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2007年1月24日 (水)

S.H. ブチャー『ギリシア精神の様相』

 S.H. ブチャー(1850~1910)の『ギリシア精神の様相』(田中秀央・和辻哲郎・寿岳文章訳、岩波文庫1940)は『オデュッセイア』の英訳者である著者がギリシア精神の諸様相について簡潔に叙述した好著です。その中で、とりわけ印象鮮烈な、そして私自身の好みでもある「ギリシア人の憂鬱」の章を紹介しましょう。
 「ひとつの特異な、生まれつきの憂愁の素質が、ギリシア人の気質のうちにある」とブチャーは書いています。まずアキレウス、彼の早逝こそ『イーリアス』の主題なのですが、彼は母親テティスから二つの運命のいずれかを選べることを知らされます。トロイアの地にとどまって名誉のうちに死ぬか、それとも故郷で安穏と長生きするか、、、アキレウスのような人間が後者を選ぶわけがなく、物語の始まる前にすでになされていた選択は、彼の言行のすべてに忘れがたい哀感を添えるのです。しかも不平を洩らす嘆きのどんな言葉も彼の口から出ることはありません。一行の言葉がこの男の魂を総括します。「死んだとき俺は低く横たわるだろう、が今は高い名を得たい」。言葉の話せる馬クサントゥスが彼に予告された日の近いことを告げると、「クサントゥス、なぜおまえは俺の死を予言するのだ、そんなことはおまえの役ではない。自分で俺はよく知っているのだ、懐かしい父と母から遠く離れてここで死ぬことを」と語ります。そして『イーリアス』第24巻、老王プリアモスが息子へクトールの遺骸を乞いにアキレウスの幕舎を訪れる最後の場面で、アキレウスは息子を失った老王の悲しみと、彼が仕えることのできない遠い地にいる老父ペーレウスのことを思って涙を流します。この瞬間、アキレウスは彼個人の悲しみを超えて、人の世の哀しみの高みに昇ります。彼はプリアモスの手をやさしく握り、「心を凍らす悲しみに暮れたとてどうなりましょう。神々は哀れな人間どもに苦しみつつ生きるよう運命の糸を紡がれたのです」と慰めるのです。

 ホメーロスが英雄時代の最後の詩人なら、ヘーシオドスは鉄の時代の最初の詩人です。人生の全光景は云うすべもなく悲惨であり、詩人はその最悪の時代に生まれ合わせました。人間はみじめだが、しかし宇宙はなお彼にとっては道徳的に統治されているのです。神々への不満の言葉は露ほどもありません。人間は神々の前に頭をたれ日々の仕事にいそしむべきであり、それが彼に相応の尊厳を与えるのです。遺産を不当な仕方で強奪した実の弟ペルセースに向って彼は語ります、「愚か者よ、おまえは知らないのだ、半分が全部よりどれほど多いかということを」。この有名な言葉はヘラクレイトスの「人間にとっては、その欲するすべての事を獲るのはよろしくない」という教えと一致します。

 前七世紀中頃の詩人ミムレルモスの歌には、ホメーロスやヘーシオドスの高邁な調子はなく、すでに近代の憂鬱を思わせるものがある、とブチャーは書いています。その憂鬱は快楽主義者の抱く悲しみです。ミムレルモスは、夢のように過ぎ去る青春のはかない楽しみを歌い、愛なく悦びなく「子供らには忌まわしく、女たちには嘲られる」老年を嘆きます。その語調は反省的な諦めのそれであり、その寂しい結論は、人間の智慧は現前の快楽を素早く捉えることにある、という言葉につきています。「黒い宿命が側に立っている、一つは悲しい齢の定め、他は死の定めを以て、そしてただ僅かの間青春の果実が続く、、、しかし、ひとたび青春の定められた時が過ぎれば、むしろ直ちに死ぬことが生きるよりも優っている」。
 ほぼ一世紀後に生きたテオグニスにとって人生はミムネルモスのようには滑らかに行きませんでした。彼はメガラの政治的争闘に加わり、追放され、身代を失い、友人に捨てられ、悲しみの淵に沈みました。精神は発言の自由を奪われ、うちのめされて貧窮の奴隷になるのがどんなことであるかを彼は知っています。正しい者がなぜ苦しむのか。「悪人は栄えて苦しみは受けぬのに、卑しい行いに魂を汚さぬ人々は、たとえ正義を愛しても、彼らの分け前として貧窮を受ける。途方に暮れる気持ちを産み出す貧窮、それは人の心を罪過に誘い、残酷な余儀なさによって胸中の理性を害う」。ここにはヘーシオドスの敬虔さは微塵もありません。正しい者の苦しみと不正な者の栄えとを見る人がどうして神々を尊敬できるでしょうか。テオグニスの絶望はギリシア文学に長く残る有名な次の詩句、ソポクレースやエウリピデースによって反芻された詩句でその頂上に達します。「人の子にとっては生まれないこと、烈しい日の光を見ないことが万事にまさってよいことである。しかし、もし生まれればできるだけ早くハディスの門を過ぎ、厚い大地の衣の下に横たわるに若くはない」
 テオグニスはギリシア人が厭世主義者であるその限界まで行きました。それを押しとどめたのはギリシア人中のギリシア人、自身高貴な生まれであり、オリンピアの祝勝歌の詩人、ピンダロスです。「人間は影の夢」である、とピンダロスは言いました。人間、無用の一物、は倦怠も病気も老年もない神々の血筋ではありません。しかし、人間は脆くともまた弱くとも、彼から出て闇に輝く光を持っています。「むろん人間は輝ける天へは登るまい」だが、彼は神々に似たものをもっており、それは青春、美、歌によって不滅にされた美しい行いに他なりません。「希望は醒めた人の夢である」と、ピンダロスは書きました。ギリシア世界で最も人気のあった詩人シモーニデスは、もっとわかりやすく、「達し難いものを得ようとする空しい努力に於いて人間を支持するものは希望であるが、その間に老年や病気や死が彼に追いつく」と言っています。

 ここに歴史が登場してきます。前620年から520年のただ一世紀の間に五つの大帝国ーアッシリア、メディア、バビロニア、リュディア、エジプトーが劇的に印象深く過ぎ去っていきました。ギリシアでも僣主政治の興亡があり、今日の専制君主は明日は亡命者になる時代でした。「人間が安全だと空想したものは彼の破滅への序曲である」。ヘロドトスは事件の自然的原因の背後を眺め、そこに神の手、ネメシス(復讐の女神)の法則を見出します。人生には必ず番狂わせがある、というのが彼の信念です。『歴史』に記されたソロンの挿話を思い出しましょう。七賢人の一人ソロンはアテナイでの法律制定を終えた後、諸国歴訪の旅の途中で王国リュディアを訪れます。壮大な権勢を誇るリュディア王クロイソスは賢者ソロンに、最も幸福な人間は誰かと尋ねます。自分の名が出ると思いきや、ソロンが挙げたのはアテナイの普通の庶民、多くの子を育て、国のために戦死したテロスという男でした。それでは、二番目は、と問うと、名前の出たのはアルゴス生まれの双子の兄弟、病気の母を車にのせて参詣に連れていき、その宮で死んだクレオビスとビトンでした。不服を感じたクロイソスにソロンはつぎのように語ります。

 「クロイソス王よ、あなたは私に人間の運命についてお訊ねでございますが、私は神と申すものが妬み深く、人間を困らすことのお好きなのをよく承知いたしております。人間は長い期間の間には、いろいろと見たくないものも見ねばならず、あいたくないものにもあわねばなりません。人間の一生をかりに70年といたしますと、、、70年間の合計26250日のうち、一日のうちまったく同じことが起こるということはございません。さればクロイソス王よ、人間の生涯はすべてこれ偶然なのでございます。、、、どれほど富裕な者でも結構ずくめで一生を終える運に恵まれぬ限り、その日暮らしの者より幸福な者であるとは決して申せません。、、、こと欠くものが少なく、そして結構な死に方をした者が、王よ、さような人こそ幸福の名をもってよばれてしかるべきと思われます。神様に幸福を垣間みさせてもらった末、一転して奈落に突き落とされた人間はいくらでもいるのでございますから」巻一(松平千秋訳)

 栄華を誇ったクロイソスはその後、ペルシアのキュロス王の軍に捕えられ、巨大な薪の山の上に縛り付けられます。彼は、今まさに火あぶりになろうとするそのときにソロンの言葉「人間は生きているかぎり、なんびとも幸福ではない」という言葉を思い出すのです。この挿話の要点は、幸福な人間とは誰か、ではなく、人は最後のページで人生の真理に目覚めるということなのです。人間は彼自身の真の幸福を知らない。彼の破滅と見えるものが彼の救いであるかも知れぬ。廃王クロイソスは栄華の時には彼に隠されていた智慧を薪の上ではじめて学び、オディプスはスフィンクスの謎を解いた時ではなく、盲目のさすらい人になったときにはじめて人の世の真理を知るのです。

 最後に来るのはエウリーピデスです。生来の女嫌い、陰鬱で気難しく、しかしやさしい心を持った悲劇作家、彼エウリーピデスもまた世界の不都合、人間の無量の苦しみについて考えました。しかし、彼には彼以前の悲劇作者のような宗教的慰めはありません。彼はこう結論します。あわれな人間の生活は、全然運がよくもなければ、全然運がないわけでもない。幸福であり、またやがて不幸である。それは光と闇の交錯であり、季節の如き移り変わり、そして過去の幸福には未来の保証はない。しかも人間は苦しみながら、なお人生を愛する。明日の一日を渇望する。知らざる死に面するよりも、むしろ彼らの知る苦しみを忍ぶことを喜ぶ、と。

 「おお、生を愛する人間よ、無量の苦しみの重荷を担いつつも来るべき日を見んと渇望する人間よ。かくも生の愛は人間の内に横たわる。何となれば我々は生くることは知れども、死ぬることの無経験のために、すべての人はこの日光を去ることを恐るる故に」

 ギリシア人の憂鬱についてのブチャーの結論を紹介しましょう。「天才は憂鬱な気質の人である、というアリストテレスの言葉が本当なら」とブチャーは書いています。「最も高い天分にめぐまれたこの古代の民族が、そうした感情の一脈をそなえていたことは極めて自然である」。しかし、彼らの憂鬱は近代人のそれとは違っています。ギリシア人は憂鬱を見せびらかしたりはしません。その憂鬱は荘重な内気な哀感、心に沁みわたってくる悲哀であり、そこには弱さや女々しい自己陶酔の痕はありません。現世の慰安も未来への希望もないのに、彼はその苛酷な宿命に面し、偉大な思想と行為とによって運命を征服しようとさえします。「近代の世界では、限りなきあこがれと限られた力との間の相克が高い努力を麻痺させがちである。古典的なギリシアの古代に於ては、人間のか弱さの感じが彼の意志の力を高める。哀感と荘厳とはしばしば相隣するのだ」
 『イーリアス』に戻りましょう。ギリシア側の防壁を崩そうとするトロイアの将軍サルペドーンは僚友グラウコスに励ましの言葉をかけます。

 「ああ、友よ、ひとたびこの戦いより遁れたとき、我々が永久に老いず死なずに生き得るなら、おれは陣の先頭で戦いもしなければ、また人を高名にする戦いにお身を送り出しもしないだろう。しかし今はー何故なら確かに千もの死の運命が周囲より我々を囲み、そして誰も遁れさけることはできぬのだからー今はさあ進もう、他の人々に我々が光栄を与えるか、我々に他の人が与えるか」

 千の死の運命に囲まれ(les demons du trepas nous guettent par milliiers,,,)ながらも、人間の暗い運命はここではまさに英雄的行為へと人を振るい立たせる動機そのものとなっているのです。
 

  
 
 

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