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2008年8月17日 (日)

アンリ・コルバン『イスラーム哲学史』(2)

 「われらは天や地や山々にわれらの秘密(アマーナ)を預かるよういってみたが、みな尻ごみし、怖れるばかり。人間だけが引き受けてみたものの、たちまち粗暴で、無自覚な本性を発揮した」(第3372節)
 イスラームの思想に人間の尊厳の主題を提供したクルアーン(コーラン)のこの壮大な一節はシーア派注釈者たちに何らの疑義をさしはさませるものではなかった、とアンリ・コルバンは書いています。ここで語られているのは、聖なるイマームたちが弟子たちに伝えた神の秘密、予言の秘教的意義なのです。そしてシーア派注釈者たちは、天の委託を引きうけるために崇高な愚かさの振舞いが必要だったという理由から、人間の粗暴さ、無自覚性はここでは少しも非難の意味ではなく、むしろ賞賛の意味としてとるべきだ、と主張しています。

この宇宙の秘密をひとり人類だけが担った、しかもそれは愚かしい無自覚さの故であった、という仮説には何かしら悲劇的で運命的なものを感じさせます。人間の歴史には(それは神の歴史でもあるのですが)何か賢い愚かさというものが付きまとわないでしょうか。人間は、この重荷に耐え切れず、それを他のものに仮託しようとします。18世紀の理性主義、19世紀の自然主義、そして現在の科学主義は、ヴァレリー・ラルボーの『夏休みの宿題』の主人公のように、あれこれと宿題の森の中をさまよいながら、いつしか新学期の秋を迎えてしまう夢見がちな少年の姿に似ているようです。

しかし、その任に相応しくないものに委託物を委ねた場合、「預かりものは、きちんと預け主に返すようアッラーは命じ給う」(第461節)という規則に違反することになります。この原則は、神はその神的委託物をその任に相応しい存在、つまり「遺産相続者」にのみ委ねることを命じている、ということなのです。ここに、シーア派イスラームが「精神的遺産」の学であるという理由があるのです。

 ここで、シーア派イスラームの歴史を振り返ってみましょう。632年の、ムハンマドの死は全イスラーム世界を混沌の渦に巻き込みました。天使の言葉を聞き分けられる預言者の死は、人々にとって神との断絶を意味したのです。後継者に相応しいものがいるとすれば、それは預言者の従兄弟でその娘ファーティマの夫、アリーに他ならなかったでしょう。しかも、アリーは長らくムハンマドと寝食をともにし、預言者自身、その後継をアリーと決めていたと考えられていました。ところが、初代カリフに就任したのはムハンマドの年若い妻アーイシャの父、アブー・バクルでした。続いて強大な王族のウマイヤ家のウマル、ウスマーンがカリフの地位を引き継ぎます。アリーは四代目のカリフに選ばれますが、661年に暗殺されてしまいます。その後、再びウマイヤ家の同族支配が続きますが、アリーとその二人の息子を正当な後継者と考える人々は、初代から三代までのカリフたちを簒奪者とみなし、自らの集団を結成します(シーア派という言葉はアラビア語で信者の一団の意です)。つまり、シーア派とはアリー・ブン・アビー・ターリブを初代イマームとし、その後裔の人格のうちにイスラームの根本的な思想の表れを見、そこに結集する人々の総体を意味しているのです。(現在、イランの90%以上、イラクの60%,アゼルバイジャンの70%がシーア派イスラームです)

 イマームとは「先を歩む者」の意、すなわち「案内者」「礼拝の指導者」を意味しますが、十二イマーム・シーア派においては十四人の不謬の存在、預言者とその娘ファーティマ、アリーを初代とする十二人のイマームたちのみに用いられています。873年、十一代イマーム、ハサン・アスカリーは、アッバース朝の警察に捕らえられ、サマッラーの宿営地で長らく監禁された後、28歳で歿しますが、ちょうどその頃、ハサン・アスカリーとビザンチンの王女ナルケース(ナルシス)との間にできた五歳の幼い息子が行方をくらましてしまいます。これが十二代イマームの「小隠蔽(ガイバ・スグラー)」といわれるものです。

小隠蔽は70年続き、その間、隠れたイマームは次々に代理人を指名し、人々にメッセージを伝え続けますが、942年最後の代理人アリー・サマッリーに宛てた最後の手紙で、「大隠蔽(ガイバ・クブラー)」の時が来たことを告げ、「以後は、ただ神の手に帰するのみ」という最後の言葉を残します。この時以来、十二代イマームの秘めたる歴史が始まるのです。この歴史は具象的事実の歴史とはいえないが、しかし、十世紀以上もの間、シーア派の人々の意識を支配してきたものであり、この意識の歴史そのものといってよいものなのです。

 この「隠蔽(ガイバ)」の意味を知るためには、十二イマーム・シーア派独特のイマーム論について知らねばなりません。それによれば、神は六人の預言者に天使(使者)を派遣して次々にその真意を伝えようとしました。六人の預言者とは、アダム、ノア、アブラハム、モーゼ、イエス、そしてムハンマドです。そしてこの予言は常に、前の予言を破棄して新たに立てられたもので、最後の預言者ムハンマドはその意味で、すべての預言者の封印、完全な予言の伝達者なのです。また、これらの予言は、人間社会を規定する外部条件を考慮しながら、万人に理解可能な言葉でなされているという特質を持っています。

最後の預言者ムハンマドの死によって、予言の周期は永久に閉ざされました。しかし、閉ざされたのは言葉による予言であって、神意はなお、様々な形で人々のところに伝えられてきます。預言者の周期に続くものはイマームの周期で、イマームたちは、言葉で言い表せない真理を人々に伝える伝達者、人々にこの世の秘密を譲り渡す導者なのです。彼らイマームたちの伝承の鎖(イスナード)は、偉大な神学者クライニーなどが編集した厖大な文書集成として残っています。

 しかし、預言者と違って神とのつながりを持たないイマームに、なぜ真理を述べ伝える力があるのでしょうか。ここにシーア派イスラームの秘密があるのですが、それを知るためにはいくつかの用語に慣れていなければなりません。   
 まず、ザーヒル(外的なもの)に対するバーティン(内的なもの)です。イスラームという宗教を司法的、法的解釈、つまり法の宗教としてザーヒルにのみとどまるもの、あるいは合理的な解釈にのみとどまるものと考えるなら、そこに哲学の入る余地はありません。正統派イスラームを代表するムアタジラ派は、神の唯一性、公正性から、ただちに人間の自由と責任という概念を抽出してきました。神は公正であるがゆえに、人間は自己の行為に責任を持つべきだというのです。さらに、人間はこの自由と責任の倫理を社会生活にまで拡大し、社会的行動の中に具体化して行かねばなりません。人間の倫理的、社会的行為の原理を、公正、人間の自由という神学的原理の上に打ち立てたことで、ムアタジラ派は広大で複雑なムスリムの世界を統御する方策を編み出したのです。

 ところで、16世紀のサファヴィー朝に至るまで、少数者としての迫害、試練に耐えてきた十二イマーム・シーア派にとっては、社会的規範の確立よりも、自らの信仰の原理の純粋さをいかにして保つかが重要でした。宗教を社会的規範の妥協の中で薄めることは彼らには絶対に許されないことでした。シーア派イスラームは、預言者なきあとの聖典の護持者の必要性について、ムアタジラ派と論争したのですが、すでに予言は終わっており、その意味も開示されているというムアタジラ派に対して、第六代イマーム、ジャアフィル・サーディクの秘蔵の弟子、年若いヒシャーム・ブヌ=ル=ハカムは次のように主張しました。クルアーンは、隠れた意味、秘教的な深み、明らかな矛盾を含んでいるため、それ自身では十分ではない。クルアーンは、通常の哲学をもって学問的に究めつくすことのできない書物である。したがって、テクストを、その意味が正しく解釈されうるような次元に呼び戻す(タアウィール)ことが、ぜひとも必要である。そして、これは弁証論、カラーム(正統派神学)が問題としうることではない。なぜならば、真の意味は三段論法によっては究めつくしえず、そのためには精神的遺産相続者であると同時に霊感を与えられた存在、秘教的なもの(バーティン)と非秘教的なもの(ザーヒル)をあわせもつ存在が必要なのだ、と。
 このような存在こそイマームにほかなりません。

 ザーヒルなるものは、タアウィール(語源的にはあるものをその根元、あるいは原型に送り返すこと)の力によってそのバーティンを露にしてくるのです。シーア派イスラームにとって、このタアウィールこそ、文字への隷属からの逃亡であり、記述をその皮相な外見から引き離し、それをその真理に立ち返らせるものなのです。それによって聖典の読者は次のような想像的認識に導かれます。つまり、原典は、そこに記されている外的意味とは異なった、他の意味を含んでおり、底にあるものは、精神の人為的な構築物ではなく、音や色彩と同じく非還元的な、本質的な認識である、と。

 さらに、シーア派のイマーム学において決定的に重要な概念はワラーヤというものです。ワラーヤとは、西欧では聖性と訳されることが多いのですが、歴代イマームの言葉の中には「ワラーヤは予言の内的側面である」という言葉がたびたび登場します。「ワラーヤ」は具体的には「友情、庇護」を意味し、厳密には神の友であるイマームそれ自身を指すのですが、この言葉の深い広がりの中には、イスラム教が結局はキリスト教のように権威的宗教とならず、イマームによる友誼的献身とそれに応える信者たちのそのワラーヤへの参加が、宗教の核を作っているという特別な構造を持つようになった原因が存在しているのです。

予言の周期が終わり、イマームによるワラーヤの周期が始まるのですが、それは予言の二つの側面、あるいは二つの次元、つまりその外的、公教的次元と内的、秘教的次元をあらわしているのです。「ワラーヤとはまさしくこの永遠的予言の秘教的側面である。予言を巴丹杏とすれば、ワラーヤはそれからとれる油のようなものである」ザーヒルにあたるものが予言とすれば、バーティンにあたるものがワラーヤで、それはシャリーア(神の掟)に対するハキーカ(啓示の真の意味)の関係に等しいとされます。

 ところで、ここに予言に対するワラーヤの、あるいは予言者に対するイマームの優位という様相が生じてきます。またそれは、ザーヒルに対するバーティンの優位、シャリーアに対するハキーカの優位ともいえるのですが、実はここに十二イマーム派とイスマーイール派を分かつ分岐点があるのです。イスマーイール派(特にアラムートの修正イスマーイール派)はイマームの優位を疑いません。大事なのは内的真実(ハキーカ)であって、ザーヒル、シャリ―ア、つまり外的なものは打ち壊さねばならぬ殻のようなものだと主張します。(七イマーム・イスマーイール派のこの徹底的なグノーシス主義については後日紹介します)

それに対して、十二イマーム・シーア派はザーヒルとバーティン、シャリーアとハキーカのバランスを重視します。バーティンを欠いたザーヒルは、真実なき殻のようなものだが、しかし、ザーヒルから切り離されたバーティンも誤った場所に迷い込み、自らの純粋を守ろうとするあまり次第に妥協を深めていく危険があるのです。

十二イマーム・シーア派とスーフィたちとの差異も実はここに潜んでいるのです。スーフィズムは全イスラーム世界の全歴史を通じて表れる常数ともいえるものですが、それはクルアーンの内面化の試みであり、法的な宗教から訣別し、預言者の内的体験を再生させようという意図を持つものです。字義拘泥主義宗教に対して挑んだ彼らの闘いは、ユダヤ教のハシディズムを思い起こさせます。そして、シーア派とスーフィズムにはかなり重なるものがあり、現実にシーア派スーフィズムというものが存在するのですが、内的なものと外的なものの調和を基本とする十二イマーム・シーア派にとって、スーフィ(羊毛・スフをまとう人々という意味なのですが)は、自らの純粋さを絶対視するあまり、怠惰な無知や放縦に陥ったり、あるいは反対に極端な禁欲、または不可知論に身をすくわれる危険があると思われました。しかし、イブン・アラビーからモッラー・サドラーに至る思想家の努力は、シーア派とスーフィズムの宥和と融合にあったのです。

 最後に十二イマーム・シーア派の最も特徴的な概念、「隠れたイマーム」「復活のイマーム」について書きましょう。これこそ、この宗派の現在に至る命、想像力の源なのです。
 数多くの思索、千年にわたる思索が、この隠蔽されたイマーム、姿を隠した十二代イマームの秘密についてなされてきました。その顕現はいつなのか。その隠蔽、顕現の意味は何なのか。結論はほぼ次のようなものです。 
 隠れたイマームが、自ら人々の前に姿を現すか否かの基準は、当の人物の心のあり様いかんにある。イマームの姿を見えぬようにしてしまったのは彼ら自身であり、彼らが自らに蔽いをかけてしまったのである。顕現とは、ある日突然生起することではない。それは日々忠実なシーア派信者たちの意識の中に生起する何ものかである、と。

したがって、未来におけるイマームの出現は、人間の心の刷新、その転身を前提としています。そしてイマームの顕現が信者たち一人一人のあり様によって漸進的に成就されるためには、彼らの忠実さがぜひとも必要なのです。信者の一人一人が体験する人間的実存のドラマが演じられるのは、まさにこの状況においてなのです。復活の時に至るまでの大隠蔽の時は、知られざる神的現存の時に他なりません。そしてそれが不可知であるがゆえに、それは一つの対象、ものとなることがなく、また精神的なもののあらゆる社会化を拒んでいます。

 「ここから、精神的騎士javan-mardのあらゆる倫理が発してくるのだが、この考えはシーア派のエートスを、またその絶望ですら希望を秘めているペシミズムの逆説を宿している」とアンリ・コルバンは書いています。「ありとあらゆる瞞着、口実が、終末論的期待、期待される存在の到来の間近さといった考えに終止符を打とうとしているさいに、イマームの最後の伝言は、このような否定的要素から密かな歴史を守り抜いている」と。
 つまり、隠れたイマームをめぐるシーア派の哲学は、それがイスラームの終末論であり、またイスラームの希望の哲学であることを示しているというのです。イスラームでワラーヤという名で続いているものは、「それなしでは人類が滅びざるをえないもの」を表している、という言葉の根拠はここにあります。「シーア派イスラームの著作家たちは、世界の無化ということが哲学的に考えうることを知っていた。だが、彼らのイマーム学は、この無化の生起の可能性に闘いを挑んでいるのである」

 ここにおいて、隠れた十二代イマーム、復活のイマーム、期待されるイマームは、ヨハネ福音書で書かれている「慰め主(パラクリット)」の考え(ヨハネ書第16節)と重なってくるのです。「この同一視は、シーア派の深遠な思想と、西欧において13世紀のヨアキム派から今日にいたるまで慰め主の考えに導かれ、また聖霊の支配のために考えをめぐらし、努力を重ねてきた哲学的総体との著しい類似を明らかにするだろう」とコルバンは書いています。
 期待されるイマームの顕現の意味は、霊に生きる人間の内面を開花させる完全な啓示の意味に他なりません。これは、要するに、人間に託された神的秘密の啓示、つまりクルアーンの章句によれば、天や地や山々が拒んだ重荷のことなのです。わずか
20億年先には、いやそれがほんの数百年の明日だとしても、宇宙の藻屑の中に散ってしまう人類に課せられた「夏休みの宿題」なのです。

 

 

 

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