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2009年6月20日 (土)

パリ再訪(6)クリュニュー、ギメ、バスチーユのオペラ、ポンピドゥー

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 今日は第一日曜日、主だった美術館はほとんど入場無料となる日です。まずホテルのすぐそばにあるクリュニュー中世美術館へ。ここは妻がもっとも気に入っている美術館です。午前十時、私たちが一番乗りで、古い木製の扉を開けて美術館に入りました。受付の係員はもったいぶった態度で、今日が第一日曜で、それゆえに入場料は免除されると話して、チケットを切ってくれました。しかし、無料であるにもかかわらず、見学の人はごくわずかです。私たちは、まず、入口横のグッズを売るショップに入りました。いろいろ買いたいものはありましたが、私は妻に「一角獣と貴婦人」のタペストリーをあしらった蓋付きコーヒーカップ(9ユーロ)を買ってあげました。妻は、なぜか、「猫の歴史」なる本を買っています。

 もはや、馴染みになった部屋から部屋へ巡り歩いて、最後に例の一角獣のタペストリーをじっくり鑑賞しました。「こういう美術館が、家のすぐ近くにあればいいのに」と妻は言いますが、パリの面白いところは、このような古色蒼然とした中世の建物と中世の宝物が、サン・ミッシェル界隈の雑踏のすぐ傍らにあって、しかも少しも超然としていず、日常の生活の中に完全に溶け込んで息づいていることでしょう。

 

 メトロで16区、パレ・ド・トーキョーの近くのイエナ駅へ。地上に出て、すぐ前にあるのが特徴ある丸い建物のギメ東洋美術館です。ここを訪れるのも妻のかねてからの希望でした。クリュニューと比べて、内装はたいへん新しくて明るい。アジアの、地味で重い宝物・図画・骨董の展示ながら、全館を流れる雰囲気は軽さと親しみやすさです。まさにフランス的であり、その館の大きさ、展示物の量も私の好みにぴったり適合しました。

 まず、インド美術。ひきしまった体、豊満な胸、誘惑に満ちたポーズに私も妻も圧倒されました。紀元1世紀から17世紀あたりまでのヒンドゥーの神々の魅惑的な像、色鮮やかな絵画もあります。すべてを貫いているのは深い宗教性で、この中では仏陀の禁欲的な像もやや偽善的にさえ思えてきます。

 カンボジア、タイ、ビルマなどのこれまた興味深い像をみながら、いよいよ中国美術の展示室に入ります。紀元前5世紀から20世紀の清王朝まで、時代のスパンの長さもさることながら、北の匈奴から南の長江流域に至る広範な工芸美術の数々は他に類を見ません。私が嘆賞したのはすばらしい中国陶器の数々です。日本の陶器に比べ、ダイナミックで華麗、しかも瀟洒、小粋な小物の陶器、磁器、漆器も見ていて飽きません。私は脇村義太郎の『趣味の価値』(岩波新書)に書かれているロックフェラー二世のことを思い出しました。ロックフェラー二世は、金融業の故モルガン一世の蒐集品が売りに出されたとき、その中の中国古陶器のコレクションにすっかり魅了されました。しかし、100万ドルという金がどうにも工面できず、思い余って、父親のロックフェラー一世に手紙を書きました。自分は、ヨットや競馬や車のような道楽には興味がない、しかし、この中国古陶器のコレクションはどうしても欲しいから100万ドル貸してくれないか、と。すると、ロックフェラー一世の返事が来て、中国の壷なんかを買うために100万ドルも貸してはやれない、しかしお前がそんなに欲しいなら私が買っておまえに贈ってやろう、と。こうして、一代の蒐集家ロックフェラー二世のコレクションが始まったのです。「ひとつでいいから欲しいんだが、、、」とまた私が願望をつぶやくと、妻はもはや相手にしてくれません。

最後に日本の展示室へ。妻が、日本の煙草箱や印籠を見ていると、白人の男性が香木入れのようなものを指して、「これは何でできているのか」と英語で尋ねてきました。妻が私に答えを聞いてきたので、適当に「木だよ」と答えると、男性は「やっぱり」といった顔でうなずきました。妻は自分が日本人と思われたことにうれしいようです(パリではいつも中国人に間違われるので)。

 

ギメ東洋美術館を出ると、爽やかな五月の風が吹いています。日曜なので人通りがなく、イエナのあたりはたいへん静かです。エッフェル塔がすぐ近くに見え、歩けばほどなく凱旋門にぶつかりそうです。しかし、ぶらぶらしている暇はなく、2時半からのバスチーユでのオペラに行かねばなりません。メトロを乗り継いでバスチーユへ。観劇前に昼食を済ませようと、バスチーユ広場前のカフェをいくつか見て歩きました。ボーマルシュ大通りに入ってすぐ右にあったLe Genieという小さな店を見つけました。夜はバーになるらしく、すでに昼からビールを飲んでいる人もいます。前掛けをした初老の男性二人がカウンターの近くにいて、お客はほとんどここの常連のようです。私たちは、鉄板で焼いた大きなピザトーストのようなものとレンズ豆とオリーブのサラダを食べました。いかにもパリらしい標準以上のおいしさです。これと500mlのワインで20ユーロとは安いものです。

 

オペラ・バスチーユに入るのは初めてです。ここは1990年に開業した新オペラ座で、ガラス張りの丸い現代的な建物です。席は一階の真ん中の一番後ろで50ユーロ(6500円)の席、椅子はゆったりしていて、オペラ・ガルニエとは大違い。やや遠いが、非常に見やすい席でした。私の左隣りに挙動不審の背の高い白人男性が座りました。開演すると、別に面白くないところで笑ったり、突然根拠なく拍手したりします。向う隣りの女性に厳しく注意されると、しばらく頭を抱えてしょんぼりしていましたが、すぐに回復してまた熱心に観はじめました。幕間の休憩時間に、気が付くと、オペラ座の無料の絵葉書を全種類もらって楽しそうに一枚一枚見ています。私もまったく同じに全種類の絵葉書をもらって見ていたので、この男性に何か親近感を覚えました。「あの人は自閉症かも知れないけれど」と後で私は妻に言いました。「オペラが好きで、いつも一人で見に来ているんだろう。いかにもパリらしくて羨ましいじゃないか」

さて、肝心の舞台は、ヴェルディ中期の傑作『仮面舞踏会』です。私は、すでにDVDで見てあらすじを熟知していたので、舞台上の電光掲示板に出るフランス語訳をあまり気にせずにすみました。なかなかの熱演で、クライマックスの仮面舞踏会の場面は非常に盛り上がりました。劇場は音響も雰囲気も申し分なく、オペラ・ガルニエよりも好感が持てるようです。私と妻は、幕間にロビーで3ユーロのエスプレッソを飲みましたが、サービスの男性従業員はそろって水際立った美青年です。

観劇が終わって、妻がトイレで行列しているのを玄関のロビーで待っていると、向かいのソファーに老人がすわっています。しきりと二階に続く階段のほうを気にしているのはトイレに行っている奥さんを待っていたのでしょう。やがて、老婦人が階段を降りてきて、二人寄り添いながらオペラ座の外に出て行きました。パリでオペラを見ると、幸せそうな老夫婦の姿を多く目にします。いや夫婦ばかりでなく、レストランやカフェで一人でゆっくりと食事している幸せそうな老人の姿も目立ちます。トイレから戻ってきた妻にコートを渡すと、周りにはもう係員の姿しか見えません。何と最後の客となって、私たちの後ろでゆっくりオペラ・バスチーユの扉が閉じて行きました。

 

まだ6時過ぎなので、メトロ1番線でLes Hallesへ。1番線は観光路線といわれ、バスチーユ、レ・アル、ルーヴル,シャンゼリゼ、凱旋門など右岸の観光スポットを巡っていきます。ストになってもこの路線が止まることはめったになく、いつも混んでいて、車両は軽快な最新型の自動ドアです。しかし、私は、6番線や10番線の車両のようなゴムのタイヤが露出された古い緑色の車両がたまらなく好きで、それに乗ると、パリに来たことを実感するのです。

 さて、レ・アルにあるポンピドゥーセンターの中の国立近代美術館は20世紀の現代絵画を中心に展示していて、実は妻も私も訪れるのは初めてでした。入場料無料の日だからでしょうか、透明のチューブでできたエスカレーターには行列ができています。そこに並ぼうかと思っていると、向こう側に教会の尖塔が見えます。サン・トゥスタッシュ教会に違いなく、51日に忘れた帽子を取り戻しに行くよい機会だと思って、明るいうちに行ってみることにしました。ところが、近くにくると、もう重い鉄の扉は閉ざされています。妻が、確か入口はこっちだったというので裏のほうへ回ると、どうもサン・トゥスタッシュ教会にしては古すぎます。上を見上げると、細い路地に突き出た黒く古色を帯びた恐ろしいガーゴイルたちが見えます。はっと気づいて鞄の中からミシュランの地図を取り出して確かめると、やはり、サン・トゥスタッシュではなく、サン・メリー教会でした。パリでもっとも古い鐘楼を持つ教会、また古式に則った祭式を今でも残している教会でもあります。それにしてもこの教会はすべてが焼け爛れたように古い。昔、ここは娼婦たちが出没する路地が集まっていました。今でも、暗くじめじめした路地は残っています。雨が降ると、道に突き出たガーゴイルの口から雨水がシャワーのように道に降り注ぎ、悪人の盗人の罪あるすべての人々の頭に降り注ぎ汚れた身と心を清めるのです(この教会についてはユイスマンスが詳しく書いています)。ところで、このサン・メリー教会やホテルの近くのサン・セヴラン教会やサン・二コラ・デュ・シャルドネ教会のような古い教会には常に心を揺さぶられる何かがあります。反対に、サン・タントワーヌ聖堂やマドレーヌ寺院やサクレ・クール寺院など、19世紀以降にできた教会には何かこけおどしに似た空虚さがつきまとうのです。

 

 いよいよポンピドゥーの近代美術館の中へ。この美術館はポンピドゥー・センターの4階と5階を占めています。まず、ほとんどの現代絵画が展示されている5階へ上りました。しかし、何という人の多さでしょう。大半は若い人々で、今度の滞在ではあまり見かけなかった日本人も多く見られます。マチス、ボナール、モンドリアン、ピカソ、ダリといった有名な画家の絵を見てまわります。ルオーの「秋」を描いた一連の画には妻も私も感嘆しました。すべての絵が、まわりを枠どるように幼稚な模様で飾られているのです。私自身はマチスに少し驚きましたが、見てまわるうちに妻の具合が悪くなって、ベンチで休んでいました。後で聞くと、シュルレアリスムの作品を見ているうちに気分が悪くなったということでした。確かに、クリュニューやギメの美術品が好きな彼女にとってはエルンストやマグリットは我慢ならなかったのでしょう。妻がベンチにすわっている間、私は妻が唯一見たいといっていたフランシス・ベーコンの絵を探しにいきました。ところが5階中のどこを探してもなく、係員に聞いてもわからないということです。それでは4階にあるだろうと妻と4階に下りてみましたが、ここは写真が主で、絵画は端のほうにあるだけでした。その端の部分にもなく、あきらめてエスカレーターで降りて帰ろうとしたとき、私の視界の端になにやら大きなおぞましい絵が入ってきました。しかし、そこは階段の裏側で、誰も通らないところです。半信半疑でそばに行ってみると、確かにそれはベーコンの絵画でした。画題や作者名を示す一枚のプレートも貼られていません。「何でこんなところに、、、」と私たちは唖然としてその絵を見つめました。

 

 もう夜の九時近くですが、まだ十分明るいのには驚きます。セーヌ川を渡るとすぐにホテルなので歩いて帰ることにしました。サン・メリー教会の近くに、日曜でも開けているスーパーがあったので、ワインとケーキを買いました。妻はまだ食欲が出てこないようです。オテル・ド・ヴィル(市庁舎)の前を通ってアルコール橋をシテ島に渡ります。すると左側にノートルダム大聖堂が見えてきました。薄暮になりかかっていますが、まだ観光客の姿がちらほらしています。ドゥーブル橋を渡って、シテ島から左岸へ行く時、橋の下をおそらく今日最後の遊覧船がゆっくり通り過ぎていきました。観光客はそれでも20名ほど、みな陽気で、私たちに手を振っています。セーヌ川のたもとでは、居酒屋の舟が赤い提灯をつけて夜の商売の準備に余念がありません。

Cluny

福音書によると、イエスは子供のロバにのってエルサレムに入城しました。この可愛らしい像では、イエスよりも凛々しいロバのほうに作者の愛情がこめられているようです。(クリュニュー中世美術館にて)

F_bacon   

一つだけあったフランシス・ベーコンの絵。なぜかプレートは貼られていません。

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