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2009年9月21日 (月)

アドルノ『アドルノ 文学ノート1』

 『アドルノ 文学ノート1』(みすず書房・三光長治他訳)の全訳(2は九月下旬発刊)がついに刊行されました。「1」の目次をぱらぱら見てみると、「抒情詩と社会」「ハイネという傷」「アイヒェンドルフの思い出のために」などの魅力的な題名の論文が並んでいます。どこから読み始めようか、迷い箸は行儀が悪いですが、しかし、浅草寺に参るのに新仲見世や言問通りから入るのは邪道で、やはり雷門から仲見世を貫通して本殿に参詣すべきでしょう。よって、劈頭を飾る圧巻の論文「形式としてのエッセー」から順に『文学ノート』という神殿に踏み入っていきたいと思います。

 

 エッセーはドイツでは評判が悪い、とアドルノは書いています。なぜか。それは、まず、ドイツでは形式として厳密なものしか受け入れられず、普遍的なもの、根源的なものが優遇されるからですが、しかし、それ以上の理由があるのだ、とアドルノは言います。それは、ドイツでは、ライプニッツの頃から不十分のまま終わった啓蒙が挫折し、ふたたび権威に服従することを本望だと考える国民性が、エッセーという自由な形式を警戒し憎むからだというのです。

 

 ドイツ人が厳密な学問めいたものを好むのは確かで、カント以来のドイツ観念論は、アドルノもその功績を認めているように世界無二のものです。ところが、エッセーときたら、決して始原にさかのぼらず、概念の説明もせず、物事の究極に向っていく素振りも見せません。そもそもエッセーはデカルト『方法序説』のなかの第二の準則、「物事をできるだけ小部分に分割すること」、第三の準則「できるだけ単純なものから出発すること」などをまったく無視しています。エッセーは好きなものから語り始め、だいたい複雑なものから出発し、強いて結論に至ろうとはしないのです。

 そして、この自由で奔放な振舞いがドイツ人の気に入らないところでもあるのですが、それはまた彼らの偽善的な従順さを逆撫でするのです。ドイツでは啓蒙主義がフランスほど徹底できなかった。それはスピノザを受け入れられなかったライプニッツに由来するのですが、ハイネはその啓蒙を徹底することによってドイツ人から白い目で見られたのです(「ハイネという傷」)。その個人主義、その商業主義の身ぶりはドイツ人がもっとも憎むもので、まさにその全部がエッセーという文学形式の中に具現されてしまっているのです。

 

 ところで、エッセーとは何でしょうか。アドルノがそれについて語っているエッセーは、日本で随筆という名で呼ばれている「折にふれて」書かれた雑文とは全く違っているようです。それは芸術作品についての小論ともいうべきもので、アドルノによればサント=ブーヴあたりから始まったとされています。つまり、それはまず偏愛から出発し、愛するものの好ましいところに執着しながら、しかし、その謎を深刻めかした顔で解読したりはしません。優れたエッセーは、ものを考えるのでなく、むしろ、精神的経験を解きほぐすことなく自らを挙げてその場と化します。無常なるものの中に永遠を探り出すのでなく、無常なるものの永遠化を目指すのです。

エッセーは、うつろいゆくもの、滅びやすいものを対象としながら、哲学がついに取り込めなかったものを実現します。すべてを同一性のもとに還元する哲学にたいして、それは根源を問題にしないし、いかなる客観性もよりどころにはしません。むしろ、エッセーの客観性は、その主観性そのものに根拠を持っています。ある意味でエッセーの集積といってよいプルーストの作品は、人間とその社会的連関についてのとりとめのない探求といってよいものですが、その客観性の保証は希望と幻滅のうちに凝集した個々人の経験にあるのです。

余人の追随を許さぬエッセーの大家、ベンヤミンの作品を見てみましょう。『親和力論』が名作中の名作ですが、むしろ彼のエッセーの本領は『都市の肖像』(晶文社)などに収録された断片に近い小品にあります。彼のエッセーは、対象との絶妙な距離によって際立っています。対象はすべて中心から等距離に置かれているのですが、その中心(根源)とはすべての事物に魔力をおよぼす原理といってよいもので、自然支配によって打ち立てられた文化そのものです。根源にさかのぼらず、ひたすらその表層をなぞるエッセーは、文化にとっては自らの刻印を帯びていないゆえに我慢のならないものとなります。ベンヤミンが自然なるもの、人間にとって直接的なるものについて語らなかったのは、そうすることが自然への、直接なるものへの唯一の敬意だからに他なりません。エッセーは、派生したもの、人間の手で作られたものに固執することで、文化を通して自然に行き着くという幻想を打ち破ります。絶滅種の動物や残された原生林への喚起は、まだ人間にとって手つかずの自然が残されているという欺瞞を隠すための文化の振舞いの一つに過ぎません。(エコロジーや病的な禁煙という社会の自己欺瞞については言うまでもないことです)

 

ベンヤミンのエッセーに見られるごとく、思索は始原から結論まで一意邁進するのでなく、思索の諸要素は絨毯状に交織されます。この交織の密度に思考の稔りの豊かさがかけられているのですが、読者が衝撃を受けるのもまさにその点なのです。概念の定義から始めるのでなく、精神的経験こそが範例を形作るのです。アドルノはこのことを次のような比喩で説明しています。異国にあっていやでもその国の言葉をしゃべらざるをえない破目にあった人を想像してみよう。彼は文法どおりの言葉を四苦八苦してつなぎあわせたりはしないだろう。また辞書を引かずに看板や雑誌の字を読んで見るだろう。こうして彼は、その度ごとにちがった関連で同じ単語を30ぺんも見かけるなら辞書を引くよりもずっと確実にその語を会得するはずだ。というのも、辞書は意味の羅列を与えるだけだが、単語とはさまざまな文脈の中でとりちがえようのないニュアンスをあらわすただ一つの意味しか持っていないからだ。

 

こうしてエッセーは哲学が関わらなかった幸福と遊びをその出発点にするのですが、その偽りの深刻さに対する不信は容易に手慣れた皮相に逆転しないとも限りません。アドルノによれば、初期にはきめのこまかいエッセーをあらわしたシュテファン・ツヴァイクは後年のバルザック論において創造的人間の心理学を唱えるところまで堕ちてしまったとのことです。「理解心理学の残り屑が、教養俗物の世界観をあらわした人格とか非合理なものに混ぜ合わされた」とは厳しい言葉です。

 「団栗」などのすぐれた随筆を書いた寺田寅彦は、時おりその随筆の最後の場面で人間社会全般に適用するような一般論を展開することがあって興を削がれますが、考えてみればあの慧眼に満ちた『徒然草』も最後の一行で言わずもがなと思うことが多いのです。(その点では、『枕草子』は洗練された随筆というほかはありません。好みに徹しながら、それゆえに中世世界の普遍を先取りしています。)

 

 第二論文「叙事文学の素朴さ」では、エッセーという近代の所産にたいして、ホメロス以来の叙事詩に基づいて、言語と表現の関係が壮大に語られていきます。

 まず、『オデュッセイア』の最後の一つ手前の箇所が引用されます。

「海原をわたる頑丈な船を/疾風と、高なる波の力で、ポセイドンに砕かれた/男たちに、泳ぎ着く大地が喜ばしいものであるように/彼らがいまや、破滅を逃れて、喜ばしげに大地を踏むように/そのように彼女も、夫の姿を喜び/百合の腕で、ひしと彼に取りすがる」

 この第二十三歌の部分をアドルノは次のように説明します。

「これらの詩句に、すなわち、再会した夫婦の幸福を描く比喩に、『オデュッセイア』の本質を見て、この比喩はたんに挿入されたメタファーなのではなく、この物語の真のあり方が最後になってあらわになったものだと考えるならば、『オデュッセイア』は、海岸の岩にいつも新たに打ち寄せる波の音にじっと耳を傾けるこころみに他ならず、波が岩礁を洗い、ざわざわと引いていき、不動の岩が濡れて輝くさまを、辛抱強く記録するこころみに他ならない。このざわざわという音こそは叙事的な語りの音であり、一義的な不動のものが多義的な流れるものとぶつかりあい、そしてすぐにそれから離れる音である」

 

叙事詩の語り手は、彼がそこに籍を置いている共同体のミュトスの伝統にしばられながら、にもかかわらず、一回きりの出来事、彼が語らねば永遠に歴史の彼方に消えてしまう出来事を語り始めます。ミュトスの論理は共同体の論理であり、語り手の思考や言語形態の枠を形成し、それゆえにそこから逃れることの難しいものでもあります。しかし、語り手は、報告する価値のあるもの、あらゆる他のものと等しくないもの、交換できないもの、非同一なもの、伝承される価値のあるものをミュトスの論理を借りて伝えようとします。打ち寄せる波は《いつも同じもの》ミュトスであり、洗われる岩は異なったもの、つまり叙事詩の対象となるものです。

叙事詩を読むとき、私たちがいつも感じるような違和感、テンポの乱れ、余分な挿入、不必要な繰り返し、突然の脱線などは、物語作者のこの矛盾に充ちた態度に由来するのです。語り手は、物語る対象を凝視し、その具体性を、怖れを伴った新しさを正面から見据え、共同体の言葉、つまりミュトスによってそれを捉えようとします。しかし、それは不可能な企てであり、素朴さとは彼がそれに支払う代償に他なりません。そして、この素朴さは、ある意味で存在するものの魔力を打ち破るものであり、ミュトスの支配を逃れる契機ともなるのです。「一回的なものとは、思考のもつ包括的な普遍性に対するたんに頑固な立ち遅れなのではなく、思考のもっとも内的な憧憬でもあり、社会的な支配とそれに追随する分類的な思考に包摂されない現実的なものをとらえる論理的形式なのである」。

そして、アドルノはつぎのように続けます。

「叙事文学の素朴さには市民的理性に対する批判が生きている。叙事文学の素朴さは経験の一つの可能性をー市民的な理性が基礎づけるようなふりをしながら、実は破壊してしまったあの経験の可能性をー失わずに持っている。一つの対象を記述するという限界性は、あらゆる思考のもつ限界性を、すなわち、思考が対象の本来のあり方を認識しようとせず、概念的な操作をすることによって対象を忘れ、対象を概念に包摂しようとするときの限界性を、訂正するものになっている」

この従来の言葉では伝えきれない心の様々な色合い、対象の様々なニュアンスに充ちた在りようが「ざわざわという音」であり、このざわめくrauschen音こそ、ある者には騒音に、ある者には音楽に、ある者には言葉に聞こえる「聴覚の内空間でしか聞こえないような」音であり、主体がその存在を賭けて奏でる「媒介」の音なのです。

 

「アイヒェンドルフの思い出のために」では、この「ざわめき」が、ロマン派の全時代を生き抜いたアイヒェンドルフの「死んだものを呼び覚まそうとする」言葉の努力、後期市民社会には失われた無為の幸福を呼び戻す符牒として説明されています。「そして僕も、向こうの流れのあの波のように、/誰にも聞かれずに、春の入口をざわめき流れてゆく」(「他国の恋」)とアイヒェンドルフは歌いました。

ざわめきは音が消えることによって永続します。「ざわめき(rauschen)とはアイヒェンドルフの好きな言葉であり、ほとんど定式でさえある」そして、アドルノは、ボルヒャルトの「僕にはざわめきしかない」という言葉を引用して、この言葉はアイヒェンドルフのすべての作品のモットーとして掲げられる、と言っています。「言語はざわめきや、孤独な自然を模倣し、そのことによって言語は疎外を表現する」。つまり、言語を使って表現するためには、社会がその言語に課した概念の枠組みで思考を組み立て、感情を形作らねば成らないのですが、偉大な詩人は、そして偉大な叙事詩作者はそれを呪縛と感じながらその呪縛を模倣し、自らつむぎ出していかざるを得ないゆえに、その「凍結された葛藤」はざわめきという「言葉」であらわれるというのです。

 

なお、『三つのヘーゲル研究』(ちくま学芸文庫)でアドルノは、「ヘーゲルの哲学はざわざわとざわめいている」と言って、彼の好きなルドルフ・ボルヒャルトの詩の一節「ただざわめいているだけでいいんだよ」を引用していますが、その訳注に訳されている『休止』という詩は次のようなものです。

「深い記憶の蔭に時が癒着している。昔の道はひと気がなく広かったが、今は人間でごったがえしている。/ああ、ぼくの心の奥底に今も聞こえる木の葉のざわめきよ。お前は、ぼくが好きだったあの音を今ももっているだろうか。ちっともぼくの邪魔にならなかった音調は、今もお前のなかにあるだろうか?/ただザワザワとざわめいているだけでいいんだよ。はっきりした音をお前から聞きたいなんて、思っていないのさ。耳を澄ましたりすれば、きっとお前も痛いだろうから。」(渡辺祐邦訳)

 

さて、アドルノは「抒情詩と社会」で、叙情詩が社会と調子を合わせず、何一つ伝達しないという表現を貫徹することで、そのもっとも内奥で社会と媒介し、社会をあぶりだすと書いています。『文学ノート1』には、他に、晩年のルカーチについて書いた「無理強いされた和解」、アドルノの偏愛を示すベケット論、ヴァレリ-論、プルースト論などがありますが、さすがに疲れてきました。なお、『文学ノート2』には、カール・クラウス、ジークフリート・クラカウワー、ルドルフ・ボルヒャルトなどを論じた文の他に、後期ヘルダーリンについて書かれた問題の論文「パラタクシス」も収められています。

 

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