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2008年6月25日 (水)

ゴーリキー『世の中に出て』(1)

 「野蛮なロシアの生活の、あの鉛色のいまわしい現実を思い出しながら、私はときおり自らに問いかける、いったいあれについて語る価値はあるのだろうか、、、いま、こうして過ぎ去った昔をよみがえらせながらも、私自身、ときとして、すべてがまさにこの通りだったとは容易に信じられなくなるときがあるのだ」(『幼年時代』中央公論社・世界の文学・木村彰一訳)

マクシム・ゴーリキー、本名アレクセイ・ぺシュコフ(1868~1936)は三歳の時コレラにかかりましたが、奇跡的に回復しました。しかし、アレクセイを看病していた優しい父がコレラに感染し、31歳で亡くなります。堅実だった一家はそれから一気に没落していきます。母は子供を連れて実家に帰りますが、祖父は事業で破産し、母は出奔し、幼いアレクセイは襤褸(ぼろ)切れや廃材などを拾って売り、家計を支えようとします。小学校に入学しますが、困窮のため、わずか五ヶ月通っただけで退学を余儀なくされます。同級生にくず屋とか乞食とか呼ばれ、隣の席の女の子が、ゴミの臭いがするからといって教師に席換えを要求したりもしました。

やがて、再婚した母に再会しますが、継父は浮気と暴力と賭け事をやめず、小さなアレクセイにも辛く当たります。ある時、アレクセイの目の前で、継父は母を殴り、胸を蹴り上げました。アレクセイは思わずテーブルの上のパン切りナイフを手にとって継父の脇腹を刺してしまいます。幸い、傷は軽く済みますが、継父を切り殺し、自分も死ぬつもりだったと言って母を驚かせます。アレクセイ九歳のときでした。

 そのうちに継父は蒸発し、母は幼い弟のニコライを連れて祖父母のところに戻ってきます。ニコライ(コーリャ)は腺病質の弱々しい子供で、大声で泣くことさえできませんでした。重い結核を患っていた母親の代わりに、アレクセイは弟の面倒を見ます。天気の良い日には、乾いた砂をいっぱい運んできて、窓の下の日の当たる場所でコーリャを首まで埋めてやります。コーリャは砂の中にいるのがうれしいらしく、さも気持ちよさそうに目を細め、その異様な目で、ー白眼がなく、ただ明色の環に囲まれた空色の瞳ばかりの目―でアレクセイを見つめるのでした。

「私は弟に、たちまち、しかも強く心を惹かれるようになった。弟とならんで砂の上に寝そべっていると、私が考えていることを彼が何でもわかってくれるように感じていた」コーリャは砂の中から両手を出し、しきりに白い頭をふり、猫が近づいてくると、じっと見つめ、それから兄のほうを向き、かすかにほほえむのでした。

 まもなく、母の病気は悪化し、一日中寝たきりの生活になりました。ある日、アレクセイが用事で遅く帰ってくると、母は珍しくきちんと服を着て、テーブルに座っています。「どこをうろついていたの、この子は」と言って、母はアレクセイを平手で打ち、そのまま寝場所へよろよろと歩いて行きました。そして、寝台の上に横になって、汗ばんだ顔をハンカチでふきますが、手の動きがおぼつかなく、ハンカチは枕の上に落ちました。彼女は隅の聖像をちらりと見て、それからアレクセイの方に向き直り、微笑でもするかのようにゆっくりと唇を動かすと、目を閉じました。顔の上を影のようなものが流れ、それは次第に顔の奥へと沈んでいきました。アレクセイは母の顔が白くなり、死顔になるまでじっとその傍らに立ち尽くしていました。母は37歳で死にました。それから長く経たずに、弟のコーリャも死にました。彼は膨れた腹と瘡(かさ)だらけの曲がった足をむきだしにして、紫色になって横たわっているのを発見されました。

 アレクセイは十歳になり、街の靴店に住み込みで働きに出されることになりました。ここから、アレクセイの10-15歳の時代を描いた『世の中に出て』(岩波文庫・湯浅芳子訳)がはじまります。

 主人は濁った目をした小柄な男、番頭は如才ない男で、店の靴を盗んでは売っていました。小番頭のサーシャはアレクセイの従兄ですが、意地悪で、ことあるごとにアレクセイに悪態をつきます。アレクセイは皆よりも一時間早く起き、主人、番頭、サーシャの靴を磨き、服にブラシをかけ、サモワールを沸かし、ペチカの薪を運び、食器をみがきます。店へくれば床を掃き、埃を拭きとり、お茶の支度をし、得意先に品物を届けます。早朝から夜遅くまで、雑用はこれでもかとばかり小さなアレクセイの上にのしかかります。

しかし、過酷な仕事がアレクセイを痛めつけたのではありません。彼が我慢ならなかったのは、主人、番頭、小番頭たちの品性の下劣さでした。女客たちが店に現れると、精一杯おべっかを使いますが、彼女たちが店を出て行くと、その客について聞くに堪えない悪口を言い合います。

「私はもちろん、総じて人々がかげではお互いのことをよくは言わないのを知っていた。けれども、この連中は、何ごとについても、とりわけ不愉快極まる言い方をした。まるで彼らは誰かに最もいい人間と認められ、世界の裁判官に任命されてもいるように、多くの人を羨みながら、決して誰のことも褒(ほ)めず、どの人間についても、なにか忌まわしいことを知っていた」

 アレクセイはこの店を出る決心をし、台所でわざと鍋の熱湯を手にこぼします。病院にかつぎこまれ、入院して傷が癒えると、そのまま祖父母の家に戻ってきました。そして、しばらくは、祖母と一緒に森にくるみを拾いに行き、市場で売る仕事をはじめます。アレクセイは、祖母に教えられたとおり、樹の下の小さな傷を見つけ、りすの巣から貯め込んであるくるみを集めていました。ところが、ある日、くるみを拾っていると、狩猟家の散弾が脇腹にあたり、27個の弾が体に入りました。祖母が針でほじくって11個を出してくれたが、16個は生涯からだの中に残ったままでした。

 アレクセイの祖父はわがままで吝嗇でした。アレクセイが元気になると、祖父は今度は街の親戚の製図家に住み込みの手伝いに行かせました。
 製図家の家は主人夫婦とその弟、それに主人の母の四人暮らしですが、アレクセイはここでも朝から晩まで働きます。住居の床をすべて洗い、サモワールや銅の食器を磨き、ペチカ用の薪を割って運び、食器を洗い、靴をみがき、便所を掃除し、市場に買物に行きます。こんなことにはいくらでも辛抱できるのですが、耐えられないのは、やはりその家の出鱈目な家族でした。主人の弟のヴィクトゥールシカは製図の見習いをしているのですが、なぜか、アレクセイを憎み、寝台の上の羽目板の割れ目から、アレクセイに当たるように器用に唾を吐きます。その祖母のマトリョーナは、アレクセイを徹底的にこき使い、何かあるとすぐに「お前は覚えておかなきゃいけないよ。乞食のような家庭から引き取ってやったんだからね」というのでした。彼女と息子の嫁は毎日のように罵り合い、つかみあいになるような喧嘩を続けています。マトリョーナは毎晩寝る前に、アレクセイの寝台の横の祭壇で「嫁を懲らしめたまえ、あいつの骨がずきずき痛みますように、底もふたも無い棺で埋められますように」と大声で祈るのでした。「こんなに恐ろしくは、私の祖父でさえ祈らなかった」とゴーリキーは書いています。

「この人たちも、やはり、自分たちを町ではましな人間だと考え、自分たちこそ行状の最も正確な規律を知っていて、すべての人々を無条件に裁いているのだった」また、彼らが自分の親類でもあることにショックも受けました。「私の観察によれば、身内の者は互いに他人同士よりもわるい関係にいた。互いの悪いところや可笑しいところを他人よりもよく知っているままに、いっそう意地悪く中傷し、頻繁に口論しつかみあうのだ」

 ある日、アレクセイは朝食のパンを買いに行ったまま、主人の家に帰らず、ヴォルガの岸まで歩いて行ってしまいます。二、三日河岸通りをぶらぶらし、荷揚人足にパンをもらい、夜は波止場で寝ていると、汽船では皿洗いをほしがっているという話を聞きだします。早速行ってみると、大きな汽船「ドーブルイ号」の主任は、月二ルーブルで雇うと言ってくれました。「どこの馬の骨でも雇いなさる、安くさえありゃあ」と後ろで文句を言ったのが料理長のスムールイでした。太った大男のスムールイは、アレクセイを船尾の調理室へ連れて行き、その卓に座ると、アレクセイにフランスパンと大きなソーセージを出し、「食え」と言いました。アレクセイがパンを食べ、お茶を飲み終えると、スムールイはルーブル紙幣を出して、「これで自分用の胸当てのついた前掛けを二つ買ってこい」と命令しますが、「待て、おれが行ってやる」と熊のような体を揺すって船を降りていきました。

 その日から、皿洗いの毎日が始まりました。汽船には寄る船着場ごとに大勢金持ちの客が乗ってきて、ウォッカを飲み、川魚やソーセージを食べます。皿やコップは次から次へ重なって、アレクセイは食器を洗ったり、ナイフやフォークをみがいたりで食事する暇もありません。誤ってコップを割ると給料から引かれてしまいます。仕事が終わると、毎晩スムールイは自分の寝室にアレクセイを呼んで、自分は隅のベッドにドシンと横になり、大きなトランクから本を引っ張り出して、「読め」とアレクセイに命令するのです。アレクセイは言われたとおり、マカロニの箱に腰掛けて、ひたすら声を出して本を読んでいきました。ゴーゴリの『恐ろしき復讐』、スコットの『アイヴァンホー』、フィールディングの『トム・ジョーンズ』などを読んでいきますが、スムールイは巻煙草の煙をプッと吹いて、「作りごとばかりだ」とか「助平め」とか「奇ッ怪千万な」とかつぶやいていますが、感動すると涙をぽとぽと下に落とすのでした。

「おまえは、、、本を読め」と料理長はアレクセイに吹き込みます。「本がわからなきゃ、七回読め。七度でわからなきゃ、十二度読み返せ」「すべての本を読め、そうすれば正しいのを見つけられる」

岸に買物に行ったついでに、アレクセイは『一兵士がピョートル大帝を救った話』という本を買ってきました。すると、スムールイは、大きな手でその本をグシャグシャに丸めて川の中に放り投げてしまいました。「馬鹿め、こりゃ何て本だ、おれは馬鹿な本はみんな読んだよ」実際のところ、ずっと後になってアレクセイがその本を読んでみると、確かにくだらない本であることがわかって、スムールイの言葉の正しさに驚嘆とともに納得したのでした。

 スムールイは人とも思えない馬鹿力で汽船のみんなから恐れられていました。彼はいつも不機嫌で皆を怒鳴りつけていたのですが、あるとき、アレクセイが、「あなたは、なぜ、いつもみんなを恐がらせているんですか、だって、あなたは善い人でしょ」というと、スムールイは「おれは、だれにでも善い男だ。ただ、人にそれを見せないだけだ。人にそれを見せちゃいけない、でねえとあいつらに面あ張られるよ。善い人間の上には、皆、沼の中のコーチカ(小丘)のように這い上がるもんなんだ、そして踏みつける! 行って、ビールを持ってこい!」と答えるのでした。

 そのうちに、アレクセイは給仕係とのトラブルに巻き込まれて、ついにその船を下りることになりました。別れるとき、スムールイは、刺繍の入った煙草入れをアレクセイに与えて、「じゃ、さようなら。本を読め、それがいちばんいいことだ!」と言いました。荷揚人足を押しのけて汽船へ戻っていく彼の大きな、重い姿を見ながらアレクセイはほとんど泣き出さんばかりでした。スムールイは偉大な教師でした。読書はアレクセイに、違った世界の可能性と、この世に自分は一人ではないこと、そしていつかスムールイのように自分を広い明るい世界へ連れ出してくれる素朴な賢い人にまた出会えるという希望を彼に与えたのです。

 (下は、本を読むアレクセイとスムールイ 中公・世界の文学より)

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