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2007年1月31日 (水)

ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』

 子供のいない30歳のマルガリータ・ニコラーエヴナはアルバータ通りに近い瀟洒な邸宅で何不自由ない生活をしていました。夫は科学界の若き権威で、美男で誠実な好人物、しかも妻を熱愛していました。マルガリータは19歳で結婚してから、気に入ったものなら何でも買うことができ、日常生活の煩わしさはすべて召使いに任せて、自由で気ままな生活を送ることができたのです。1930年代のモスクワで、石油コンロに一度も触れたことがなく、共同住宅の辛酸をなめることもない生活とはどれほど恵まれたものだったでしょうか! ところが、マルガリータは幸せではなかった、、、結婚して以来一度も幸せを感じたことはなかったのです。なぜか?その理由は誰にも、彼女自身にもわかりませんでした。ただ、何か名状しがたい炎が彼女の中でたえず燃えていたのです。
 ある日、マルガリータはトヴェルスカヤ通りで、後に彼女が「巨匠」と呼ぶ男と出会いました。彼は独身で、地下室に閉じこもって小説を書いているのですが、たまたま安レストランで食事しようと外出して彼女を見かけたのです。黒いドレスに黄色い花を持ち、異様な孤独の影を抱いたマルガリータに彼は魅了されました。二人はたちまち恋の虜になりました。毎日、巨匠の地下室を訪れるようになったマルガリータは、部屋に入るとまずエプロンをつけ、石油コンロに火をつけて食事の支度を始めます。小説の執筆に疲れた巨匠と二人で焦げたジャガイモの皮をむきながら食べるのです。二人にとって何と幸せな時だったでしょう! マルガリータは書きかけの巨匠の小説を熱心に読み、必ず評判になると太鼓判を押し、作品の完成へと巨匠をせきたてました。彼女はその小説を歌うように大きな声で読み、繰り返し暗記するほど熟読して、この小説こそ私の生きがいだと言うのでした。
 小説はついに脱稿し、巨匠はそれを抱えて文壇にデビューすることになりました。しかし、教条主義的で官僚的なモスクワ文芸協会はその小説を受け入れず、何人もの批評家が雑誌で酷評しました。マルガリータは涙をぼろぼろ流して、酷評したその雑誌を引き裂きました。巨匠は文壇の冷たい仕打ちに絶望して、塞ぎ込むようになり、果ては幻覚やいわれない恐怖に襲われるようになりました。自分は気が狂っていくのだという自覚がさらに彼を絶望させ、マルガリータをこの暗い生活に巻き込まぬようにとの思いから、彼女のいないときに、原稿を燃やし、一人で精神病院に入院してしまうのです。
 巨匠が姿を消したのを知ったときのマルガリータの失意の気持ちはどんなだったかでしょうか。彼女は、燃え残された原稿を大事に抱えて、もとの自分の家に戻り、自分を責め、世間を呪いながら、巨匠の行方を心配して毎日やせ細る思いでした。ある日、きっと何かが起こるに違いないと思って外出すると、クレムリンの城壁の下のベンチで赤毛の男が彼女に話しかけてきたのです。
 「マルガリータ・ニコラーエヴナ」とその男は彼女の名前を知っていました。アゼロラと名乗ったその男は、実は、悪魔の首領ヴォランドの手下で、今、首領と四人の手下でモスクワに滞在しているのだが、年一回催される悪魔の大舞踏会のために女主人役を探しており、マルガリータという名前で当地の女性という条件を満たす百人余りの女性から彼女が選ばれた、と言うのです。彼女は、むろん驚くのですが、同時に巨匠を見つけ出す助けになってもらえるのなら何でもしようと、その申し出を承諾します。
 大舞踏会が始まりました。薄いドレスに包まれてマルガリータは舞踏会の入り口で招待客を笑顔で迎えなければなりません。客は、王妃を毒殺した男、絞首刑になった魔術師など冥界からよみがえった歴史上名だたる極悪な犯罪者たちです。次から次へとやってくる招待客の手を握り、接吻を受け、マルガリータは立っているのさえ辛くなってきました。大勢の招待客の中で覚えているのはフリーダという若い女性のみ、彼女はカフェで働いているときに店の主人に乱暴され妊娠してしまうのですが、生まれたばかりの子を森の中で、その口にハンカチを詰めて殺してしまったのです。冥界で彼女の受けた罰は、目覚めたときに永遠にハンカチが枕元においてあるという残酷なものでした。「私はフリーダと申します、女王様!」と彼女はマルガリータを哀願に満ちた顔で見つめました。
 長い長い舞踏会が終わって、やっとマルガリータは解放され、5人の悪魔とともに打ち上げの食事をしていました。彼女はくたくたに疲れていたが、笑顔を絶やさず、気のいい悪魔たちと楽しく話します。でも、いつまでたってもお礼の話は出ないので、諦めて帰ろうとします。
 「そろそろおいとましなければ、もう遅いですから、、、」
 「もっと、ゆっくりされてもよろしいのでは?」と慇懃に素っ気なくヴォランドが聞きました。他の悪魔たちも知らんふりをしています。
 「いえ、そろそろ。ありがとうございます、閣下」とマルガリータは言いました。舞踏会であれほど尽力したのに、褒美は誰もくれそうもなく、誰も彼女を引き留める者はいないので、彼女はやるせなく寂しい気持ちになりました。「ご機嫌よう、閣下」と口では言ったものの、心の中では《ここを抜け出したら河まで歩いて身投げしよう》と思っていました。
 「もしかしたら、お別れに何か言い残しておきたいことでも?」とヴォランドが聞くと、「いいえ、何もございません」とマルガリータは誇り高く答えました。「ただ、一言、言わせて頂くなら、私がまだお役にたてるようでしたら、なんなりと喜んでいたします。私はちっとも疲れていませんし、舞踏会はとても楽しいものでした」そう云ったマルガリータの目に涙があふれそうになりました。
 「よくぞ、言ってくれた!」とヴォランドが叫びました。「我々はあなたを試してみたのですよ。決して何も他人(ひと)に頼んだりしてはいけません。決して何も、とりわけ自分よりも強い相手には。そうなれば、おのずと相手のほうから手を差し伸べ、相手からすべてを与えてくれることになるのです! 坐りなさい、誇り高い女よ!」そう云うとヴォランドは彼女を坐らせました。「今日、女主人役を務めたお礼として何を所望したい? 舞踏会の間ずっと裸で絞刑者たちに挨拶していた褒美に何をお望みかな? 今はもう遠慮せずに言いなさい、こちらから申し出ているのだから」
 「それでは、ひとつだけ願い事ができるのですね?」
 「ひとつだけ。さあ、願い事を言ってみなさい!」
 「願い事というのは」とマルガリータは再び溜め息をついて答えました。「フリーダの枕元に、彼女が自分の赤ん坊を窒息させたあのハンカチを置かないようにして頂くことです」
 「それは、無理だ」とヴォランドは言いました。「私にはできない。あなたが、やりなさい。ほら、フリーダですよ」そう言うと、ドアが開いて髪を振り乱したフリーダが部屋に入ってきました。「フリーダ!」とマルガリータは叫びました。フリーダはマルガリータに両手を差し伸べたが、マルガリータは厳かに彼女に言いました。
 「お前は許される。もう枕元にハンカチが置かれることはない」。それを聞くとフリーダはわっと泣き出して床に倒れふしました。ヴォランドが片手を振ると、彼女は視界から消えていきました。
 「ありがとうございます、それでは」とマルガリータが立ち去ろうとすると、ヴォランドは彼女を止めて、「今の願い事はなかったことにする、私は何もしなかったのだし。、、、それでは自分のために何を所望します?」
 「今すぐ、私の恋人の巨匠を返して頂きたいのです」とマルガリータは引きつった声で叫びました。その時、一陣の風が吹きこみ、月の明かりが部屋を照らすと、そこに病院服とスリッパをはいた巨匠が現れました。「あなた、、、あなた、、」とマルガリータは抑えていた涙をどっと流して巨匠を抱きしめました。
 やつれ果てていた巨匠は悪魔の葡萄酒のおかげで何とか健康を回復しました。
 「ところで、あなたはどんな小説を書いたのですか?」と、落ち着いたあとでヴォランドは訊ねました。
 「ポンティオ・ピラトについての小説です」巨匠がそう云うと、ヴォランドは笑い出しました。「その小説を見せて頂けませんか?」「もう、ありません。暖炉で焼いてしまったものですから、、」「失礼ですが、信じられませんね」とヴォランドは言いました。「原稿は決して燃えません」そして、すぐ横から原稿の厚い束を取り出しました。

 「原稿は決して燃えない」というのが、この物語の中の最も有名な言葉です。ミハイル・ブルガーコフ(1891~1940)はスターリン治下の最悪の時代に、腎硬化症の苦しみに耐えながら、晩年の10年間をこの小説に捧げました。発表はむろん望むべくもなく、しかし、いつかは小説が日の目を見ることを信じて48歳で亡くなりました。残された妻(マルガリータは彼女がモデルになっています)はその原稿を秘匿し、ついに26年後の1966年に刊行されるや、直ちに20世紀を代表する傑作の一つと呼ばれることになったのです。
 『巨匠とマルガリータ』(2006郁朋社・中田恭訳)は、権力と個人、愛と永遠、神と世界の壮大な構図を描きながら、その破天荒なファンタジーの姿を借りて、しかし、圧倒的な透明さが全編を覆います。エルサレムを舞台にした巨匠の小説はモスクワを舞台にした本編の間に挟まり、最後にイエス・キリストによって読まれ、巨匠とマルガリータには永遠の幸福が約束されます。現実のみじめさに比べ、ヴォランドたち悪魔の仲間のなんと楽しいことでしょう。マルガリータの愛の何と強烈なことでしょう。人生のトランプは何とよく切られていることでしょう!
 

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