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2007年2月12日 (月)

ケネス・クラーク『風景画論』(2)

 「印象主義は幸福の絵画である」とケネス・クラークは書いています。それは現実的で価値高き倫理的立場の表現であった、と。「ごく最近まで誰の手にも届くと思われていた良き生活の完全な表現。ルノワールの《ボートを漕ぐ人びとの昼食》の顔や姿ほど単純で永遠な歓びを表したものが他にあろうか。モネの描く河口の白い帆船やルノワールの庭の薔薇ほど説得力をもった地上楽園のイメージが他にあろうか。これらの絵は、芸術にとって何より大事なものは個々の作者の生きる環境ではなくて、ひとつの普遍的信念であることを証明している。これを描いた人びとは痛ましいほど貧しく、その手紙によれば明日の食事のためどうしたらよいか途方に暮れていた。しかし、作品そのものは自然と人間性へのまったき信頼感に溢れている。彼らが目にしたものはすべて、洪水でも濃霧でも、歓喜のために存在している」
 印象主義は1869年のモネ(1840~1926)とルノワール(1841~1919)の交友によって始まった、と云われています。二人は川岸のカフェ・ラ・グルヌイエール(蛙沼亭)で、水の上の光のきらめきについて飽くことなく話し合いました。モネには自分の目に映じた自然に対する全幅の信頼が、ルノワールには鮮やかな筆致(彼は陶器の絵付け師でした)と虹のようなパレットがありました。1871年から74年にかけて、モネとルノワールがアルジャントゥーユで制作した絵において、感覚の絵画はそのもっとも完璧な成果を生み出しました。目の前のこの世界に生きる無条件の喜び、そして新しい技法のみがこの喜びを伝え得るという信念、一世代前のバルビゾン派の画家たち(ルソーやコローやミレー)の暗さと比べ何と明るく輝いていることでしょう。何と幸福の予感と期待に満ちていることでしょう。その主題、ヴィジョン、技法に魅せられて、シスレーやピサロのような人たち、そしてマネさえもアルジャントゥーユの絵を描こうとしました。ゴッホやゴーギャンもこの様式によって彼らのもっとも美しい作品のいくつかを残しています。
 しかし、印象主義はその発生と同時にその終りも予告していたのです。自然世界への信頼は絵画を視覚の力だけに限定する方向をもたらします。ところで、芸術というものは私たちの記憶や知識や連想と深く関わっているもので、視覚だけを重視することは人間の表皮をなぞることに過ぎません。「詮ずるところ、観念を重視する考え方が正しいであろう。子供の描画が示すように、人間は感覚よりも意味に強く印象づけられる。芸術創造の最高の目的は人を説得せずにはおかないイメージをつくり出すことにある」と、ケネス・クラークは書いています。
 印象派は虹のパレットを使って光の表現を達成しました。「芸術において新しい技能(マスタリー)を獲得した喜びほど爽快なものはない。しかしながらあまりに発見のよろこびによりかかった芸術は、自在な技巧を身につけると、必然的に頽廃の道を歩み出す」。かくて、偉大な印象主義の時代も1880年代半ばまでに終りを告げていました。ルノワールは、かつてルーヴルで古典主義の絵画、ワトーやフラゴナールを熱心に研究していた自分を思い出し、さらにナポリの古代絵画、ヴァチカンのラファエロ壁画などに触発されて、印象主義が捨て去っていた堅固な輪郭線をふたたびわがものにしました。印象主義の頭領たるモネだけは、その教理をとことん押し進める勇気を持っていて、感受性をさらに高揚させようと、南仏のリヴィエラ海岸に移住して、その融熱し白熱した、ぎらつく太陽の下に自らをさらしました。そして、彼は教理の限界まで進んで、結局描かれる対象など何の重要性もないのだということを証明するために、積み藁や大聖堂にまといつき反射する光を描き出そうとしました。これは、自然に忠実な物の見方を信条とする印象派の否定であり、手段を目的化した芸術の頽廃ともいえます。しかし、モネは奇蹟的に立ち直りました。庭の睡蓮が彼の心を揺さぶって、ふたたび新鮮かつ熱情的に自然に反応する心を取りもどしたのです。その感動を彼は、さっと四散し、流れ、まだらに広がる睡蓮と波の上に表出することができたのです。
 「印象主義は幸福の絵画である、と私は前に語った。このことは印象派の魅力のひとつにちがいない。だが、同時にその限界を語るものであろう。幸福の絵画なるがゆえに、彼ら印象派は人間精神の最奥に潜む直感、とりわけ大芸術家たちが晩年に達したあの深い直感に通ずる道から閉ざされている」と、ケネス・クラークは書いています。確かに人の世も、人間が塵でしかないこの宇宙の深奥も、明るい光と色彩のタッチで表現するにはあまりに謎めいていることでしょう。しかし(と、私は思います)、印象派をスーラ以外一括して否定したアンドレ・ブルトンに逆らって、私はもし一枚の絵画を自分の部屋に飾るのが許されるとしたら、モローやルドンなどより、ましてやミレーやクールベなどよりも、1870年代に描かれた印象派の絵画を、できればピサロかシスレーを飾りたいと思います。なぜなら幸福は一瞬の光であり、色彩であり、そよ風であるのだから、いつまでもそこにとどめておきたいのです。彼ら印象派の画家たちが、なけなしの金をはたいてお互いの絵を買って、涙を喜びに変えるために精進したことを思い出しながら、その絵の中の陽光の一瞬をいつまでも眺めていたいのです。

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