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2009年6月13日 (土)

パリ再訪(5)ルーヴル、オペラ座のバレエ

5月2日(土)

 朝起きると寝汗をかいています。しかも頭が重く、起き上がると軽く目まいがしました。下痢の後は体全体がおかしくなるので、それと連日の疲労が重なって、かなり体力的に消耗しているのは間違いがありません。妻が仕事のメールをチェックしている間、顔も洗わずに横になっていました。少し落ち着いたところで、朝食をとりに食堂に降りました。いつもはコーヒーを飲むのですが、今朝は紅茶を頼みました。幼い頃のことですが、歯痛や頭痛やお腹が痛かった時など、母に背負われて家の外をしばらく歩くと、不思議なことにコロッと治ってしまうのです。大きくなってからは、具合の悪い時に、紅茶を飲むとなぜか急激に気持ちが納まってくるようになりました。食堂で紅茶を飲みながら、好物の杏のジャムをクロワッサンにつけて食べると、幼年期以来の私の体のあらゆる防衛機構が動き出したように、いつもの朝の気力が蘇ってくるように感じました。

 

 今日はルーヴル美術館の後、オペラ座にバレエを見に行く予定でしたが、その前に土曜日に市を出すモベール・ミューチュアリティの朝市を見ておくことにしました。メトロのモベール・ミューチュアリティの駅までは歩いてすぐです。昨日コンサートを聴きに行ったサン・ジュリアン・ル・ポーヴル教会の横の道からダンテ通りを横切ると、すぐにモベールの市が立っていました。この辺りはパリでももっとも古い街路の残っている地区で、かつてこの地区に住んでいたと思われるダンテも、おそらくサン・ジュリアン・ル・ポーヴル教会を訪ね、モベールの朝市でリンゴやパンを買って歩きながら齧っていたことでしょう。

 妻は、朝市でロースト・チキンを買ってホテルに置いておこうとしたのですが、残念ながら鶏肉の出店はありませんでした。市場としても規模が小さく、あっという間に見終わってしまいましたが、市場の前の鶏肉屋でおいしそうなロースト・チキンを焼いているのをみつけました。ルーヴルを見終わった後、買って帰ろうと考えながらモンジュ通りをカーディナル・ルモワールに向けて歩いていくと、右側にパン屋のカイザーの本店があります。落ち着いた小さな店ですが、パンを買う人の行列ができています。店頭の両側に物乞いの人が座っています。今回のパリ旅行で気づいたことは、ほとんどの物乞いの人が犬を連れているということでした。中には犬といっしょに寝ている物乞いもいて、その犬の可愛らしさがまた哀れを誘います。

 カイザー本店の向かいには、サン・二コラ・デュ・シャルドネ教会の古い尖塔がそびえています。よく知られた教会ですが、もう時間がなくなっていたので、大急ぎで堂内を見ることにしました。入口には、ミニスカート、タンクトップ、半ズボンでの入場お断りの張り紙が。私はパリ旅行ではいつも着古したスーツを着ていくことにしています。教会やオペラやレストランに入るのに便利ですし、古いスーツなら古本屋で本を漁って汚してもベンチでアイス・クリームをこぼしても気になりません。ところで、若い頃、都心の高層ホテルでアルバイトをしていたことがあるのですが、その時アメリカでホテル実務を勉強してきた女性の主任にこんなことを教えられました。あなたがたは、ホテルに滞在する外国人が擦り切れた下着やパジャマを持って来ているのを見て軽蔑するかも知れない、しかし、彼らは合理的なので、古い下着やパジャマを持ってきて、帰るときにはそれを捨てていき、トランクの空いたスペースに土産を入れて帰るのだ、と。私も古い服は捨てて帰りたいといつも思うのですが、貧乏性か、いつも全部持って帰ってしまいます。

 

 いよいよルーヴルへ。今回は、エジプト、ギリシア美術を見る予定でした。ところが、カルーゼルのギャラリーからルーヴルへ入ろうとしたところ、とんでもない行列が。セキュリティ・チェックのためですが、何とかそこを通過しても、今度はチケットを買う行列です。何という人の多さ、しかし無理もありません、パリを訪れる観光客のほとんどがルーヴルを訪れるのですから。

 やっと入れたのですが、私はそこでもう疲れて椅子に座って休んでいました。汗がふき出てきて、持参したミネラルウォーターの瓶はもう空っぽです。やはり、体調がおもわしくなく、ホテルに帰って休みたくなるほどでした。妻は、あらかじめ、ルーヴルの見取り図と見るべき部屋をコピーして持参していたので、私はただ妻の後について歩くことにしました。それにしても、ルーヴルは広すぎて、歩く距離が半端ではありません。私たちは、半地下の中世のルーヴルの遺跡から始めて、シュリー翼1階と2階のエジプト美術を見ていきました。私は、ルーヴルは何度来ても完全に迷うのですが、妻は実にその構造を理解していて、的確に案内してくれます。

 

 ある展示室に入った瞬間に共感の混じった快い感じを抱くことが誰にでもあるでしょう。ルーヴルのエジプト室もそのように私を迎えてくれました。ここに造形された王や王妃や人々の像は、あらゆる時代、地域を通じてもっとも美しいように私には思えます。しかも、それらは信じられないほど古いのです(5000年前のものさえあります)。エジプト人が動物を崇め、神の顔を動物で象ったことはギリシア人を深く驚かせました。しかし、これは何の不思議でもありません。古代エジプト人は、悪しき人間中心主義に陥ることなく、身の回りの多様な世界に神を見たのです。ハゲタカの凛々しさ、猫の気品ある敏捷さ、河馬の豊饒な多産さ、切り取ってもまた生えてくるトカゲの再生力、彼らはこのようなものに神を見たのです。スフィンクスの謎めいた永遠の魅力はその動物の下半身にあるのです。

 すばらしい装飾品の数々を見ていくと、これらのほとんどが墓跡で発見されたことを忘れるのですが、墓と死の世界は古代エジプト人には日常そのものでした。おそらく、ナイル川の年毎の氾濫、太陽と月の規則的な変化という無限に続く自然の営みが、人間もまた死を超えて再生しうるという観念をもたらしたのでしょう。死後の世界をつきつめていく志向は、また生身の生の中への死の際限ない侵食をもたらします。彼らの相貌がみな「永遠の相のもとに見られた」感じを与えるのはそのためでしょう。

 

 つぎに同じシュリー翼のクラシック・ギリシアの展示室へ。彫刻のすばらしいことはもちろんですが、エジプト美術を見た後では、ミロのヴィーナスさえやや見劣りするようです。じっくり見たのは、ギリシア陶器のすばらしいコレクションです。ほんの小さな盃、大きな盃、さまざまな形、そこに描かれる動的で劇的な図柄は見ていてまったく飽きません。そして、最後に、葬祭用の白地レキュトスを含む大小の壺がずらりと並ぶ部屋では、遠いアッティカの人々の暮らしを想像してみることもできました。「一つでいいから欲しいんだが」というと妻は呆れた顔をしています。

 

 体は、もう限界を越えていたので、すぐにメトロでモベール・ミューチュアリティに戻りました。鶏肉屋に行くと、もうロースト・チキンは売り切れていたので、骨付きのローストを二つ買いました。それから、カイザー本店に寄りましたが、ここもほとんど売り切れています。サンドイッチとパン・オ・ショコラを買ってホテルに戻りました。私は、食事を終えると、汗でぐっしょり濡れた下着を取り替えてベッドで眠ることにしました。その間、妻がホテルの近くで買物に行ってくるというので、簡単な地図を描いて渡しました。サン・ミッシェル大通りとサン・ジャック通り、スーパーのフランプリなどの場所を教えて、「ホテルの場所がわからなくなったら、ノートルダム大聖堂の鐘楼に向って歩いてくるんだよ」と言いました。

 

 一眠りしてみると、妻はもう帰っていました。夕方からのオペラ座のバレエへの準備をしなければなりませんが、疲労感が抜けず、なかなかベッドから起き上がれません。妻は「私一人で行ってくるから、ホテルで休んでいたら」と言ってくれますが、終演が夜遅くになるので、帰りが心配です。シャワーを浴びて、身支度を整えると次第に気持ちがしっかりしてきました。ところで、この部屋はバスが付いていず、シャワーだけ(une chambre avec douche)ですが、これは少し後悔しました。ホテルの場所を優先させたので、できるだけ安い部屋にしたのですが、旅行中の疲れはやはり湯船につからないととれません。それに、このシャワーはかなり高い位置にあって、取り外し不可能、下肢のほうまで湯があたりません。また、お湯が出るまで時間がかかり、湯量の調節つまみも実にいい加減です。

 

 さて、開演30分前にオペラ・ガルニエに到着しました。ここでの観劇は二度目ですが、以前は10ユーロの右端のかなり上の席でした。今度は16ユーロ(2000円)のamphitheatre(階段桟敷)という席で、正面の何と一番上です。その席まで上ってみると、横浜球場のアルプススタンドを思わせる高さで、もし前のめりになって椅子から滑ったら、そのまま弾んでバルコニーを越え、一階の観客席の上に落ちてしまいそうです。それを防ぐためか、椅子の座る面はv字型に傾斜しており、さらにひどく浅いので、まともに座るのは普通の大人では無理です。また、足元の余裕もまったく無く、奥に座った人が出るためには列の皆が立たねばなりません。ただし、眺望はすばらしく、オペラグラスがあれば演者の顔の表情もはっきりわかります。

 私たちが席に着いたときは誰もいなかったのに、開演時間になると満席となっています(遅れてくる人もたくさんいます)。席がいっぱいになってくると、前の席の観客の背中と私の足が当たらないようにするのが難しく、絶えず体を入れかえていなければなりません。

 ところで、肝心の演目はというと、これがまったく馴染みのない現代バレエで、三つの独立した舞台から成っています。最初がHark!というバレエで、ただ集団が踊っているだけのもの、二番目がWhite Darknessという題で、どうも麻薬中毒の人間の幻想を描いたらしいもの、最後がceci est mon corpsというもので、解説によるとマルコ福音書からインスパイアーされたもののようです。ダンサーの完璧に近い体、基本が叩き込まれた無駄のない動き、優雅で先鋭な身のこなし、、、などはすばらしいと思えるものの、踊りの意味がまるでわからないのですぐに退屈してきました。ところが、一つの踊りが終わるごとに場内はたいへんな拍手、私の前に座っていた三人連れの若い女性などはダンサーの名前を熟知していて賞賛の言葉を交わしています。まわりの観客もよくバレエを知っている人が多いらしく、ダンサーが紹介されるごとに熱狂的な拍手が鳴ります。「ぼくにはまったくわからないのだが」と私は妻に言いました。「このような難しい踊りを味わい、かつ楽しむことのできる文化的素養というのはぼくらが思っている以上に深いのかも知れないね」。クラシック・バレエの好きな妻でもこの現代バレエは理解不能で途中で退屈したということでした。

 

 もう夜遅いのに、オペラ・ガルニエの外に出ると薄暮のように明るさが残っています。私たちは、クリュニュー・ソルボンヌまで地下鉄で帰り、まだ開いている食料品店を見つけてぺリエやお菓子を買い込んでホテルに帰りました。私の気分はかなりよくなってきています。


Neko

ルーヴルのエジプト展示室に飾られた猫の像。猫は友人であると同時に崇拝の対象でもありました。猫の額の上に付けられた青いスカラベは彼らが神であることを表しています。

Opera

オペラ・ガルニエでの休憩時間。妻が立っているところは三階の階段横のバルコニー。

 

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