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2006年10月20日 (金)

ファン・フーリック『古代中国の性生活』(2)

 中国では、しばしば、家長が家の経営について子孫に書き残す秘密の家訓というものが存在しました。偶然その断片が残されたある家訓には次のようなことが記されています。
「街の東に若くて元気な、恰幅のいい男あり、その妻たちは朝から晩までいがみあい、彼のことばに耳をかさない。街の西に腰を曲げて歩く半白の髭の老人あり、妻たちは最善を尽くしてすなおに彼に仕える。これはどう説明したらよいか? その答えは、後者は房内術の微妙な極意を得ており、前者にはそれがないということである」
 古代中国の中上流家庭では夫は複数の夫人あるいは複数の妾を持つのが普通でした。文化的な古代中国では、妻や妾は法や慣習によって一定の地位と個別の権利を有していたので、家長たる男性はそれらの権利を尊重し、経済的扶養だけでなく、それぞれの好みや弱点についての配慮、婦人同士の関係への気配りなど、より微妙な分野にわたる配慮を求められます。もし彼がこの配慮を怠れば、家庭は混乱し、男としての信望を失い、役人ならば地位をなくし、商人ならば信用を失うでしょう。自分の家庭すら整然と保てない人間が責任ある地位を全うできる筈がないからです。フーリックの有名な推理小説のシリーズの主人公ディー判事(七世紀の実在の人物をモデルにしています)は殺人事件で出張のときも、家に残した三人の夫人への土産物に心を悩ませます。各々の好みを配慮し、しかも平等に贈らねばならないからです。
 ここに性の手引書が長い間あらゆる階層の人々に読まれてきた理由があるのです。これなくしては男性が家を保つのは不可能だった、とフーリックは書いています。それら手引書は、性愛の諸位相はむろんのこと、婦人への思いやり、生活の中で彼女たちが抱える問題に精通することを男たちに教えたのです。そのような手引書は一般に、黄帝が天老あるいは素女に教えてもらうという対話形式で書かれています。素女とはもと音楽に巧みな伝説の女性で、あるとき彼女が五十弦の琴を弾いた時、その音にあまりに心を動かされた黄帝はこの楽器が人類に危険すぎると判断し、二十五弦の小ぶりの琴に分割したということです。『素女経』から引用してみましょう。インポテンツに陥った黄帝が素女に相談します。
 「黄帝いわく、今強いて交接せんとするに玉茎不起、面慙(は)じ意羞じ汗珠子(たま)の如し、心情貪欲、強いて手を以て助く、そんな時どうしたらよいか教えられたい。素女いわく、陛下のお尋ねは誰しもの悩みです。人が交わろうとするときは踏むべき手順があります。何よりまず男は自分の気持ちを女の気分と調和させること、そうすれば玉茎は起ちます」
 他の大文明は滅びたのになぜ中国文明だけが生き残ったのか、この謎にフーリックは男性原理と女性原理の均衡と調和にあると断言します。男性の陽と女性の陰が同じ力で溶け合ったとき、神秘的で永続的な力が発揮されます。儒教徒にとっては子孫を生み、そうすることで自らが祭られ永遠の生命を得ること、道教徒にとっては限りない女性のエキスを男性が受けることによって此の世の長生を得ることが約束されるのです。手引書は常に調和について言及します。男性の快楽と健康(性は健康の源であるといわれています)は女性の快楽と健康に依存し、また索引もするのです。よって、性行為の際は男女ともに相手の気分の変化を読み取ることができねばならず、まず「和志」(気分を調和させる)に始まって、「臨御」(予備のたわむれ)「五微」(女性の五つの徴候)、「四至」(男根の四つの状態)「九気」(女性の九つの気分)などと進んでいきます。秘技として紹介されるのは「九浅一深の法」などですが、なにより基本の複数の形を飽きずに組み合わせて用いることが肝要とされます。古代中国において何より特異なのは留保性交の奨励でしょう。男性は射精せずに精力を蓄えるのをよしとします。これはまず一夫多妻制により一晩に複数の女性を相手にしなければならないという必要もあるのですが、なにより女性の陰は無尽蔵にあるが、男性の陽は限られているという考えに拠っているのです。
 最後に同性愛について書きましょう。女性の精は限りないと思われていたので女性同士の愛情は肯定され、むしろ気分転換の意味合いで奨励されもします。しかし、男性の精力の無駄遣いである男性同性愛は禁じられないまでも反社会的なものとみなされたようです。しかし、この分野でも古代中国文化はいくつかの美しい実例を挙げています。
 「前漢王朝最後の皇帝哀帝(前6ー1在位)には多くの寵童がいたが、その中で最も知られているのがあの董賢(とうけん)である。かつて帝が董賢と寝台を共にしていた折、董賢は帝の袖のたもとを下に眠り込んでしまった。謁見のため呼ばれた時、帝は董賢の眠りを妨げるにしのびず、剣をとって袖を断った。そのゆえに断袖(だんしゅう)という語は男の同性愛を指す文学的表現となったのである」
 袖を断つほどの深い情愛をそそぐ相手が、美女でもなく、幼児でも子猫でもなく、男性でなければならなかったというのは、深く感動させるものがあるのです。
 

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