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2009年2月 6日 (金)

シクロフスキー『革命のペテルブルク』(3)

『革命のペテルブルク』(1)(2)で書けなかったロシア・フォルマリスムについて補遺の形で紹介しておきましょう。

 

ロシア・フォルマリスムというと、すぐに『異化』という言葉が頭に浮かびます。これは、私たちが、日常、見慣れたものとして使っている言葉・事物を奇異なものと思わせることによって、生の感覚を回復し、事物を事物として意識させることを目的としたものです。しかし、ここで、私は、シクロフスキー『散文の理論』(せりか書房・水野忠夫訳)の最終章「《主題》をはなれた文学」にもとづいて、別の角度からこの理論を見ていきたいと思います。

 

「文学作品は、滑稽なものであれ、悲劇的なものであれ、宇宙的なものであれ、部屋のなかで事件を描いたものであれ、世界に世界を、あるいは猫を石に対置するようなものであれ、それらのあいだにはいかなる優劣もなく、すべて等価である」

 

文学作品はすべて等価である、これこそフォルマリスムの本質といえるでしょう。それは、言語という面から見ると、フランス語のような「大」言語もインディアンの諸言語もまったくの等価であり、民族という観点から見ると、アフリカの「後進的」な部族も西欧の「先進的な」国民と等価であるのとよく似ています。レヴィ=ストロースは、アフリカの諸部族と西欧の諸国民との差は、ただ「冷たい」か「熱い」かの差しかないのだと言っています。「伝統」とか「進歩」とか「歴史」とかの観念は民族や言語にすべりこんで来た西欧の身勝手な価値観にすぎないというわけです。

 

「ここから芸術は無害で、それ自身完結していて、かつ絶対的なものではないという性格が生れてくる」

これは、それまでの文学理論からの訣別宣言です。

文学を一つの形式として、方法の総和として見ること、それは文学作品を(未完成のものも)を一つの完成した構築物と見ることです。形式としてめざましいものは活き活きとした「熱い」作品であり、そうでないものは「冷たい」作品といえるでしょう。

 

「芸術作品は構造としての魂、質量にたいする幾何学的な関係としての魂を所有している。芸術作品のための素材も、形式上の特徴に従って選択される。選択されるのは、意味をもち、感覚を刺激するものである。いかなる時代も、すでに使い古されたためにいまや選択することを禁じられているテーマの索引、一覧表をそれぞれ持っている」

 

たとえば、トルストイは、ロマンチックなコーカサスや月の光について書くことを自らに禁じ、チェーホフは、『小説のなかで、いちばん多く出くわすのは何か』という青年時代の作品のなかで、金持ちの叔父さん、状況によって左右される自由主義者、などを挙げています。

むろん、月並な文句のもつ制約性を強調することによって、月並な文句をかえって新しくする可能性もないわけではありません。しかし、月並なものと格闘してそれに打ち勝つことはきわめてまれにしかなく、シクロフスキーはハイネの次のような詩句を例外として挙げています。

 

 バラ! ユリ! ハト! 太陽!

 昔はそれらにうっとりした

 

 月並な文句を回避する努力は、また、日常の生活を活き活きと維持しようとする努力でもあります。妻へあてたトルストイの書簡を見てみましょう。

 

「子供部屋で、衝立のかげで、灰色のマントのなかで、きみに接吻しよう」(186411291日)

「きみは床(ゆか)の上で寝ていると言ってわたしをひどくびっくりさせたけれど、リュボーフィ・アレクスも、そんなふうにして寝ていたという話でしたので、わたしにも理解できました。彼女の真似をするようなきみが、好きでもあり、嫌いでもあります。二日たったら、油布を敷いた子供部屋の床の上で、すらりとして、敏捷で、やさしいわたしの妻であるきみを抱擁しよう」(19641016日)

 

しかし、時は経ち、トルストイの素材と方法は使い古され、ありきたりの文句となってしまうと、夫婦の愛は自然と摩滅し、慣れすぎた間で起こる事態が起こり、ローザノフの言葉で言えば、「愛の最後の希望である裏切り」に転化するのです。

 

文学というものは、常に古びた形式を破り、新しい形式を獲得しようとする努力でもあります。枠づけられた物語がほとんど皆無であるトルストイの『戦争と平和』やスターンの『トリストラム・シャンディ』はまさしく長編小説の法則を犯しているという一点において、長編小説と名づけられるのです。

そして、シクロフスキーは、「文学から立ち去ろう、言葉なしに形式なしに語ろう」と決意したローザノフの二つのアフォリズムの作品『隠遁者』『落葉』について紹介していますが、そのことがこのシクロフスキーの評論をきわめて注目すべきものにしています。

 

ヴァシーリー・ローザノフ(1856-1919)のそれらの作品は既成のジャンルに徹底した反逆を試みています。その中には、社会評論、文学論、自伝、詩、生活のさまざまな断面、写真、友人の手紙の長い引用すらも収められています。

たとえば、ローザノフは「台所」というテーマを文学に導入しました。かつて、『若きウェルテルの悩み』の中のロッテがパンを切る場面のように、台所が小説の印象的な要素をなすこともありましたが、台所そのもの、その匂い、などは文学には存在していなかった、とシクロフスキーは書いています。

 

「わたしの台所の家計簿は、ツルゲーネフがヴィアルドに宛てた手紙に匹敵する。これは、別のものだが、これは世界の軸のようなもので、本質的には、詩のようなものなのだ。

どれほどの努力を必要としたことか! 倹約であること! 《限界》を越えてはならぬという恐怖! そして、無事に帳尻があったときの満足!」(『落葉』)

「お茶が好きだ、巻きたばこ(の破れたところ)につぎを当てるのが好きだ。自分の妻、自分の庭が好きだ」(同)

 

 甘い追憶の動機づけをもったものもあります。

 

 「それでもやはり、たばこを吸いかけたまま、わたしは捨ててしまう。いつでもというわけではないが、一本のたばこの半分も吸えば、投げ捨ててしまう」「もっとうまく利用すべきだ(たばこの吸殻をふたたび役立てること)」「ところで、一年に二千ルーブル稼いでも、それでももちろん、じゅうぶんというわけではない。どうしてか?両手にしみこんでしまった昔からの汚れ、そしてきっと子供のころの古い記憶によるのだろう。どうして、こんなにも自分の幼年時代を愛しているのか? 自分の虐げられ、辱められた幼年時代を」(『落葉』)

 

ローザノフの魂は新しいテーマを探していました。そして、彼はテーマを発見したのですが、それは、平凡なこと、家庭、そして個人生活の賛美だったのです。彼は、それらに栄光と称賛を与えますが、「わたしの家庭事情は、わたしにしか関係がない」という告白どおり、そこにはどんなメッセージもこめられていないように見えます。確かに何のメッセージも、予言もこめられてはいません。そして、なにも伝えないということ、これがローザノフの方法なのです。彼は告白するのでなく、「告白」という形式を選択したにすぎません。

ローザノフは自分自身について語ります。

 

「目を剥き出し、舌舐めずりしている、それがわたしだ。醜いだろうか? それも仕方のないことだ」

「これは太陽に戯れているもの、糞尿に充たされた水槽のなかに入れられた金魚だ。そして、わたしは息がつまりそうになっている。いかにも真実らしくない。しかし、そのとおりなのだ」

「廊下の通風穴は、さほど荒々しくはなかったとはいえ、うんざりするほど執拗に、ひゅうひゅうと唸りつづけ、わたしは泣き出さんばかりだった。

その唸りを聞くためにでもわたしは生きていたい、だが大事なことは友もまた生きねばならぬということ。それから、思う、彼(友)はあの世で、通風孔の音をもはや聞けないのではないか。それから、不死への渇望にかられ、わたしは、床にうずくまんばかりにして、髪の毛をつかんだ」(『隠遁者』)

「自己を実現することにたいするいかなる興味もなく、あらゆる外部のエネルギーも《生活への意志》も存在しない。わたしはもっとも非現実的な人間である」(『落葉』)

 

間に挿入されている写真には書き込みがなされています。

「ママとターニャ(膝立ちになっている)、セント・ペテルブルグ(ペテルブルグ地区)パヴロフスク横町の家の前の庭で、隣に並んでいるのは隣家の二エスヴェテヴィチ少年。エフィモフの持家の二号」

警察の事件調書のような正確な住居表示と表現の記録性、それもまた文体上の方法の一つです。だから、これを彼の家庭の正直な披瀝と理解する理由はまったくありません。

 

日常のひとつの出来事も、正確に伝えるのはきわめて困難です。

 

「なにも与えるものがなく、そして心のなかには悲しみがある。贈物さえも与えられないとしたら(キエフ駅にいる少女に、キャップのついた鉛筆でも贈りたかったが、ぐずぐずしていると、少女は老婆といっしょに立ち去ってしまった)。だが、その少女は引き返して来たので、わたしは鉛筆をあげたが、彼女は一度もこちらの顔を見ようともせず、『すばらしい』と身ぶりで説明できただけだった。彼女もわたしも、なんと嬉しかったことか」(『隠遁者』)

 

これらの記述を通して浮かんでくることは、ローザノフにとって疑う余地のない唯一のこと、唯一の望みは、「書くこと」であった、ということです。

 

「わたしの魂のあらゆる動きは、口に出して物を言うという行為をともなっている。そして、口に出して言ったいっさいのことを、必ず書きとめておきたいと望んでいる。これは本能だ。文学とは、そのような本能から生れたのではなかろうか」(『落葉』)

「もちろん、まだ手本はなかった。涙が流れ、魂がはり裂けるまさにその瞬間に、わたしは聞き誤ることのない耳で、それらが文学的に、音楽的に流れ、『せめて書きとめておけ』というのを感じるために、この宇宙のなかで、手本どおりにくり返すなんて考えられなかったので、それだけの理由で、わたしは書きはじめたのだ」(『隠遁者』)

 

ローザノフにとって、それが書かれた場所、あるいは思考された状況もまた重要な事柄です。なぜなら、強烈に対比されたその事柄は彼の文学的方法の真髄ともいえるからです。

いくつかの断片は水洗便所のなかで書かれ、淫売についての思考は友人の葬儀の参列中に浮かんだもので、ゴーゴリについてのエッセイは、腹が痛くなったとき、庭のなかで考えられたものです。また、多くの断片は辻馬車のなかで書かれました。

 

「わたしの頭に浮かんできた場所と状況は、『かつて感覚のなかに存在しなかったものは、知性のなかにも存在しない』という感覚論の基本的理念を否定することによって(絶対に正確に)すべて指摘できる。この理念に反して、わたしはこれまでの全生涯、《知性における》出来事が《感覚》との完全な断絶のなかにあることを観察しつづけてきた。、、、実際、精神生活は自立したべつの河床を持っているが、もっとも重要なことは、異なった源泉、異なった動機を持っているということである。

いったいどこから来るのか。

神と出生に由来するのだ。

内面生活と外部の生活の不一致は、もちろん、だれでも知っていることだが、結局わたしの場合、ごく早い時期(十三ないし十四歳のとき)から、この不一致はきわめて驚嘆すべきもので、(そしてしばしば、《勤務》や《労働》のように辛いもので、深刻な悪影響を与え、破壊的なもので)あったので、わたしはこの現象、、、をすべて書きとめた」(『落葉』)

 

ローザノフの方法は、視点の交替、事物の新たな呈示のほかに、話の進展のでたらめさがあるでしょう。それぞれの話の部分のつながりに必然性はなく、それらを結合する動機づけも欠いています。(レーミゾフのように夢による動機づけさえありません)。シクロフスキーは、『隠遁者』と『落葉』は、動機づけをもたない長編小説とみなすことができる、と言っています。その特徴は、テーマの神聖化であり、剥き出しにされた方法である、と。

 

「ローザノフは新しいテーマを導入した。なぜ彼はそれらを導入したのか。彼が天才であったとはいえ、特殊な人間であったからではない。新しい形式の自己形成の弁証法的な法則と、新しい素材の導入の法則とが形式の死に臨んで空虚しか残さなかったからだ。芸術家の魂は新しいテーマを探求していたのである」

 

ローザノフの作品について何かを書くためには、その魂の内面的遍路や、その時代が彼に課した文学的使命などを考察してもあまり役に立ちそうにありません。彼は、まとまった物語形式で書くことができず、圧迫された魂は一見破綻した形式をとらざるを得なかったのです。その形式こそが彼の文学的方法であり、その方法でのみ彼は精神の震えを、魂の感動を表現することができたのです。

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