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2007年4月17日 (火)

Th.W. アドルノ『楽興の時』

 アドルノの音楽論には、難解で知られる哲学論と違って、のびやかな思考のリズムのようなものがあります。『啓蒙の弁証法』の補論として書かれたと言われる『新音楽の哲学』(音楽之友社・渡辺健訳)は、その中でも際立って先鋭なものですが、理論の底に流れる低音は初期シェーンベルクを思わせる透明さに満ちています。その「まえがき」でアドルノは、論文執筆の動機を述べ、自分の勉学のもといとなっている芸術が、すべてを支配する物象化(日常生活のすべてが、人間同士の関係さえも、物と物との関係に還元されてしまうこと)から除外されているわけではなく、無傷を守ろうとする努力のうちに、それが抵抗しているものと同じ性格を生み出している、という事実を見逃すことができなかったからだ、と言っています。これは『啓蒙の弁証法』の美しい要約とも言えましょう。そして、さらにアドルノは、悲痛な思いで語ります。「、、、これは、ただ音楽のことにすぎない。いわんや、対位法の問題においてすでに、宥和(ゆうわ)されえぬ葛藤が証明されている世界とは、どんな状態にあるはずであろうか。経験世界の危機がもはや入りこむことのない所、すなわち、恐ろしい規格の圧力を逃れる避難所を人間に与えてくれると思われている領域にも、生のおののきや硬直が反映されるとすれば、生とは今日、どれほど根底から妨げ乱されていることであろうか。その領域は、人間がそこから期待するものを拒否することによってしか、人間への約束を果たさないのである」

 ここでは、16編の音楽エッセイを集めた『楽興の時』(1928-1962 白水社・三光長治・川村二郎訳)から、私のもっとも好きな「ラヴェル」を紹介しましょう。
 「ひとりラヴェルだけが、鳴り響く仮面の大家である」とアドルノは書いています。ラヴェルのいかなる作品も、あるがままの姿を反映していないが、しかし、彼の作品を解明するために作品以外のいかなるものも必要とはしない、と。これはまるでプルーストについての解説を思わせます。直接的なものを嫌うのは、ラヴェルの羞恥心によるものです。彼は物悲しげな神童の時代に音楽上の諸形式を身につけました。それは発展することなく、子供時代の思い出が固定されるごとく、いつまでも彼の資質にまとわりついたのです。自分を吐き出すことの恥ずかしさと音楽上の高度の洗練さが、否応なく彼に仮面を被せたのです。同じ印象派として括られながら、ドビュッシーとは何とちがっていることでしょう。いずれが印象派における先駆者かという問いはラヴェルの場合は意味をなしません。というのも、独創という言葉ほど彼に縁のない言葉はないからです。ドビュッシーはたくさんの音を物の見事に使って挑戦的な音楽を作り出します。ラヴェルは、より軽やかに懐疑的に、故意に平板に音楽を組み立てます。四手のための組曲《マ・メール・ロア》のつましさ。ドビュッシーの《子供の領分》が堅固な市民気質による温雅さ、いってみればおもちゃ箱の中に子供がほしがる物をおもちゃ屋一軒分独り占めして持っている子供を想像させるのに対し、《マ・メール・ロア》や《ソナティナ》における子供は、物悲しげな光に照らされた戸外の子供、美しい並木道で太陽の斑点をいっぱい浴びているのだが、イギリス人の家庭教師がついている子供たちなのです。「(子供の音楽は)ラヴェルのそれだけが憂愁の貴族的な醇化である」とアドルノは書いています。

 「彼の憂愁が幼年期の像(イマーゴ)を選ぶのは、それが自然を脱却していないからだ。音楽に即して言えば、調性と倍音列という自然素材をはみださないからだ。、、、ただの一度も彼はあらかじめ考えられた形式をはみだしたりはしない」そして、アドルノはここでホーフマンスタールの詩句「さて子供たちはふかい目の色をたたえて成長する」を引用するのですが、確かにラヴェルの音楽はホーフマンスタールを思い出させるものがあります。船がふるさとの河口を静かに上っていく、、懐かしい家々が建ちならぶ河岸の上に、幼い姿の自分が深いまなざしでこちらを見ている、、、この背景に流れる音楽は《マ・メール・ロア》しか思いつかないでしょう、、、。
 「高貴(noblesse)と情感(sentiment)のまぼろしの情景を通り抜けて、彼の音楽の旅路は太古のほうにむかう。原始的なものを目指すのではなく、ドビュッシーにつきものの復古のパトスにはまりこむのでもなく、信仰のない悲哀のうちに歩みいるのだ。自らの和音によって葉を落とされるフォルラーヌの枯れた匂いをもち、こよなく愛しいメヌエットをふくむ彼の古代ふうの傑作《クープランの墓》が葬送曲になったのも偶然ではない」(《クープランの墓》はフランスの音楽家クープランへのオマージュとして作られたが同時に第一次大戦で失った多くの友人への鎮魂曲でもあります。フォルラーヌはその第三曲)
「ラヴェルの憂愁は、明るい、走り去る時のそれである」このラヴェルの音楽にあっては、いっさいは平等であり、偶然自らの前に示されたものの運命を執行するだけです。あの《ボレロ》を思い出しましょう。詐術と計算の極致であるこの曲においては、あらゆる直接性は抹殺されています。しかし、自らの資質にとらわれすぎたラヴェルは、借り物の素材を征服してわがものにすることも、借り物の意匠によって手中の物を燃え立たすこともできません。「風土はかき消えて、その大気、大気のかすかな顫動(せんどう)だけがあとに残って音楽を構成している」のです!
 アドルノのラヴェルへの賛美は彼にはめずらしく絶対的なものです。その貴族性、懐疑性、子供時代への過剰な思い、それがアドルノの共感を誘ったのでしょう。この小論の最後の一節は、まるでアドルノの少年時代の思い出の一節でもあるかのようです。
 「、、、しかし後世は、事物のちがった秩序のなかにありながら、《ソナティナ》のメヌエットにおいて古人がいかに美しく昼下がりの五時を作曲したかを、耳にすることであろう。お茶の用意ができて、子供たちが呼びこまれる。すでにどらが鳴らされて、子供たちはそれを聞きつけているのだが、もうひとまわり遊んでから、ヴェランダの一座に加わるのだ。彼らがそこにいるあいだに、戸外は冷えてきて、もう外に出ていくことはできない」

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