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2006年8月 6日 (日)

サマセット・モーム『ドン・フェルナンドの酒場で』

 初めてグラナダを訪れた24歳の青年は、着いた日の夜、夕食をすましてから、興奮してじっとしていられず、町に降りて行きました。若気の至りで町の娼家に入り込み、一人の娘を選びましたが、彼女はスペインの昔の小説に出てくるヒロインのように緑色の瞳をしていました。しかし、服を脱ぐと、まだ子供らしい体つきで、尋ねると13歳とのことです。「どうしてこんなところに来た?」と聞くと、「アンブレ(飢え)」とだけ答えました。感受性の強い青年は、この悲劇的な言葉に胸を打たれて、金を与えると、また着物を着るように言い、情熱も消えはて、ゆっくりと丘を登って寝床に入ったのです。
 この青年こそ、ロンドンの病院での5年間のインターン生活から解放されて、自由にスペインの旅を始めた頃のサマセット・モームでした。「私はこの国を歩きまわった。そして、初めて見る光景のすべてに感激した」と彼は書いています。まず、彼を捉えたのは、スペイン語の華麗なまでの簡潔さ、平易な言葉に秘められた力と繊細さでした。hambre という、その言葉にはスペインの悲劇性のすべてがこめられています。スペインは、世界の半分を征服していた時でさえ、つねに飢えていました。不安な心は、満腹と眠りのためのベッドが得られないために、彼らを絶えず向こう見ずな冒険に駆り立てたのです。ピカレスク小説の傑作『ラサリリョ・デ・トルメスの生涯』に出てくる立派な騎士、剣を腰帯に差し、威厳ある外套と胴着を着け、街路を堂々たる身振りで歩く騎士が、二日前から何も口に入れていないなどと誰が信じることができるでしょうか。名誉心は貧しさや飢えに打ち勝つのです。ゆえに『ドン・キホーテ』は、その高邁な理想主義と卑俗な物質主義ゆえにスペインの一典型となったのです。
 W.S.モーム(1874~1965)の『ドン・フェルナンドの酒場で』(2006原書房・増田義郎訳)はモームのスペイン賛美の書です。セヴィリアの定宿の近くにあるドン・フェルナンドの酒場、そこでモームは主人のドン・フェルナンドから羊皮紙で装丁された一冊の小さな本を買わされます。それは1586年に刊行されたイグナティウス・ロヨラの伝記で、そこからこの素晴らしいエッセイは始まります。27歳で、それまでの放蕩の生活から神への献身の生へと転身したロヨラは、『霊操』という画期的な書物を著しました。彼はそこで、すべてを瞑想によって体験し、不安定でとりとめのなく片意地な人間の魂を統御する方法について教えています。「すべてのものの最後の瞑想は愛についての瞑想だということは驚きである」とモームは言っています。そこから、モームの書物は神秘主義の深遠な領域に入るかと思うと、そうではなく、あちこちとさまよい、ローペ・デ・ベガの巧妙な戯曲群とその華麗で敬虔な生涯について詳述し、カルデロンの有名な『サラメアの村長』を紹介し、あの解説不可能なエル・グレコの偉大な作品を逍遥し、今度はなんとバレンシア風米料理(アンダルシアではパエリアと呼ばれる)の信じられない美味しさについて語ります。「世界はひどい所だ。しかし、慈悲深い神は、人間の哀れな運命を和らげるため、時たま安らぎをお与えくださる」それがパエリアなのです。時間をかけて料理されるパエリアはそれほど美味しいのです!
 あちこちさまよいながら、しかし、モームの筆は次第に本質に迫ってきます。サンティアゴ・デ・コンポステーラの街路はせまく、何世代にもわたって踏みならされ、すりへった石で舗装され、その道が上がったり下がったり、曲がりくねったりしています。しかし、つまるところすべての道は、何世紀にもわたり無数の巡礼者たちの終着点であったあの完全な美しさを持った大聖堂に通じています。それはゆっくりと次第に心を捉える魅力ではなく、嵐のようにいきなり人の心をつかみます。そのサンティアゴ・デ・コンポステーラの町と壮麗な大聖堂のようにモームの書物は寄り道をくいながらも「スペインの神秘主義ーサンタ・テレサとルイス・デ・レオン」の章に収斂していきます。
 スペインで長く山を見ずにいることはできません。山は人の面前に、荒涼としてものさびしく、厳しい姿を見せます。雪の衣をまとったシェラ・ネバダの近づきがたい姿、しかし、明け方や日暮れには、この世のものとも思えぬ美しい色に彩られて輝きます。そのように、俗世の雑踏にどっぷり浸かっているようにみえる情熱的な多くの人々の、意識の閾のすぐ下に、われわれの人間的なものすべてが抵抗する異様な魅力をそなえた神秘主義が潜んでいるのです。人間のこれまでの科学的知識の最も深いものも、この巨大な神秘を説明しうるほど大きくはありません。神秘的体験とは、宇宙のより大きな自覚、自我がより大きな自我にとけこむ体験であり、生命力の奔流、力の感覚、深奥の真理がわが手中にあるという感覚です。それは陶酔に他なりません。サンタ・テレサの著作は、退屈さとはほど遠く、それは彼女の生き生きとした性格、魅力的で、元気できっぱりとした性格の表れなのですが、彼女は陶酔の体験もそれが実生活を豊かにすることでその価値があると語っています。彼女はスペイン中を歩き、32の修道院を建設しました。修道士であり、スペイン散文の巨匠といわれるルイス・デ・レオンを思い出しましょう。サラマンカ大学には、まだ彼の講義した教室が残っています。ルイス・デ・レオンは喧嘩っ早く、粗野で、気性が激しい男でしたが、小さい子供にはたいへん優しく、愚者と偽善者を嫌い、不正とたたかうためにはどんな危険も怖れませんでした。異端審問所の牢獄で四年間をすごした後、彼は人々の熱狂の中をサラマンカに帰ってきました。彼は神秘的体験を一度も体験したことのない神秘主義者です。恍惚の状態に憧れながら、俗世の忙しさがそれを彼に許さなかったのでした。「愛することなしに生きることはできない No  se  puede  vivir   sin  amar.  という彼の言葉は心に迫る悲劇的意味を持っている」とモームは書いています。  スペインは何も、芸術も、科学も、政治も発明しませんでした。彼らの卓越性は、自分自身を越えようとする信念、その性格にあったのです。この力強い民族のエネルギーのすべては人間の創造に向けられ、人間こそ彼らの作品であったのです。

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