« ケネス・クラーク『風景画論』(3) | トップページ | ホルクハイマー/アドルノ『啓蒙の弁証法』 »

2007年2月24日 (土)

ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』

 『意志と表象としての世界』(中央公論社「世界の名著」西尾幹二訳)第一巻の最後に忘れがたい一節があります。ショーペンハウアーは、ストア派の理論を解説して、それは理性の力を通じて人間に幸福を与えようとする哲学である、と書いています。理性は単なる認識によって、人生を満たしているあらゆる苦悩から人間を解放してくれる、とストア派は云っています。欠乏や苦痛はものを持たないことから生ずるのでなく、ものを持ちたいという気持ちがありながら、しかも持っていないという状態からはじめて生じるので、したがってこの持ちたいという気持ちこそ苦悩を生み出させる唯一の必然的な条件なのです。「貧乏が苦痛をもたらすのでなく、欲望がもたらすのである」(エピクテトス、断片25)。つまり、われわれの幸不幸は、われわれの意志いかんによって生ずるのです。だから、幸福はわれわれの精神を平静にすることで得られ、正しい理性の使用は人生のあらゆる苦悩や重荷を取り除いてくれる、というのです。「いかにしたら君は安らかに人生をすごすことができようか/永遠に満たされない欲望に苦しめられることもなく/たいして益もないものごとへの怖れや希望にも苦しめられずにすむように」(ホラティウス『書簡集』)
 これがストアの倫理学です。しかし、とショーペンハウアーは書いています。「そもそも苦しむことなく生きようとするそのこと自体に一つの完全な矛盾があるのだ」と。ストアの賢者が、木でできた一個の模型人形のように見えるのも、また彼らの文章がわれわれに生気を感じさせず、内的な詩的真実を訴えかけてこないのも、実はといえば彼らの説く平静、満足、幸福が人間の本性とは正反対のものだからに他なりません。インドの智者やキリスト教の救世主など、最高の苦悩の状態のままにわれわれの目の前に立つあの卓越した姿の人間と比べると、ストアの賢者は何と見劣りするでしょうか。
 実は、苦しむことこそ幸福への要諦なのです。『意志と表象としての世界』第四巻はそのことについての心ゆさぶらるる叙述に満ちています。人間の意志は(意志とは物欲や性欲や嫉妬や名誉欲のように人間を突き動かすものです)圧倒的な力で人間を襲うので、これに抗うことは不可能のように見えます。実際、これに打ち勝ち、なだめ、否定することのできた聖者は極めてまれです。しかし、意志の否定には第二の道があって、これは誰にも起こりうることですが、大きな苦悩によって回心する場合です。苦悩の各段階を通過して、ついに絶望の瀬戸際まで追いつめられたその挙句に、彼は突如として自分自身の内面に還帰し、自分と世界とを認識し、自分の全存在を変革することになります。情熱の衝動にかられて波瀾万丈の生涯を送った人々、国王、英雄、冒険家などが突如として心変わりをして、諦念と贖罪とを選びとり、隠者や出家になってしまう例は数多くあります。スペインの哲人であるライムンド・ルルス(1235~1316)の例を思い出しましょう。ルルスは長い間恋い慕っていたある美人からとうとうその部屋へ呼び込まれて、望みが存分にかなえられると期待したまさにそのとき、彼女は胸衣を開けて、癌腫のために無惨に浸蝕された胸を彼に見せたのです。「こんな私でも、あなたは愛せますか?」その瞬間、ルルスは地獄をのぞき込んだようにその場に立ちつくしました。彼は沈黙のままマジョリカの宮廷を去り、砂漠に行って、懺悔の行についたのです。その後、中近東での宣教の途次に回教徒に殺されるまで彼の生は生あってなきがごとし、すでに生が死を克服していたかのようだった、ということです。
 快楽から人生の残酷への移り行きが回心のきっかけになる例は多いので、ヨーロッパでもっとも快活な、明朗な、官能的な、軽佻な国民であるフランス人が、あらゆる僧団の中でもずば抜けて厳格なトラピスト修道院を興したのもその例である、とショーペンハウアーは書いています。
 「すべての苦悩には禁欲ならびに諦念への要請があるので人を神聖にする力が可能性としてそなわっている、、、しかし、苦悩がその人を高めるのは、自分の人生だけが苦しいのでなく、すべての人の人生が苦悩に満ちているだという意識が認識の中から生じてくるときである」ショーペンハウアーは、その例えにゲーテの『タッソー』の中の公女レオノーレを挙げています。公女は自分の生涯も、また身内の者の生涯も、いつも悲しいことばかりだったし、喜びもないものであったと率直に語っているのですが、そう語りながら彼女がいつも一般的な物の見方をしているのが、その性格に哀調を帯びた高尚さを与えているというのです。文学に対して深い感性を持っていたショーペンハウアーの記述の中でもきわだって繊細な指摘ではないでしょうか。

 さて、意志の教説も意志の放棄の唱導も濁世の中を生きる私たちには縁遠いようにも思えます。ショーペンハウアー自身はどのような生き方を信条にしたのでしょうか。実はストア派の開祖ゼノンは、理性による諦念を信条とするストアの後継者たちとは異なった生き方をしたというのです。「ゼノンの生き方の出発点は、最高の善、すなわち精神の平静による至福状態に達するためには、自分自身と一致した生活をしなければならないということであった」徳とは全生涯にわたって魂が自分自身と一致することに他ならないというのです。「しかし、はやくもゼノンに続く弟子たちにとっては、師の道徳原理ー一致して生きるーは、あまりにも形式的で無内容に思われたのだった」
 ショーペンハウアーがゼノンの教えをその人生の出発点に服膺(ふくよう)したことはありそうなことで、グヴィナーの『身近に接したショーペンハウアー』(白水社ショーペンハウアー全集別巻・斎藤忍随、兵頭高夫訳)によれば彼はすでに少年時代に自分の生活態度をシャンホールの次の言葉によって表現したということです。「人が通常、幸福と呼ぶところのものよりもさらに高級な幸福がある。それは毅然として自分の性格に従い、その結果として生ずる不利、障害を勇敢に甘受する点に成り立つ。」グヴィナーによれば、これこそ彼のアルキメデスの支点であったというのです。そしてまた、ショーペンハウアーが生涯、護符のように肌身離さず守り、何度も噛みしめた言葉、それゆえに自らの倫理的尊厳について一片の不安も感じなかった言葉は『ハムレット』のよく知られた場面、ポロニウスが旅に出るラエルテスに送った言葉です。ポロニウスは、処世の戒め、衣服に金を惜しむな貸金は金をも友をも失う、などと諭した後で、最後にもっともたいせつな訓を語ります。

 何はともあれまずもって汝自らに忠実なるべし
 さらに夜の昼に従い伴うがごとく この第一の心得に必ず伴うべきは
 汝、如何なる人をも偽るなかれの心得なり

 かつてショーペンハウアーの母親ヨハンナは息子のことではなはだしい苦情を友人に対して申し立てたことがあったのですが、それでも同時に息子の美徳は認めざるをえませんでした。「真理への愛、それが、あの子の最高の、おそらくただ一つの徳です。あの子の口から出る嘘の言葉をついぞ私は聞いたことがありません」
 すでに少年の頃、ショーペンハウアーは、自分と他人の世界に気付いていました。他人は誰も彼も財産を得ようと努めているが、彼はその方向へ向かう努力を必要としなかった、つまり彼自身の中に財宝があったので、ただそれを掘り出せばよいと思っていたのです。そのために基礎訓練と自由独立が必須と思えたので、彼は父から遺された遺産をたいせつに蓄え、独身を守り、きわめて質素な生活の中で「王者の孤独」(バイロン)に従容として耐えていました。30歳で『意志と表象としての世界』第一部を出版してから30年、世界は全く彼を無視していました。やっと、60歳を過ぎて名声は彼の下に怒濤のように押し寄せてきました。さびしく笑いながら彼はドイツの古い民謡の中の飢えた子供の運命に自分を重ねあわせたのでしょうか。

  そしてパンが焼けたそのときは
  その子は棺のなかだった
  

 
 

|

« ケネス・クラーク『風景画論』(3) | トップページ | ホルクハイマー/アドルノ『啓蒙の弁証法』 »

コメント

はじめまして、ショウペンハウエル大好きのカーステン ソルハイムです。数学は高木貞治の「解析概論」を旧漢字、カタカナのハードカバーで購入しましたが、あまりの難しさに1ページで挫折しました(;´д`)トホホ…

詩人ではフランソア・ヴィヨン「遺言詩集」が好きです。

今後ともよろしくお願い致します。

投稿: カーステン ソルハイム | 2011年9月21日 (水) 18時04分

カーステン ソルスハイムさん、コメントの返事が信じられないくらい遅れてしまいました。申し訳ありません。
高木の『解析概論』は読んでいないのですが、いつか読みたいと思っています。数学は頭の気分転換にはうってつけですね。最近は歳のせいか計算が面倒臭くなってきました。
ヴィヨンは日本人がよくやっていますね。私にはあまり感激はないんですが、古フランス語は難しいです。

投稿: saiki | 2012年7月 8日 (日) 07時47分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ケネス・クラーク『風景画論』(3) | トップページ | ホルクハイマー/アドルノ『啓蒙の弁証法』 »