あやまちを犯し、愛し、また憎んでいる人々が現存の社会的諸条件の極印を押された現実の人々であるならば、自分は現実に対すると同様に真実の態度でのぞもうと思う、と。

「ロマン『罪と罰』のあらすじは大部分の読者に知られているであろう」とピーサレフはこの長編小説の筋を要約します。「教養ある青年で、もと大学生であったラスコーリニコフが、高利貸の老婆とその妹を殺し、この老婆の金と物を奪い、そののち数週間にわたってはげしい精神的不安になやみ苦しんだあげく、ついに心の安静を見出すことができないで、自首する。それから、むろん苦役への途にのぼる」

ラスコーリニコフはたいへん貧しい青年です。彼の父は死んで、母親は乏しい恩給から自分自身の生活はできるだけ切り詰めて、息子に何とか仕送りをしようとしています。ラスコーリニコフの妹は家庭教師をしています。ラスコーリニコフ自身は、個人教授やいろいろなしがないかせぎで、どうにかこうにか日々を過ごしています。そして貧乏と闘いながら、学業を続けようとして、あらゆる努力をかたむけるが、ついに自分の手に余るこのたたかいに疲れはてて、学資も尽きて、大学をしりぞいてしまいます。そして、彼を待っていたのは、疲れ、虐げられ、すっかり打ちのめされてしまった人々が通常おちいるところの、苦しい無感覚の状態です。

この小説は、ラスコーリニコフのそのようなうちひしがれた状況から始まっています。彼は部屋というより戸棚といったほうがよいような狭い汚い部屋に住んでいます。家賃を何ヶ月も滞納しているが故に繰り返される催促、苦情、おどかしで彼は精神的に疲れ、もう二週間も食事を運んでくれないのでひもじい思いをし、料理女のナスターシャが時折くれる残り物で露命をつないでいます。彼は仕事をしていないし、仕事を得られる望みもありません。衣服は修繕不可能なほどぼろぼろになり、靴は穴だらけ、帽子は虫食いと染みで見るも無残なありさまです。しかも空腹と疲労で、彼は寝台から起き上がるのがやっとの状態でした。

貧乏もある限界を越えると、不自由のない人間の目には危険な犯罪者か、恐ろしい病気を持った人間にも見えます。いつ飢えのために死ぬかわからないような、ぼろ服の人間は、うまくゆけば、同情ある通行人から銀貨の一枚を恵んでもらえるかもしれません。しかし、一家の父親からその子供たちの教育を依頼されるようなことは、ほとんど絶対に期待することができません。人はなぜこのような状態に陥るのか、なぜ片手間の仕事さえ失うことになっていくのか、ドストエフスキーは詳しくは述べていません。しかし、この空白は容易に読者が埋めることができるし、容易に想像しうることだとピーサレフは書いています。

始まりは、よくある出来事、あるいは偶然の重なりによって生まれます。家族の病気、働き手の死、交通事故、解雇、事業の破綻、やむを得ぬ引越し等、しかし、それらの危機は、たいてい何とか乗り越えて行くことができます。貯金や不動産の切り崩し、保険金、親類や友人の援助、ところが、1、2ヶ月で立ち直らず、危機が数ヶ月から半年も続くとき、貯金は思ったよりも目減りをして、保険も無効になり、仕事は見つからず、友人や親類からの借金も一回りしてしまえばもう敷居が高くなり、誰にも頼めず、金目のものを処分し、高利の借金に手を出してしまうと、もはや日々の支払いで心身ともに疲れ荒んできます。もうこうなると、仕事の面接にこざっぱりした服で行くことも、健康な外見を保つための毎日の食事や美容にも事欠いて、公的扶助も間に合わずに、病魔に冒された挙句に寂しく死んでしまうこともあるでしょう。

ラスコーリニコフは、どうしようもなくなる一歩手前で、つまり最後の決断を選択できる余力がまだ残っている時に、おそらく人生最大の選択を迫られます。何もしないで、このまま母親と妹とともに窮乏の果てまで行って、どこかの病院の一室で死ぬことになるか、あるいは、頑張って個人教授の職を得て、ボンクラでまともに頭を働かすことさえ嫌がる子供を相手に分数や国語を教えて一回に半リーヴルもらうか。その仕事さえ毎日は得られないだろうし、どのみち利子をかろうじて払っていくだけの収入しかないだろう。つまり破滅を先延ばしているにすぎない。もう一つの道、彼がそれしかないだろうと思っている道は、法を冒して、許されぬ手段でまとまった金を手に入れることで、それさえできれば、家賃を払い、母と妹の当座の窮乏を救い、きちんとした衣服を買って、日銭とはいえ決まった額の金を継続的に得られる仕事につけるに違いない。そうなれば、自分の能力からいって将来百万長者になれるかもしれないし、善行により、かつての悪事も十分埋め合わせできるだろう。

自分勝手な人間が考えつきそうなことですが、頭の良いラスコーリニコフは、このために都合の良い理論を編み出しました。すなわち、平凡人を超えた非凡な能力を持っている人間は、それが人類のためになるならば、凡人の法を冒してもよいし、実際いままでの歴史を見ても、偉大な人間は同時に犯罪者であった、と。とんでもない理論ですが、これが、前途有望だが貧窮している青年が貧乏人の血を吸って生きている高利貸しの老婆を殺してもよいという言い訳になるのです。

余談ですが、このような人間は実は非常に多いのです。昔、私が持っているよりも自分が所有している方が役に立つのだと言って強引に『大乗起信論』を私の部屋から持って行った友人がいました。また、別の友人は、私のところに金を借りにきて、今自分に金を貸してくれれば、それは同時に日本を救うことにもなる、などと大真面目に言うのです。不思議なことに、こういう輩はすべて男性で、女性にはこんな大言壮語は似合いません。これが、女性が男性に慰安を与えてくれる一つの要因ではないかと思ったりもします。

ラスコーリニコフのこの考えは、本人自身が信じていたかどうかも疑問です。おそらく、ラスコーリニコフは、ピーサレフが指摘しているとおり、「てっとり早い、たやすい金儲けについての考えを自分自身にたいして弁護するためにのみ自分の理論を組み立てた」のでしょう。その証拠に、彼は、この理論を友人や知人との議論で深めたりはしていません。これは全く彼自身の孤独の思索の中から出てきたものなのです。また、彼がこの考えにそれほど自信と愛着があるのなら、なぜ事件を犯した後も、こそこそ隠れていないで、堂々と自分の理論による行為を妹や友人に話して、彼らを説得しようとしなかったのでしょうか。そして、さらに、ラスコーリニコフのこの考えが、事件の半年前、つまり彼が大学を退学して、そのみじめな小さな部屋に閉じこもり始めるころに完成したということも忘れてはいけないでしょう。 閉塞しつつある生活、乏しくなる現金、やっと手に入れた家庭教師の仕事のために彼は大雨の中を何キロも歩き、真面目に勉強しない子供に分数を教え、また何キロも歩いて帰ってくる。靴の穴からは雨水が入り、ルパシカは擦り切れて寒さを防ぎきれず、つばの欠けた帽子は雨よけにもなりません。空腹のまま横たわった寝台は薄くて硬く、背中や横腹には縞の跡がついています。このような押しつぶされた生活の中から老婆殺しの考えが浮かんだのですが、ラスコーリニコフは、その考えを自分の弱さからくるのではなく(そう考えることは彼には辛いことでした)、強さから必然的に出てくることにしたかったのです。

ずっと後の章でスヴィドリガイロフが看破したように、この事件を引き起こしたのはラスコーリニコフの虚栄心と自負心なのです。彼は貧乏に屈していたが、それを全部告白して、自らを家族や友人の手にすっかりゆだねようとはしなかった。むしろ妹や親友の前では強く鋭利な頭脳を持った人間でいたかった。彼はぼろ同然の衣服で道を歩くことを躊躇しなかったが、それは内心では世間の人たちを見下していたからどう思われようと平気だったからで、反面、道で友人たちに会うことを避けていたのは、よく見てもらいたい人たちにはみじめな自分を晒したくなかったからです。

ところで、金貸しの老婆の殺害を決意したラスコーリニコフですが、むろん、相当に知的な人間ですから「理論武装」しているとはいえ、実際に犯行に及ぶまでには、ためらいや迷い、悩みがありました。老婆の家に下見に行った帰りに、彼はビールで喉の渇きをいやそうと生まれて初めて居酒屋に入ります。生まれて始めて居酒屋に入ったということはこの23歳の青年が、今まで苦しみや悩みをいっときの酔いで手近に紛らわすことをしてこなかったことを証明しているのです。そして、ここで、まさに苦しみや悩みを酔いで紛らわすことしかできなかったマルメラードフという元官吏が登場して、ラスコーリニコフに近寄ってくるのです。マルメラードフは、なぜかラスコーリニコフに自分と家族の境遇を事細かに語ります。

退職官吏マルメラードフは、妻の靴下さえ飲み代にしてしまい、そのために、肺病病みの妻と飢えた子供たちは、餓死寸前の状況におかれています。一家は汚い仕切りのついた一間の貸間に住んでいます。貧乏と貧乏ゆえに受けるさまざまな辱めが、この一家の暗い輪郭を形作っています。青白い顔をして痩せこけた17歳の長女ソーニャは、一家の窮乏を救うために娼婦に身を落とします。しかし、マルメラードフは長女が身を刻んで得た金さえも飲み代にせびりにくるのです。この一家の悲惨な状況は、マルメラードフ自身がどんな不要な虚飾も交えず、自己弁護は一切せず、淡々とラスコーリニコフに語るのですが、ピーサレフの長い引用の最後を引いてみましょう。子供たちが空腹で泣き始めると母親のカテリーナ•イヴァノーヴナはすぐに子供たちをぶちはじめました。すると、

「五時もすぎた頃だったでしょうか、見ると、ソーネチカは立ちあがってプラトークをかぶり、外套を着て、部屋を出ていきました。八時すぎになって帰ってきました。まっすぐにカテリーナ•イヴァノーヴナのところへ行って、机の上に銀貨で三十ルーブリをだまって置きました。ひとこともくちをきかず、見もしません。そして薄地のラシャのみどり色の大きなプラトークをとって、それですっぽり頭も顔もくるんで、壁の方をむいてベッドに寝てしまいました。ただ小さな肩と体だけがたえず震えていました。わたしは前と同じざまで、ねたっきりです…。するとね、あなた、カテリーナ•イヴァノーヴナはやはりひとことも口をきかないで、ソーネチカのベッドのそばへ行って、一晩中その足もとにひざまづいていました。彼女の足にキスして、たち上がろうともしません。それから二人ともいっしょに眠りこんでしまいました。だきあって、二人で…二人で…そうです…ところがわたしは酔っぱらって寝ていたんです…。」

「すべては率直に、はっきりと、そしてきわめて正確に語られる」とピーサレフは書いています。実は、この箇所がピーサレフがドストエフスキーを賞賛する唯一の点なのです。「この運命的な晩の印象が、溶けた鉛のしずくのように、この哀れな酔っぱらいの脳裏に落ちかかり、そこに彼の生涯の終わりまで、どんなアルコールの蒸気によってもぬぐい去ることのできない痕跡をとどめるにいたった」しかし、それにもかかわらず、「彼はやはり妻のところから俸給を盗み出して、居酒屋へ駆けつける。そして五昼夜にわたってぶっつづけに酔いどれて、自分の家族の最後の望みをすっかりうちこわしてしまい、それでも足りないで、酒代にすることのできるすべてのものを居酒屋で脱ぎすててしまって、さらに黄色い鑑札(娼婦の)によって生活している、自分の娘のところへ行って、ひとりの肺病の女とたえず腹をへらしている三人の子供の唯一の支えであるところの金の一部をせびって、ひとびんのヴォトカの飲み代にあてるのである」

マルメラードフは、長期にわたる、さまざまな、あるときは激しく、あるときは緩慢に襲いかかる苦しみによって引き起こされた苦難を耐え忍ぶことができず、酒によるつかの間の忘却の中へ、底なしの泥沼の中に沈み込んでしまいました。そして、彼がその沈んでいくプロセスを愚痴も弁解もなく正確に見つめていることのうちに、彼の人間性の最後の名残りがあります。マルメラードフと出会うまでは、ラスコーリニコフのよく知っていたのは貧乏のもたらす肉体的な苦痛だけでした。彼は貧乏というものが、人間を地上におしつけ、へしまげて、人間としての自尊心を打ちこわしてしまうものだということを、むろん、理屈の上ではわかっていたのですが、マルメラードフを通してその身近な実例を目撃し、いわば衝撃を受けるのです。これが、なぜ彼がマルメラードフの告白に細心の注意で聞き耳を立てたかの理由なのです。「マルメラードフは自分の妻や子供たちを愛し、彼らの苦しみのすべての陰影を記憶にとどめている。彼はてずから彼らを出口のない貧困の泥沼のなかに突き落としつつあるさなかにも、彼らのために悩み、彼らとともに悩んでいる」
ラスコーリニコフをさらに驚愕させたものは、ソーニャが身を捨てて、つまり決断によって解決を企てたということです。この瞬間から、ソーニャは彼にとって(知的であるがゆえにあれこれ考えて決断力の鈍い彼にとって)ひとつの偶像となりました。ラスコーリニコフの悩みと苦しみは彼の自尊心と虚栄心からくるもので、それゆえに彼は強盗殺人という強硬手段でみじめな自分を晒さずに一発逆転を狙ったのです。ところが、ソーニャの決断は自己犠牲そのものでした。これがどれほどラスコーリニコフを驚かせたかは、その後、すぐにラスコーリニコフがソーニャの部屋を訪ねて、娘の心の中に淫蕩の匂いがないか確かめることでわかります。

さらに、マルメラードフに会った翌日に、故郷の母親から来た長い手紙を読んで、彼はまた気が動転します。彼のことを愛し、心底彼のためを思っている母と妹が、ただ彼のためだけに、妹と資産家との結婚を承諾しようとしているのです。まさにソーニャと似た自己犠牲が行われようとしているのであり、それを阻止するためには、彼に、「決断」を急がねばならないと思わせたのです。これ以降は、ラスコーリニコフの中で、強さと弱さ、道徳的批判と強者の論理のはてしない逡巡が始まります。彼は、あるときは自分の弱さを歎きながら、同時にあるときはその弱さに一縷の望みをたくします。そして、市場で偶然、今晩7時には老婆の妹であるリザヴェータが外出して老婆は独りで家にいるという情報を知るに及んで、急かされるようについに犯罪の実行を決断するのです。

犯行後すぐに彼は後悔します。二人を殺して得た財布も、中身を確認もせずに運河に投げ捨てようとします。発覚しないかという恐れ、周りの人間の言動に 疑心暗鬼し、果ては、犯行前の閉塞した悲惨な状況さえ天国だったと思えてきます。何より、自分の弱さと愚かさに対する後悔があります。しかし、それでも自尊心の強い彼を苦しめていたのは、事件が発覚することで自分を愛してくれた人たちから失望されることでした。自分を愛し、尊敬してくれた母や妹や友人が、手のひらを返して自分を冷たい軽蔑の眼差しで見つめるようになるのではないかという恐怖、おそらく、これがラスコーリニコフをもっとも苦しめていたものでしょう。それゆえに、彼の驚きと羨望は、ソーニャのような公然と奈落に落ちた少女、誰からも軽蔑されるがゆえにもはやそれ以上軽蔑されようのない少女に向けられたのです。ソーニャへの告白と彼女が信奉するキリスト教への接近は、彼のこの驚きと羨望に由来するのです。

ピーサレフの考察はすでに終わっています。『罪と罰』は困窮とそこから生まれる犯罪については精密に誠実にえがかれている。ラスコーリニコフに限らず、どんな人間でもこのような状況下では卑劣な犯罪に手を染めずにはおれないだろう。そうでなければ、惨めに衰弱し、家族もろとも死んでいく他はないであろう。しかし、ロシアの現実とそこに蠢く人々の状況を真摯に正確に描く能力を持ちながら、ドストエフスキーはそれらを説明する力に欠けていた。生きる価値のある人間と、そうでない人間がいるという主人公の強者の論理は馬鹿げている。偉大な人間は、つまらない犯罪など犯さないし、彼らの崇高なイデーは民衆の素朴で無分別な思考とも決して矛盾するものではない、と。

ドストエフスキーの人間観、ましてやその宗教性などに全く関心を示さないピーサレフの叙述は痛快で、現代の爪楊枝でつつくような煩瑣な『罪と罰』解釈よりはるかに好感が持てます。私はいつも思うのですが、ある文学作品について研究する時には、まず、なにゆえにその作品が優れているかを証明しなければならず、それがなされた後で、はじめて、伝記的背景や物語の舞台の検証や叙述の細部が意味を持つのではないでしょうか、ところが、名作と語り伝えられる作品ほど肝心の作品の価値の特定がなおざりにされていることが多いのです。『罪と罰』は何故に「名作」なのか。私は『カラマーゾフの兄弟』ほどよく出来ていないし、話の内容から考えたら文庫本千ページは長すぎますが、やはり19世紀後半のロシアの代表的な小説の一つといってよいのではと思います。

というのも、ピーサレフが書いているように、ここには貧しさから出来する懊悩がきちんと描かれており、主人公の鬱陶しい生活の中から異常に錯乱した執念が生まれてくるところを、主人公の揺れ動く意識とともにきわめて的確に描写しているからです。もし、主人公がラスコーリニコフほどのインテリでなかったら、貧しさのゆえに、まず同じような仲間に会えるような場所に行って、そこで互いに騙し合い助け合いながら、誰かの差配による犯罪に無意識に手を染めて行く結果に終わるだろうし、そこには強い反省も自意識も見られないだろうとピーサレフは言っています。まことにそのとおりで、この小説の成功は、ラスコーリニコフという自尊心の強い、頭の良い、いつも必要以上におびえている青年があれこれ迷うところにこそあるのです。

私自身は、主人公のラスコーリニコフには全く魅力を感じません。取り返しのつかないことをしてはじめて覚醒するというのはあまりに愚かすぎます。物語の最後には、彼が光明を見いだしつつある様子が描かれますが、彼が救われようが地獄に落ちようがどうでも良いことでしょう。二人の人間を殺したのですから、もはやどんな未来もないと思うべきです。それにしても、この小説で殺されたり死んでいく人間は、皆、醜く描かれていることに失望します。老婆はもちろん、その妹のリザヴェータ、スヴィドリガイロフの妻、ラスコーリニコフの借家の大家の娘などなど。反対に、主要登場人物はだいたい美男美女とは、映画『ロード・オブ・ザ・リング』や『ナルニア国』のように、善側はみな美しく悪の側はみな醜いものだという非道い設定と同じであまりの安直さは否めません。私としては、あの不幸なリザヴェータを主人公にして書いてほしかったと思うのですが。

興味深い登場人物は、むろん、ソーニャとスヴィドリガイロフでしょう。二人ともいかにもドストエフスキー好みで、一方は自虐に至る聖性を、もう一方は聖性に至る悪徳を表しています。そして、拭いきれない謎と深みを与えるのがこの二人で、彼らは互いに示し合わせたように、同じ時期にペテルブルグに降臨してきたかのように思わせます。ドストエフスキーの作品は、登場人物のうち誰か一人を神に仮定するとうまく説明できることが多いのですが、この小説の場合は果たしてこの二人のうちのどちらが神なのでしょうか。

『罪と罰』はいろいろ人生を経験してから読むと納得できないところが多いし、登場人物が単色的で古くさくも感じられます。人間の多面性を各々の登場人物に割り当てることで社会を重層的に表現しようなどは古い。すべての中心は個人であり、彼が見た世界がすべてで、彼の感動が唯一信頼できるものなのですから、その点に関してはドストエフスキーはスタンダールさえからも100年は遅れているといってよいでしょう。

(家族の病気などで更新が大分遅れました。いざ、再開しようとするとなかなか書けず、同じペースで書いているブロガーの方々をみると、自分の根性の希薄さに呆れます。6月の旅行前にまだ一つ二つ書いて行こうと思っています)

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