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2006年1月12日 (木)

シュティフター『水晶』

 アーダルベルト・シュティフター(1805~1868)は子供の頃、山道を歩きながらきれいな石を拾うのが好きでした。彼は大人になって、子供たちのために石の名を冠した短編の連作を書き始めました。『石さまざま』(1853)は彼の作品の中でひときわ輝いているばかりでなく、19世紀のドイツ語で書かれた最高の短編のひとつを含んでいます。それこそ有名な『水晶』(1952岩波文庫・手塚富雄訳)に他なりません。
 読者は最初の5ページで物語の中に連れ込まれ、ボヘミア南部の山間の小さな村にいる自分を発見します。真ん中の広場には高い尖塔のある教会と学校と村役場があります。顔を上げると白い雪を戴いた山々がすぐ後にそびえています。今日はクリスマスの前日で、靴屋の子供のコンラートとザンナの兄妹は峠を越えた隣村の祖父母のもとに遊びに行くのです。母親は十字を切って子供たちを送り出します。無事隣村に着き、楽しい食事が終わって、さて帰り道になると、突然はらはらと雪が落ちてきます。二人はうれしくて雪を踏みしめ、手をつないで馴染みの山道を歩きますが、雪のため標識が見えず、迷ってしまいます。帰る道を探しながら、いつのまにか山の頂上近くまで来て、気がつくと辺りは厚い氷の壁に閉ざされています。二人は氷で囲まれた岩屋で夜を越すことにしますが、眠りに落ちないために祖母にもらった濃いコーヒーをかわるがわる飲みました。明け方近く不思議なことが起こります。満天の星々が弓のようにつながれて、王冠に似た輝きを放っているのです。それに魅せられているうちに夜は明け、無事二人は、探しに来た村人たちに助けられます。うれしさのあまり抱きしめる母親にザンナは「キリスト様を見た」というのでした。
 全編、無駄な言葉を一切使わず、禁欲的なまでに簡潔に物語は進みます。厳しくも美しい自然の描写、人々の簡素な振る舞い、素朴な子供の愛らしさは読後いつまでも心に残るでしょう。シュティフターはオーストリアの麻布織の業者の家に生まれ、小学校の視学官を16年務めてきました。初恋の人、ファニーへの求婚を断られたのが彼の全生涯を暗く彩ったようです。他の女性との結婚生活はうまくいかず、二人の養女の一人は病死、一人は18歳でドナウ河に身を投げています。彼は楽しみにしていた年金生活に入ると同時に病魔に冒され、肝臓ガンののたうちまわる苦痛に耐えかねて剃刀で頸動脈を切断しました。長編『晩夏』(1857)の最後は、激烈な恋よりも結婚後の静かに続く誠実な幸福を称揚しています。幸せな家庭生活こそ偉大なことの基盤になり、非凡なことの揺籃になるというのですが、そのような家庭生活の幸福を彼自身が得られなかったのは悲劇といえましょう。
 『水晶』は『共産党宣言』(1848)とほぼ同じ頃出ましたが、彼にあっては革命など何ほどのこともなかったようです。激情こそ最も不当不遜のもので、穏やかで堅実なもの、強く抑制されたもの、「石を積み上げた塀から一個の石が抜け落ちれば、その石がまたはめこまれる」ように毅然として変わらぬものだけが価値がある、と彼は書きました。山に降り積もった雪が地下水となって流れ落ち、やがて平地のそこかしこから柔らかに冷たく湧きでるように、ほんとうに偉大なものは静かに休みなく続く日常の持続の中にある、これこそシュティフターの哲学です。
 
 

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