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2009年5月30日 (土)

パリ再訪(3)ランス

430日(木)

 朝早く起きて、食堂に一番乗りしました。エレベーターは直ったのですが、旧式で狭く、扉を開けて乗り込むと、大人が二人やっと入れる窮屈さです。昨日は、下痢で体力を消耗したので、食堂に積んであったバナナやオレンジを食べてビタミンを補給しました。

 サン・ミッシェル駅からメトロ4番線で行くと、東駅(Gare de l’Est)までは、あっという間です。857分発のランス(Reims)行きTGVは、まだ入線もしていません。別にランスに用事があるわけではなく、フランス三大聖堂の所在地であるアミアンかシャルトルかランスのどれかに行こうと思っていたら、妻がTGVに乗りたいというので、TGVの走っているランスにしたのです。切符はあらかじめSNCF(フランス国鉄)のサイトで一番安い(出発日、時間で運賃が変わります)ものを買いました。二等で片道一人12ユーロ(1500円)です。出発20分前になって、やっと電光掲示板に私たちの乗る列車が表示されました。27番ホームというので、駅の端まで歩きました。二等は列車の先頭なので、さらにホームの先っぽまでひたすら歩きます。二等車の中は、非常に明るく軽快で、マクドナルドの店内を連想させました。しかし、乗り心地は悪くなく、長時間でなければ快適に過ごせそうです。出発直前に、男二人と女一人の機関銃装備の警備隊が乗り込んできて、私たちの前のボックスに陣取りました。「あの人たちがいると安心ね」と妻は言いますが、私は目が合うたびにテロリストに間違われているのかと思って落ち着きません。

 

 パリ郊外の住宅地が窓外に去ると、フランス特有の農村風景が広がります。なだらかな小麦畑が続き、山はまったく見えません。ノンストップ、一時間足らずでランス駅へ到着しました。ランス駅は、日本の地方都市の駅とよく似た感じで、駅前はまったく何もありません。しばらく歩いても、朝早いからか、人気はなく、ただカフェの店員が通りに椅子を並べているのが見えるだけです。旅行案内所で地図をもらって、たぶんこっちの方角だろうと適当に歩いていくと、いきなりランスの大聖堂(Cathedral Notre-Dame)が姿を現しました。

 私たちは二人とも、まさに息をのんで大聖堂を見上げました。まるで異世界から舞い降りたように、巨大であって繊細、古色を帯びながら輝いています。妻もしばらくの間ぼう然として見つめています。それから双眼鏡を出して、これまた見事な彫刻群を一つ一つ嘆賞していきました。有名な諸王のギャラリーや今やle sourire de L’Europeとして統一ヨーロッパのシンボルの一つともなっている微笑の天使の像もあります。パリのノートルダムが建築とすれば、ランスの大聖堂は彫刻ともいってよいでしょう。恐ろしいガーゴイル、それを踏みつける諸聖人、牛や猪などの動物の像もあります。

 内陣に入ってみましょう。エミール・マールが言うように、大聖堂は人々にとって聖書そのものです。きらびやかなステンドグラスが語りかけるものは幼い時に両親から聞いた旧約の物語、そしてマリアやイエスのお話です。高い天蓋、オルガンの厳かな調べ、燭台の上の蝋燭、ここに差し込んでくる光はどこか別世界から降りてくるような色合いを持っています。内陣を奥に進んでいくと、剣を垂直に持ったジャンヌ・ダルクの像があります。彼女は苦難を克服して、ここランスでシャルル七世の戴冠を実現したのです。真ん中の奥には、シャガールのステンドグラスが異彩を放っています。妻はこれをたいへん気に入って、堂内の土産物屋で、ステンドグラスの絵葉書を買っていました。

 

 大聖堂を見ただけで疲れてしまいました。お腹がすいたので、とりあえず昼食をとることにしましたが、レストランが林立していて、どこにするか迷います。あれこれ見て、一番安い日替わり定食(Plat du Jour)の店にしましたが、何と定食は牛のレバーで、これは妻の苦手なメニューです。店頭の黒板で読んでいたのですが、あれこれ店を物色しているうちに勘違いしてしまったようです。二人とも、相手に頼って、しっかり考えないからで、こんな旅行初心者のする間違いをしてしまって、お互いにショックでした。もうパリに帰りたくなりましたが、まだ帰りの列車にはかなり時間があります。一キロほど離れた世界遺産のサン・レミ大聖堂に行くことにして、午後の熱い陽射しの中を歩き始めました。中心部を離れるにつれて、フランス地方都市のけだるさが漂います。眠そうな静けさ。歩いている人は誰もいません。車さえ走っていません。古い街並みもありますが、パリと違って、一日で退屈しそうな風景です。やはり、パリの活き活きした街頭、歴史と新しさ、知的であり軽薄であり、何もかもが混在している街が私たちは好きなんだろうと思いました。

 サン・レミ大聖堂(Basilique Saint-Remi)は、すばらしく大きな聖堂で、フランスで最も古いステンドグラスもあります。しかし、ランスの大聖堂を堪能した後では、気の抜けたシャンパンを飲んだようで感激がありません。そういえば、ランスといえば「大聖堂とシャンパンの町」といわれるようにたくさんのカーブがありますが、私がお腹をこわしてアルコールを控えているので、カーブの見学はしませんでした。ワインの試飲はいつもひどく酔っ払うのです。

 

 また、とぼとぼとランスの中心街まで戻ってきました。どうやって時間をつぶそうかと案内所でもらった地図を見ていると、大聖堂の近くに、ヴェルグ―ル館(Hotel le Vergeur)という博物館らしきものがあるようです。行ってみると、かなり古そうな大きな館で、入り口は何の変哲もない鉄の扉です。入ろうかどうか迷っていると、昼食休憩から戻ってきた女性の館員が、「どうぞどうぞ」と扉を開けて入れてくれました。入ってみると、すぐ受付で、入館料はガイド・ツアー付で4ユーロということでした。私がお金を払うと、先ほど扉を開けてくれた若い館員が、ピチッと直立して、「これからガイド・ツアーをはじめます」と宣言しました。後ろを振り向いても誰もいません。ツアーは私たち二人だけのようで、まず、古い建物に囲まれた中庭に案内されました。

 最初に、フランス語と英語のどちらで話せばよいかと尋ねられたので、妻は、「メランジェ(両方混ぜて)で」などと答えています。「オーケー」と館員は答えたものの、英語はそれだけで、あとは最初から最後までフランス語の解説が続きました。さて、中庭はそんなに広くないのですが、古色を帯びた建物と、木々と、壊された防壁が残っています。まず、建物の柱の説明から入りました。コリント式やイオニア式などの柱頭の様式は、旅行前にあらかじめ勉強してきたので、下から上へと変化していくセオリーはよくわかりました。ただ、ルーブル宮のようにセオリー通りでないのは、このヴェルグール館が長い時代(12世紀から)の間につぎはぎだらけの修復と付け足しがなされたからだそうです。庭の中には、戦争で爆撃された礼拝堂の廃墟も残っており、これはわざと修復せずに残してあるということでした。

 若い館員の説明はたいへん熱心で、身ぶり手振りを交え、感情をこめて話します。時々、こちらに質問してくるので、聞き逃さないよう妻も私も必死です。しかし、熱が入ると早口になるので、何を言っているのかわかりません。庭の奥にある由緒あるレバノン杉についての説明ははじめから終わりまで全く理解不能でした(地面を大量の毛虫がはっていたので気を取られて)。

 

 中庭の説明が終わったのでほっとして入り口に戻ると、フランスの老婦人らしい二人の観光客が待っていて、館内のツアーは四人となりました。まず、階段を上って二階へ行きます。踊り場や廊下に、各時代の所有者たちが集めた絵画や彫刻のコレクションが並んでいます。ランスの有志が寄贈したデューラーの版画「ヨハネの黙示録」もあります。「ルイ十五世の間」や「ナポレオン三世の間」などはとびきり上等の調度品で飾られていました。聞き手が四人に増えたので、館員の説明はさらに熱を帯びてきました。注目すべきは二人の老婦人の相槌の絶妙さです。「アー、セ・ヴレ」とか「ウイ、セ・サ」ばかりでなく、「そういえば、私の町にも、、」とか「○○宮殿にもあったわ」とか、「まあ、あの王妃の」などと、タイミングよく話し手を鼓舞するのです。館員も、もっぱら、話しがいのある二人に向けて話し始めたので、私たちは少し緊張感がほぐれました。ところが、Krafftという20世紀初頭にこの屋敷の所有者だった商人が、日本から持ち帰った刀や人形や掛け軸を展示してある部屋に入ると、いっせいに私たちに質問が集中しました。

 三階には、地方の上流階級の生活がありのままに残されている部屋が続いています。トイレに使われた狭い部屋、大勢が会食できる食堂、さらに驚くのは食堂に続く調理場です。多くの鍋やフライパンがずらりと磨かれて壁にかかっています。寒い時に調理場でスカートの下から暖める小さな暖房具もあります。すごいのは、大きな棚を開いてずらりと出てくる皿、ポット、茶碗などの豪華さです。同じ紋章がついてこれだけ揃って残されているのはフランス全土でもここしかないということでした。ツアーが終わって出口から帰るとき、私が館員に感謝の言葉を述べると、その言葉があまりに大袈裟だったのか、彼女はぱっと明るい顔をして口を開けて笑いました。

 

 かなり疲れて駅にたどりつきました。パリ行きの列車まで、少し時間があったので、自動販売機でOranginaという炭酸入りジュースを買って飲みました(おいしかったので、パリでも何度か飲みました)。最近、メトロの駅でもボトルの自動販売機が設置されていますが、一本2ユーロ(260円)は少し高いようです。

 帰りのTGVは一等で一人17ユーロ(2200円)です。この前後の時間のTGVは、なぜか24ユーロに跳ね上がっていました。座席は日本の新幹線のグリーン車とよく似ていて、すっぽり体が漬かるグレーのシートです。二人とも疲れていたので、すぐ寝ようと思いましたが、前の座席の二人の幼児がうるさくてなかなか眠れません。やっと眠りかけたら車掌が検札に来ました。日本でプリントアウトした切符を渡すと、パスポートを見せろと言ってきます。シャツの下から出すのに手間取って、すっかり眠気も覚めてしまいました。

 

 ホテルに帰ってもすぐ休んだわけではありません。シャワーを浴びて、こざっぱりしてから、ホテルのすぐ近くにあるはずのシェイクスピア・アンド・カンパニー書店に行ってみることにしました。探すのに手間取ったのは、書店のあるビュシェリー通りが小さな公園で分断されていたからで、見つけてみると、なんとセーヌ川に面して、ノートルダム寺院の向かいにありました。ここは、シルヴィア・ビーチの有名な同名の書店とは何の関係もないようですが、なぜか観光スポットになっています。私たちが行ったときも中国人家族が見学に来ていたので驚きました。主に、英米の文学書がいかにもスノッブに並べられています。妻は奥に入っていろいろ探していましたが、私は外に出ているバーゲンの棚をあまり興味を持たず物色することにしました。フォークナー、ヘミングウェイ以下有名どころが並び、カポーティやオースターなどのペーパーバックもあります。『ヘンリー・アダムスの教育』の縮刷版を5ユーロで見つけたので買おうかどうか迷いました。汚れていたので買わずに帰りましたが、後日また行ってみると、なぜかすでに失くなっていました。

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ヴェルグール館の正面。左下が入口の扉。館内は撮影禁止でした。


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中庭で熱心に説明してくれる館員の女性。妻にとっては格好のフランス語個人授業となりました。

 

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