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2006年2月18日 (土)

アラルコン『割符帳』

 19世紀スペインを代表する作家の一人、ペドロ・アントニオ・デ・アラルコン(1833~1891)の長編『醜聞』Escandaro (1875) は魂を揺り動かす小説です。これを読むと、東洋に布教に来て従容として死に就いた宣教師たちの心持ちが少しはわかるような気がします。宗教小説であるとともに感動的な3人の青年の友情の物語でもあるこの小説は、しかし、その劇的な構成の故にここで中途半端な要約はできません。そのかわりとして『三角帽子』(1939岩波文庫・会田由訳)所収の軽妙な短編『割符帳』を紹介しましょう。
 カディス湾をめぐる広い半円形の上にある田舎町ロータは良質のトマトと南瓜で有名です。耕作地はほとんど砂地ながら、農夫の忍耐強い努力によって施肥され、どこにも負けない菜園を形作っていました。その農夫たちの一人、ブスカベアタ爺さんは今年もオレンジ色に色づいた大きな南瓜を前に複雑な気持ちでした。というのも、手塩にかけて育てた40個の南瓜をついに明日出荷することに決意したからです。爺さんは南瓜の一つ一つに名前をつけて雨の日も風の日も大事に面倒を見てきました。それは最愛の娘を縁付けようとする父親の気持ち、いやそれ以上だったでしょう。爺さんはカディスの市場に出す前の晩、ため息をつきながら殆どまんじりともしませんでした。
 ですから、翌朝、畑に行って、夜の間に40個の南瓜がすっかり盗まれているのを発見したときの爺さんの驚きと怒りと落胆は想像に余るものがあったのです。呪いの言葉を吐いた後、ブスカベアタ爺さんは冷静に熟考しました。盗まれた南瓜は必ずカディスの市場に出されるに違いない、盗人は夜12時の荷船に南瓜をのせてずらかったのだ、それなら朝九時の快速船に乗ってカディスの市場にいとしい娘っ子たちをとりもどしに行こう。計画は直ちに実行に移され、爺さんは朝10時にカディスの市場に到着しました。ほどなく爺さんは巡査を引き連れて、とある青物店の前に立って、「旦那、この南瓜はおらのでごぜえます。こん畜生をひっとらえて下され」と言って小売り商人を指差しました。「これは、おらのもんだ、おらがロータのフラーノ父つあんから買ったんだ」と小売商は反論しました。騒ぎが大きくなって、人が集まり始め、公設市場の食料監査官も顔を見せました。監査官はブスカベアタ爺さんに「しかし、こいつらが真実きみの南瓜であると誰が証明するのかね」とただしました。爺さんは「だって旦那、もし旦那が娘御を持っていなさったら、その顔を忘れることはできっこねえでしょう。ほら、これがマヌエラ、これがカチゴルデータ、こいつがコロラディリャよ、、」「しかし、きみ」と監査官は言いました。「法律というものは確かな証拠がなければいかんのだよ」
 ちょうど、そのとき、「フラーノ父つあん、ちょうどよいところに来なさった」と小売商が野次馬の中から目ざとく見つけて声をかけました。フラーノ父つあんは青くなって逃げようとしましたが、監査官に止められると、今度は開き直ってブスカベアタ爺さんに、「こいつらはおれの畑でおれが作ったもんだ、もしお前の訴えが証明できんものだったら、また出来るはずもないが、名誉毀損で牢屋にぶちこんでやらあ」とたんかをきりました。ブスカベアタ爺さんは、それを聞くと、地面にどっかと腰を落として、今まで手に握っていた布の包みをほどきはじめました。監査官はじめ皆が爺さんのその包みに注目しました。「まあ、見てるがいいだ」と爺さんは包みをほどきおわると、その中から、まだ緑色をしたたくさんの南瓜の蔕(へた)をとりだしました。「これはバルリゴーナの、ほらぴったりだ」と爺さんはその蔕を一つ一つ南瓜のもがれた白い穴に差し込んでいきます。それらは割符帳のようにぴったり穴にあっていたのです。監査官も野次馬もおもしろがって40個の南瓜の穴にジグソーパズルをうめるように爺さんの手伝いをしていきました。フラーノ父つあんは逮捕され、ブスカベアタ爺さんは代金をもらって意気揚々と帰りの船に乗りました。船中で爺さんは「マヌエラだけは残しておくんだった」とつぶやいていたということです。

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コメント

はじめまして。毎日少しづつ拝見しております。(一度に何編も読むのは勿体無い!)万巻の書のかしこに潜む、人生の意味という謎を解く鍵、いや割符帳をあざやかに取り出して見せてくださる手腕。恐れ入ります。愛読させてくださいませ。

投稿: brusque | 2006年5月 4日 (木) 23時45分

brusqueさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。拙い記事を書き続けていくことに自己嫌悪を感じたりもするので、一人でも愛読されている方がいると本当に感激します。百近くの記事を書いてきましたが、納得できるほどのものはとても少ないです。コメントを頂けることがとてもまれなので、本当にありがとうございます。これ以上の励みはありません。
それでは、どうぞお元気で。

投稿: saiki | 2006年5月 5日 (金) 22時45分

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