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2006年9月 7日 (木)

ブールジェ『現代心理論集』(2)ボードレール

 「十七歳で『悪の華』を読むことは、それまで未知であったさまざまな感覚の一世界に踏み込むことである」と、ポール・ブールジェは書いています。

 汝は、匕首の閃くごとく、わが愁いし心に突き入りぬ、、、(「吸血鬼」)

 汝、淑やかなりとて何かあらん!
 ただ美しくあれ哀しくあれ、、、(「悲しき恋歌」)

 われは汝を夜の穹窿(そら)のごとく讃う、
 ああ、悲哀(かなしみ)の満てる甕よ、丈長の物言わぬ女よ、、、(「作品24」)

 このような詩句に誘われて、危険な好奇心はさまざまな夢想に落ちていきます。「魂の育成者としては、ボードレールよりももっと厳正で適切な教訓をたれる人がいる」とブールジェは言います。「しかし、ボードレールほど暗示的で、かつ一層魅惑的な育成者はいない」ブールジェが『現代心理論集』を発表した1883年は、ボードレールの死(1867)からそれほど時が経っていず、彼の評価はまだ賛否半ばしていました。その後、年を追うごとに彼の評価は高まり、ヴァレリーが「ボードレールは今や光栄の絶頂にあります」という有名な言葉を発したのは1924年でした。ヴァレリーはその講演で、マラルメやヴェルレーヌやランボーも決定的な年頃に繙いた『悪の華』の読書がなかったとしたら、あのような詩人にはならなかったであろう、と言っています。

 ブールジェは、まず、ボードレールの恋愛についての特殊な概念について説明します。ボードレールは恋愛詩においては同時に神秘家であり、放蕩者であり、分析者であるというのです。この三者は個別に競い合っているのでなく、ボードレールの中で神秘的で官能的で知的な恋愛の概念は三重の労苦のように渾然と一体になっているのです。

 聖母(マドンナ)よ、いとしき人よ、
 おんみのためにわが苦悩の底に、
 地下の祭壇を築かん、、、  (「聖母に」)

 大部分のボードレールの詩には、カトリックの儀式の背景とパリの悪徳の背景がそっくりある、とブールジェは書きます。彼は教会の聖体顕示台の上に娼婦部屋の臭気を、色褪せた白塗りの売女の顔に霊化された光を見出します。このような態度の底には、失われた幸福を悲しむ哀惜とか遠い幸福をこい願う詠嘆ではなくて、救うすべのない虚無感、存在に向っての決定的な呪詛があるというのです。
 「この人間はカトリックの教育を受けた。そして霊的実在の世界が彼に啓示された。多くの人々にはこの啓示はとるにたりないものである。しかし、神秘的な魂にとってはそうはいかない。ボードレールの魂はそのようなものであった。この魂は神を見ていたのだ、、、この魂にとって神は言葉でもなく象徴でもなく抽象でもなく、魂がもろともに暮らすある存在であった。その感動はあまりに甘美で強烈であったので、それが去ってしまうと、もはやそれほど強烈でない代替物の容れる余地を残さなかった、、、彼がどれほど侮蔑をもって『人類』や『進歩』を自己の神とみる二流の信者どもを罵倒したか知るべきである」「とすれば、彼のうちに残っている彼岸への憧憬に応える具体的『理想』を探し求めてもしようのないこの世界に対して、彼が空虚な感じに打たれるほど自然なことがまたとあろうか」

 確かに俺は出ていかう、行為と夢とが兄弟に
 なれないようなこの世から、俺としたらばいさぎよく、、
                (「聖ペテロの非認」鈴木信太郎訳)
 
 そこで、この空虚を満たし、あるいは欺くために、昂奮剤の猛烈な探求となります。また、「いずこにか世界の外へ」any where out of the world の魂の逃避を賛美したすべての作家たち、プロクロス、エドガー・ポー、デ・クインシーなどハシッシュのように昂奮させ非現実へ誘う書物に耽溺することになったのです、、、。

 ブールジェはさらにボードレールにおけるデカダンスの精神を指摘します。デカダンスdecadence とは、もともとローマ帝国の「衰亡」を表すのに使われた言葉で、ブールジェの『現代心理論集』におけるそれは文学のある傾向を説明するのに使われた最も早い例の一つです。ローマでは、その興隆期には、他の部族との闘いのために、健康な子供を多く生み、多数の優秀な兵士を作り出すことが市民の義務であり、またそれが社会一般の美徳の規準を決めていたのです。ところが、市民が裕福な暮らしに慣れてくると、ほとんど子供を生まなくなり、親としての苦労を避け、子供も兵営生活の粗野を嫌います。快楽への理解、萎縮した思考、繊細な懐疑、移り気なディレッタンティズム、それがローマ帝国の社会的創傷でした。デカダンスに反対する論拠は、デカダンスが明日を持たないということと、蛮族に滅ぼされるということですが、高邁な精神は暴虐なマケドニアの勝利よりも頽廃したアテネの敗北を選ぶでしょう。そして、ボードレールこそは、デカダンス(頽廃期)の中にあって、自分がデカダンと宣言し、自分の生涯のすべてを自己の快楽と自己の表現の探求にかけた人間でした。
 ボードレールは二つの志を持っていた(と私は思います)、ひとつは自分のやむにやまれず描き出す言葉と世界がパスカルが企てたように人間と社会の運命を含むすべての領域まで到達可能であるということ、そしてそれゆえに時代を越えて、さらに次の時代へも生き延びるだろうことです。ヴァレリーは次のように言っています。青年ボードレールは自分の虚弱な体質と病気から考えて、自己を完成し、後世に名を残すためにはおよそ20年の歳月しか残されていないのを知っていた、と。そして、ここから彼の悲惨な生涯の凄まじさが想像されうるのです。アンリ・トロワイヤ『ボードレール伝』(2003水声社・沓掛良彦・中島淑恵訳)によると死ぬ一年前、安ホテルを渡り歩いていたボードレールと偶然出会った友人が彼を自分のアパルトマンに泊めると、なかなか眠れずに寝返りを繰り返していた彼はやおら立ち上がって計算を始め、大声で、韻文詩、散文詩、翻訳、新聞雑誌への寄稿など自分の生涯の全収入は15892フラン60サンティームだった、と叫びました。友人、カトゥル・マンデスはそれを聞いて、同情と憤りで胸が熱くなりました。人気作家がメロドラマで大金を稼いでいるのに、この偉大な詩人、手厳しく繊細な思想家、完璧な芸術家は、労多き26年の文筆生活で、一日にわずか1フラン70サンティームしか稼ぎだしていなかったのです!シャルル・ボードレール(1821~1867)はベルギーのサン・ルイ教会で倒れ、8月31日パリで死亡。雷雨の中、ごく少数の会葬者に見守られてモンパルナス墓地に埋葬されました。
 

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