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2006年10月14日 (土)

ファン・フーリック『古代中国の性生活』(1)

  後漢の天文学者であり、剛直な行政官、そして詩人であった張衡(76~139)は祝婚歌として、花嫁がその夫にあてた詩を書いています。
  あなたに運よくめぐり会うことを得て
  私はここにあなたの閨房に入りました
  あなたは初めての交わりをしたがるけれど
  私はまるで探湯(くがたち)をするようでこわいのです
  不才ながらできるだけやってみましょう
  妃の務めを果たすようにー
  食事のお世話に心を配りましょう
  うやうやしく先祖の供養のお手伝いをいたしましょう
  あなたのお床の敷物になりたいのです
  堅いベッドをおおうために
  絹の衾(ふすま)と天蓋になりたいのです
  乾燥と寒気からお守りするために
  枕と敷物を掃き清め
  爐には珍しい香をたきました
  さあ二重の扉に金のかけがねをおろしましょう
  灯をともして私たちのへやを光で満たしましょう
  私はきものを脱ぎ紅白粉をおとし
  枕辺に絵巻物をのべます
  素女(そじょ)を私の導き手とするならば
  私たちはありとあらゆる形をおこなうことができましょう
  そこらの夫はめったに見たこともない
  天老が黄帝にお教えなすったようなー
  この初夜の喜びにならぶものがありましょうか
  これは忘れられますまい どんなに年をとったとて
               (『玉臺新詠』巻一)
 この詩には中国人の性への関わりについて実に多くのことが語られています。
 古代中国では西洋ほど支配階級と非支配階級の差はなかったようです。どちらの結婚も族外結婚が厳密に守られ、特に上流階級では同姓との結婚は禁じられていました。下層階級の結婚は「奔」といわれ、遭遇を意味するこの言葉は村の祭りでの偶然の出会いから結婚に発展することが多いことを教えています。上流階級の結婚は「婚」と呼ばれ、黄昏(たそがれ)を意味するこの謎めいた言葉は、儀式や床入りが夕方すぎに行われることを示唆しているのかも知れません。張衡の詩はむろん裕福な家庭について詠んだもので、このクラスの結婚はほとんど仲人が取り持ちます。仲人は親族関係、財産、花嫁の身持ちなどを慎重に調べて婚約を組み立てます。どちらかに不満があると流血の事態に発展しかねません。花婿はあひるを持って花嫁の家を訪れ(なぜあひるなのかは解明されていません)、花嫁を連れて今度は自分の両親に紹介します。花嫁は三日後に一度実家に戻り、それ以後は決して実家に帰ることはできません。基本的に大人数で構成される中国の家庭に、全くひとりぼっちの花嫁が放り込まれるのですが、夫は両親および祖父母への服従が当然とされて、決して花嫁の肩を持つことはありません。しかし、二度と実家に戻れない、ということはそれゆえに周囲のやさしい心づかいを誘うようです。悲劇に陥ることもまれにあるが、大体は順調に新しい世界に馴染んでいき、もし男子を出産すれば、妻の座は揺るがぬものとなります。
 さて、閨房に入ってみましょう。中国の寝台はゆうに小部屋ほどの広さがあり、その上に鏡台、化粧道具入れ、着物掛けなどが置かれ、四方から帳をおろすことができます。閨房の外では夫と妻の肉体的接触は禁じられており、また妻は完全に夫に従属すべきものとされていますが、閨房に入ると立場は逆転します。妻は夫を導き、夫は妻を性的に満足させる義務を負います。(五日に一度の交わりが義務づけられ、七十歳になるとはじめてその義務から解放され、夫婦は同じ箪笥に衣類をしまうことができます)夫婦の性生活は祖先を敬うと同様神聖な儀式であり、それゆえ秘め事とされます。全般的に考えて、中国では病的な異常性や倒錯が少なく、西欧に比べて健全であり得たのは、性行為の神聖さの認識によるものであろうとフーリックは書いています。性は罪であり、女性もまた罪人である、という思想ほど中国に無縁のものはありません。男が女より上なのは、天が地より上と同じことで、質的に優っているからではありません。古代中国が性的抑圧を可能な限り抑えられたとしたら、この男と女の調和の微妙なバランスが作用したに違いありません。
 むろん、夫婦仲が良くない場合、正当な理由があれば夫が一方的に離縁することも生じました。しかし、中国のような高度に文明化された社会では、さまざまな慣習法や実定法により女性の権利はある程度守られていたし、また複雑に洗練化された人間関係は男女相互の思いやりを当然のこととしていたようです。張衡の詩のように、中国では男性の詩人が女性の気持ちを代わって詠むという形式が非常に多く、これもその表れであろうと云われています。(女性に文盲が多かった、という事実もむろんあります)。ファン・フーリック『古代中国の性生活』(1988せりか書房・松平いを子訳ー名訳です)はさまざまな夫婦の形を挙げて興味がつきません。『春秋』昭公28年の項に記されている例は美しい女性と結婚したある容貌醜い高官の場合です。三年間というもの、妻は夫と話をすることを拒みました。やがてある日、彼が妻を馬車に乗せて湖に行き、そこで彼が雉子を射当てた時、彼の妻ははじめて笑って彼に話しかけた、ということです。
 「素女」や天老・黄帝の記した性の手引書とその内容については(2)で紹介します。

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