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2006年4月17日 (月)

ウォルター・ペイター『ルネサンス』

 世に名著というものは数多いが、ウォルター・ペイター(1839~1893)の『ルネサンス』(1873作・2002筑摩書房ウォルター・ペイター全集1・富士川義之訳)ほどその名に相応しいものはありません。「すべての芸術は音楽の状態に憧れる」という有名な言葉、また「千年にわたる男たちの欲望の対象」であった『モナ・リザ』への賛美、「宝石のような焔で絶えず燃えよ」という「結論」の言葉など、、、オスカー・ワイルドが「黄金の書」と呼んだこのような本を先入観なしに読めというのは全く無理なことでしょう。しかし、この本を読む者は、ことさら身構えて読む者も、また虚心に読む者も、長い時を経て再び頁を繰る者も、たとえば春の冷たい雨の音を聴きながら静かな部屋で、アールグレイの紅茶を飲みながら読む至福の時を存分に楽しむことができるに違いありません。
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 サンドロ・ボッティチェルリの「マニフィカートの聖母」を思い出しましょう。物憂い顔の聖母は、天上を見る幼子イエスを膝に抱きながら、イエスにも天上の光輝にも興味を示さず、眠たげにペンを手に持っています。天使たちは彼女を励まして、ノートに彼女を賛美する言葉を書かそうとするのですが、力無い聖母の手からはペンが落ちんばかりになっています。彼女は「すべての民の願い」である幼児イエスを抱いているのですが、イエスの敬虔で可愛げのない表情は彼が決して誰からも本当に愛されない存在であることを表しています。彼女自身は神にも別のものにもくみせず、本当の思いは粗末な家で待つ彼女の本当の子どもたち、貧しくつつましい、日曜だけ白い襟のついた洋服を着て教会へ行く不器量な子どもたちの方へ飛んでいるのです、、、。ダンテが天国にも地獄にも値しないと決めつけた優柔不断の人々をボッティチェルリは受け入れた、とペイターは書いています。フラ・アンジェリコの天上の善良さも、オルカーニャの地獄の邪悪さも持ち合わせず、いつも不安定な悩みを抱え、時おり情熱に突き動かされ、大いなるものにおびえながら、自分には何かすばらしいものが潜んでいると考えている、そうした人間への共感こそボッティチェルリの徳性であった、と。
 ミケランジェロの生涯には絶えず不協和音が鳴りひびいていました。ローマの町を「まるで死刑執行人のように歩く」彼をラファエロは目撃しています。ある時は餓死しようとして部屋に閉じこもり、ある時は「私が味合う甘味はすべて苦い」par che amaro ogni mio dolce ie senta と書いたりしました。しかし、彼は長命を得、隠れていた優しさが徐々に表に出てきたのです。彼は事物をありのままに見ようとします。フィレンツェ人はみな死にとりつかれていたが、彼はダンテのように不死を叫ぶのではなく、冷静に、むしろ愛情をもってあわれみの気持ちで死を見つめようとします。ピエタ(あわれみ)はミケランジェロの偏愛した主題で、いくつかの彫像のほかにたくさんのスケッチも残されていますが、彼はそこで、神々しい悲しみをではなく、異教的で普遍的な、すべての母親が死んだ子に抱く希望のない哀しみを表そうとしました。サン・ピエトロ大聖堂の「ピエタ」は、硬直した四肢を抱え、子への憐れみと死に対する畏怖に襲われた一人の若い母親を描いているにすぎません。
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 ペイターは『ルネサンス』のはじめに、古いフランスの物語二篇を置いていますが、それがこの本の基調をよく表しています。一つは「オーカッサンとニコレット」で、立原道造が愛したことで知られるこの物語は、サラセン人の血を引く奴隷の娘ニコレットが、大貴族の息子オーカッサンと苦難の末結ばれるという情熱恋愛の書です。オーカッサンの父親は、息子が奴隷の子と結婚することを防ぐため、二人を別々の塔に軟禁します。恋人に会いたい一心でニコレットはシーツやタオルをより合わせてロープを作り、それをつたって塔から脱出しオーカッサンのもとへ走ります。この物語の最も高名な箇所は、異教の女と結婚すると地獄に堕ちるぞ、と脅されたオーカッサンが、「老いた僧侶と天国へ上るよりも、ニコレットとともに地獄に落ちたい」と答える場面ですが、十二世紀末の人たちにとってはこのような情熱の解放は何と新鮮な響きをもっていたことでしょうか。「中世における理性と想像力の急激な出現、心の自由の確認、それを私は中世のルネサンスと名付けたのだが」とペイターは書いています。「その最も強烈な特徴の一つは、時代の道徳的、宗教的理念に対する反逆や反抗の精神である。、、『オーカッサンとニコレット』には、この精神のおそらく最も高名な表現が含まれている」
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 しかし、ペイター自身は情熱を開示することなく、生涯の大半を手入れのいきとどいた簡素な部屋、折り目正しい人々との交際の裡に過ごしました。マリオ・プラーツは『肉体と死と悪魔』(1986国書刊行会・倉智恒夫他訳)の中で、「真率な態度、宗教的感覚、ほとんど苦行者」のようなペイターが、常に死と凋落のイメージにつきまとわれていた、と書いています。しかし、ペイターにはスウィンバーンやワイルドのようなスキャンダルもヴィンケルマンのような痴情のからんだ最期もありません。ワーズワースの「ルーシー詩編」やラスキンなどに見られる少女趣味にも全く無縁です。ペイターの男性美への賛美には、肉感的というより、なにか友情を求めて、という趣があります。彼が「古いフランスの物語二篇」のもう一つに「アミとアミルの友情物語」を置いたのもゆえなしとしません。アミとアミルはローマで同じ日に教皇から洗礼を施され、その時、木製の子供用の小さな杯を記念にもらいました。成人した後、ある危急の折に、アミはアミルに代って生死をかけた試合を引き受けます。その後、癩病になったアミは妻からも見放され、古い友人のアミルを頼ろうと彼の屋敷を訪れます。応対に出たアミルの家の召使いは、アミが主人と同じ木の小さな杯を持っているのに気づき、主人にそのことを報告します。驚いたアミルは走って出て、自分を死から救ってくれた旧友を美しいベッドに寝かせ、いつまでもこの家にいるようにと言いました。ある夜、アミの夢の中に天使ラファエロがあらわれてきます。天使は彼に、アミルの子どもたちの首を切り落とし、その血で体を洗えば癩病は癒される、と告げます。アミはその夢をアミルに話しますが、アミルはその非道な話に絶句します。しかし、アミが危険もものともせず自分の命を救ってくれたことを思い出し、刀を持って子供部屋に入ります。嬉しがって寄ってくる子どもたちを抱きしめ、アミルは泣きながらその子らの首をはねます。流れ落ちる血を皿にうけて、友のところにかえり、その血で洗うと、アミの体は輝くもとの姿に戻りました。アミルはアミの手をとり、教会に感謝の祈りにいきます。家に帰り、子どもらを弔おうと子供部屋に入ると、二人の子は飛び回ってはしゃいでいます。首には赤い糸のような線が残っているだけでした。
 「木製の子ども用の杯」は、ここでは、アミルがアミを識別する重要な鍵となっています。『オセロ』の中の苺模様のハンカチのように、人生の決定的なことが些細なものによって左右されるということ、これ以上に美的なことはないでしょう。

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