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2009年6月21日 (日)

パリ再訪(7)カルチェ・ラタン

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 帰国前日の今日は予備日として何の予定も入っていませんでした。適当に散策することにして、まず、セーヌ川をはさんですぐ向かいのオテル・ドゥ・ヴィル(パリ市庁舎)で催されているプチ・二コラ展へ行ってみることにしました。この市庁舎はなかなか立派な建物です。入口に、屈強な黒人のガードマンがいて、入場制限をしているので待て、といわれました。どうも冗談の通じるような相手でないので、向かい合ったまま黙って外の舗道で立っていました。さて、入ってみると、子供ばっかり、どうやらクラス全部で見学に来たようです。展示会場の奥に大きなテーブルがあって、そこに色鉛筆、ソフトペン、画用紙などが置いてあって、誰でも勝手に絵が描けるようになっています。もちろん、子供たちはプチ・二コラの絵を描いているのですが、それが何とも面白い。私も描いてみましたが、やはりどうもうまく描けません。片隅に作者ルネ・ゴシニの使ったタイプライターとぼろぼろになったラルースの辞書が置かれていました。ル・プチ・ニコラはルネ・ゴシニと作画担当のジャン=ジャック・サンペとのまさに奇跡的なコラボレーションによって成り立った傑作シリーズで、フランス語学習の初期には誰でも読んだことがあるでしょう。

 

 オテル・ド・ヴィルを出てから真向かいのB.H.B(ベー・アッシュ・ベー)という百貨店へ。東急ハンズをややお洒落にしたようなデパートでそれほどの新味はありません。その後、マレ地区までぶらぶら歩き、フランス歴史博物館(ズービーズ館)へ。3ユーロ払って見学したものの、退屈してすぐ出てきました。それから歩いてサン・ジャック塔(これも大したことはありません)を見て、サン・ミッシェル橋を渡って、再びホテルの近くまで帰ってきました。橋のたもとにあった楽譜屋をのぞいてみましたが、昼食休憩ということで閉めだされ、サン・ミッシェル広場横のジベール・ジュンヌのエゾテリスム専門書店へ向いました。若い頃、この本屋でルネ・ゲノンの『ダンテのエゾテリスム』を買ったのですが、その頃は入ってすぐ右側にゲノンの著作が他を圧するようにずらり並んでいました。ところが、今はゲノンの本は奥の狭く暗い通路に数冊あるだけで(隣にエリアーデが数冊)、大半は怪しげなオカルト本です。おまけに仏像が飾ってあったり、お経のような音楽が流れていたり、香が焚かれていたりで、いたたまれなくなってすぐ出てきました。 

 

 ホテルには寄らず、お腹が空いたので、オデオンの四辻(Carrefour de l’Odeon)に食事に行きました。ここはいつも活気があって、人通りが絶えません。この四辻に立つと、オデオン通り7番地にあったアドリエンヌ・モニエの有名な貸本屋「本の友の家」のことを思い出します。20世紀初頭、そこはパリの、いやパリ以外のどこにもありそうもない、文学的出会いの場でした。ヴァレリー、ジッド、パウンド、ジョイス、ヘミングウェイ、ヴァレリー・ラルボー、ベンヤミン等々がオデオン通りのモニエの店を訪れたのです。その頃、ベンヤミンはカルチェ・ラタンやサン・ジェルマン・デ・プレのホテルを渡り歩きながら、乏しい原稿料に頼る不安定な生活をしていました。彼は、モニエへの最後の手紙の中で、「私たちが出会い、話したあのオデオンの四辻ばかりでなく、私たちの中の思い出の四辻の一つ一つで」あなたを思い出すだろう、と書いています。

 さて、オデオン通りの入口にあるカフェ、レ・ゼデゥトュールへ。「出版社」という名の通り、店内の四隅にはずらりと書棚が並んでいます。非常に繁盛する店で、昼時ということもあり、インテリっぽい男性女性でいっぱいです。若いギャルソンが忙しそうに動き回り、ひっきりなしの会話、食器の音、それらが反響して、書棚の書物をゆっくり検分する雰囲気ではありません。私たちははサラダとパンとデザートを食べ、食後に私はたくさん置かれた新聞棚からフィガロ紙ををとって読み始めました。パリの新聞はいろいろ読んでみましたが、フィガロ紙が私にはいちばん読みやすく簡明で頭に入るようです。

 

 オデオンからサン・ジェルマン大通りを東に向って進み、サン・ミッシェル大通り、サン・ジャック通りを過ぎました。この辺は古本屋が多く、私はカーディナル・ルモワーヌの古書店でバーゲン本を見てみました。フランス語の古書は、妻に頼むと、すぐアマゾンなどで安いのを探して注文してくれるので、パリでわざわざ高いのを買う気になれません。店頭の箱から、マルセル・シュオッブ『モネルの書』(3ユーロ)、サント・ブーヴ『婦人たちの肖像』(5ユーロ)を見つけ出しましたが、ペーパーバックでビニールにしっかり包まれているので中身が確認できず買うのを諦めました(サント・ブーヴの本は後で後悔しました)。そこからメトロのジュシーまで歩くと、駅の近くの古書店で「エゾテリスム本80%OFF」の張り紙が。ところが店内に入ってみると、低俗なオカルト本ばかりです。今やパリではエゾテリスム(秘教主義)というと、この手の本ばかりなのでしょうか。

 帰り道、カーディナル・ルモワーヌの交差点際のカフェでエスプレッソを飲みました。オデオン、クリュニュー、モベール・ミューチュアリティ、カーディナル・ルモワーヌと、つまり6区のサン・ジェルマン・デ・プレから5区のカルチェ・ラタンに至る地域はもっともパリらしい、私の気に入りの地域です。ここには本屋とおもちゃ屋がたくさんあります。モベールの近くで、チェス用具専門店を見つけました。入ってみると、店内はチェス・セットが天井まで並べられています。これほどたくさんのチェス盤と駒を見たのは初めてでした。長らくチェス・セットを買いたがっていた妻は熱心に物色していましたが、やはり高く、ミニチュアサイズのものでも20ユーロ以上します。

 

 まだ夕方の時間でしたが、私が疲れたので、サンドイッチを買ってホテルに帰りました。昨日の強行軍の疲れが出たのか貧血気味で、シャワーを浴び、下着を変えてベッドに入りました。昨日と打って変わって元気な妻は、一人で夕食を買いに外出しました。目が覚めると、妻がテレビでなにやら恋愛映画を見ています。ベッドの上に、パンやヨーグルト、チーズ、イチゴなどを広げてテレビを見ながらゆっくり食べました。今回見たテレビ番組では、「クイズ・ミリオネア」がいちばん面白かったようです。形式はほとんど日本のものと同じですが、司会の男性が秀逸です。
明日はいよいよ帰国、体調を調えねばならず、夜は外出せずにそのまま寝てしまいました。

Pnicola

ル・プチ・二コラ展の入口。実写版の映画も会場で上映されていましたが、ぜんぜん面白くありません。やはり、サンペの画なしではプチ・二コラといえないのです。

Monge

カーディナル・ルモワーヌの交差点際のカフェからモンジュ通りを見渡す。有名なカフェよりも街角の平凡なカフェにすわってぼんやりするのが最上です。森有正によると、この辺りは、ユイスマンスが繰り返し描いている地域だとのこと。

 

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