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2007年12月23日 (日)

パリ滞在記第八日ガーゴイル

 11月22日木曜日。パリで目につくのは物乞いの人々です。教会の出口には必ず待ち構えていて、執拗に手を差し出します。また、繁華街、観光スポット、地下鉄の構内などでも日常的に目にします。私は決して彼らを相手にしないようにしているのですが、不思議なことに彼らの顔や物腰はいつも記憶に鮮明に残ってしまいます。それは、多分、彼らの存在が私に恐怖をおこさせるからでしょう。最底辺に落ちて行くことへの恐怖、夢の中で崖やビルの最上階から落ちそうになる自分を見ることと似ているのかもしれません。モット・ピケ・グルネルの交差点にあるマクドナルドの前で、毎朝アラブ系の若い女性が紙コップを前に置いて地面にすわっています。その前を通るのがいつも辛く感じるのですが、ある朝、ホテルを出るとすぐ0.2ユーロ銅貨を拾いました。それを都合よく彼女の紙コップの中に入れようと思ったのですが、いざ前を通る時にはその勇気が萎えてしまっています。
 さて、モット・ピケ・グルネルから地下鉄に乗ろうとしたところ、改札口のバーは閉じられたままです。ということはストが終ったことを意味しているので私たちはすぐに切符売場に向かいました。ところが、売場の人は10時までは自動販売機で切符を買ってくれ、と言っています。いかにもフランス的ですが、仕方なく私たちは販売機で11.1ユーロのカルネ(10枚綴りの切符)を買いました。

 シテ島で地上に上がり、すぐにサント・シャペルに向かいました。ところが、サント・シャペルは裁判所(Palais de Justice)の敷地内にあるので、入口は裁判所に入る人とサント・シャペルを見学する人でごったがえしています。辺りには自動小銃を持った警備兵が何人もいて、入口での荷物および身体検査は空港なみの厳しさです。私たちは30分かかってようやく裁判所の中庭に入り、サント・シャペルの高い尖塔の前に立ちました。
 サント・シャペルは13世紀に聖王ルイによって建てられたもので、その素晴らしいステンドグラスによって特に有名です。内部は二層に分かれていて、狭い階段を上ると、ステンドグラスで囲まれた鮮やかな光の部屋に導かれます。足下から天井まですべてステンドグラスで埋め尽くされているのです。真ん中の長椅子に座ってぐるりとステンドグラスを見ていきます。これは何とわかりやすい素朴な絵柄でしょう。アダムとイブの話からキリストの受難まで人形劇のようなかわいらしい人物が次々に聖書の物語を演じていきます。色と光のまばゆい部屋から一階に下りると記念グッズを売るお店がありました。私はそこで、ガーゴイルのキー・ホルダー(3.5ユーロ)を買いましたが、それはパリで買ったもっとも忘れ難い土産物です。

 サント・シャペルの次は隣のコンシェルジュリーへ。丸い尖塔が並んだコンシェルジュリーはフランス革命時、処刑前の囚人が入れられたところで、冷たい石で囲まれた房には当時を再現する人形が置かれています。一般人のための房に比べ、ルイ16世の独房はさすがに威厳がありますが、それがなおさらこの不運な王の悲劇的最後を際立たせています。いったん中庭へ出、女性用の房へ入ると、ここで処刑前の2カ月を過ごしたマリー・アントワネットの部屋が再現されています。(実際の彼女の房は贖罪礼拝堂になっています)ソフィア・コッポラの映画『マリー・アントワネット』で、その贅沢な宮殿生活を見せつけられた私たちにはこの独房はあまりに狭くみすぼらしい。机と椅子と祭壇があり、後ろ姿のマリー・アントワネットの人形がそこにすわっているのですが、それは寒気を感じさせる怖さです。ついたての後ろから二名の衛兵に常時監視されているのも哀れをさそいます。

 息の詰まるコンシェルジュリーを出ると、私たちはノートル・ダム寺院へ直行しました。たいへんな混雑ですが、中へ入らず、左側面の階段のところで塔へ上る順番を待っていました。五分ほどで狭い螺旋階段を上り始めましたが、いったい何段あることでしょう。いつまで上ってもなかなか終点につきません。息を切らして上がった場所はノートル・ダムの「回廊」といわれる細いテラスで、二つの塔を結んでいます。ここはパリ観光の最大の見物、ゴシックの塔を目の当りに観察できる最上の場所です。私は小さく切られて隙間なく積まれた白い石の上に手を置いてみます。どのようにしてこれらの石を運び、どのようにしてこれらの石を積み上げたのでしょう。これほどの高さ、これほどの堅牢さに。これは人々のひたむきな信仰の結晶でしょうか。ノートル・ダム・ド・パリの建てられた頃、辺りはまだ貧しい人々が住む平地でした。沼地や農地が残るパリの一角に200年の歳月をかけて奇蹟のような巨大な聖堂が現れたのです。階段を上り、この回廊に立つ人は、この大聖堂が生まれ、なお空に伸びようかとするような精神の息吹を感じるでしょう。勢いよく伸びる細い尖塔、そして屋根の上にそびえる見事な聖像の数々。これらの聖像はただこの回廊に上る人にのみその姿を見せるのです。さらにこの回廊の所々に潜み、人を驚かせる奇怪な石像たち、そうガーゴイルです。雨水を流す樋であり、聖なる堂を守る魔除け。いくつもの怪物の像を間近に見、そのリアリティに驚嘆しましょう。ヘミングウェイが賛嘆した山犬を丸ごと喰らう怪物もいます。私はアニメ『ノートル・ダムの鐘』でカジモドの友だちとなり、彼を励まし、彼を助けてくれる愛すべきガーゴイルたちを思い出します。そしてノートル・ダムの上から一望するパリの景色の穏やかな佇まいの美しさ。左にはアンヴァリッドとサン・シュルピスが、中央にはエッフェル塔、右にはサクレ・クールが遠くに見え、セーヌ川が遥か下をゆったりと流れていきます。双眼鏡で見ていると、時間を忘れるかのようにいつまでも見飽きません。

 ノートル・ダムの近くでサンドイッチを食べようとしましたが、どこも観光地値段で高い。ぶらぶら歩いて行くと、次第に値段が安くなります。私たちはまたポールの店でサンドイッチを買って、歩きながら食べました。次はいよいよアンヴァリッドです。 
 メトロ、ラ・トゥール・モブール駅で降り、ぐるりと芝生をめぐるとアンヴァリッドの入口です。まず右手の軍事博物館を覗きましょう。銃と剣と甲冑のコレクションがこれでもかというぐらい続いていきますが、注目すべきは西洋甲冑の完璧さです。日本の装飾的な甲冑と違って、体のすべて、目さえも覆ってしまう徹底さ、しかも騎乗する馬の顔、首、足、腹さえも輝く鉄版で覆っています。ここから道はまっすぐ20世紀の戦車と装甲車に通じているのです。
 軍事博物館を出ると、映画『ヴィドック』の舞台ともなった矩形の中庭に出ます。そこを通ってドーム教会に出て、ついにアンヴァリッドの中心、ナポレオンの墓所に入っていきます。このナポレオンの墓は一目その豪壮さに圧倒されるでしょう。六重の棺、それを囲む12の女神、さらにその巨大な棺をめぐる床にはナポレオンが戦った戦場の名が刻まれています、アウステルリッツ、マレンゴ、ヴァグラム、フリートラント、、、。フランスという国にとってナポレオンがこれほどの大きな意味を持っていることに驚きます。

 アンヴァリッド通りに出て、すぐ隣のロダン美術館に入りました。これはロココ調の美しい館で、作品を国家に寄贈する条件でロダンが晩年の十年間をすごしたところです。ところが、ここはツアー客や観光客でいっぱいで、彫刻作品をゆっくり見れる雰囲気ではありません。おまけに楽しみにしていたカミーユ・クローデルの作品は海外へ出されていて見ることができないのです。しかし、部屋から部屋へ歩いて、そのあまりの陽光の明るさに戸惑いながらも、見るべきロダンは十分にみることができました。その後私たちは美術館に付随する庭を散策しました。その美しさで有名な庭は、確かにすばらしいのですが、パリのほとんどの庭と同様、あまりに整いすぎて私には感銘を与えませんでした。

 ロダン美術館のあるヴァレンヌ通りをサン・ジェルマン・デ・プレに向かって歩きます。このヴァレンヌ通りは狭く、静かで、いくぶん暗い通りですが、パリでもっとも高級な通りといってよいでしょう。官庁の建物が並び、通りの中程にはオテル・マティニョン(首相官邸)があります。折しも白バイに先導されて数台のシトロエンが私たちの横をすりぬけて行きました。
 サン・ジェルマン・デ・プレ教会の裏にあるドラクロア美術館の前にトラックが停まっていたおかげで、私たちはその入口を見つけるのに苦労しました。ところが、扉の前に張り紙があって、今日まで閉館、明日から再開とのこと、私たちはがっかりして力なくオデオン広場まで歩き、カフェ・ル・ダントンでコーヒーを飲みました。いつのまにか外はとっぷり暮れています。一休みして元気が出てきたので、夜九時半まで入場可能な凱旋門の上にのってパリの夜景を眺めて見ようと思い立ちました。ミュージアム・パスがあるのですべて無料です。さっそく地下鉄に乗ってシャルル・ドゴール・エトワールまで行き、専用の地下道を通って凱旋門の真下に出ました。しかし、何ということでしょう。ストは終ったはずなのに「ストのために、四時半で閉場」との張り紙が。あまりのお役所仕事に怒りさえ覚えました。遠くから来たらしいフランス在郷軍人会の人々があきらめきれずに入口のところにたむろしています。仕方なく地上に出ると、凱旋門が強烈な光線で照らされ、下には戦没者のための慰霊の火が力強く灯っています。私たちは凱旋門の見事なレリーフを眺め、メトロ6番線でモット・ピケ・グルネルまで帰りました。

 

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