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2006年1月 3日 (火)

バートランド・ラッセル『幸福論』

 バートランド・ラッセル(1872~1970)は幼児期に父母を失い、厳格なピューリタンの祖母のもとで育てられました。ヴィクトリア朝(1837~1901)の雰囲気を色濃く体していた祖母は彼にスパルタ式教育を施しましたが、彼はそれに反発して、質素と禁欲と偽善的道徳に対しての終始変わらぬ敵対者となりました。『教育論』の中で彼が体罰をあれほど強く非難しているのも故なしとしないので、それは体罰が親と子どもの信頼にわだかまりを残し、子どもを親の前でだけ良い子になる裏表の人間を作り上げる恐れがあるからです。ラッセルの『幸福論』(1991岩波文庫・安藤貞雄訳)の主要なターゲットは、まさに幼児期に適切な扱いをされず、親に「良い子だね」とほめられた記憶のみを生きがいにし、異性に絶対的な愛情のみを求め、罪の意識の裏返しで自分で自分を罰したいと思いながら人生を無駄に費やしていくそういう人間たちなのです。
 「私は幸福に生まれつかなかった。子供のころ、私のお気に入りの賛美歌は『この世に倦(う)み、罪を背負いて』であった」と彼は書いています。思春期には生をいとい、自分をあわれな人間の見本のように思い、自殺も考えたそうです。そんな彼が立ち直るために成功した方法は、まず自分が望んでいるものは何かを発見して(彼の場合は数学や哲学)、さらに達することが困難なものをあきらめることでした。彼は自分の罪の意識の原因となっている性格上の欠点を克服することをあきらめました。彼は徐々に自分の欠点に無関心になり、目を広く外界の事物に注ぐよう努力しました。世界の状況、さまざまな分野の知識、自分の愛する人たちのこと、などです。世界は戦争に突入するかもしれない、知識はなかなか身につかないかもしれない、友人は死ぬかもしれません。しかし、この種の苦しみは自己嫌悪からわきでる苦しみと違って、生の本質的な部分まで打ち砕くことはありません。しかも、外の世界への興味は、自己と世界の対立を緩和し、自分を宇宙の一部として、ねたみや敵意や競争に痛めつけられた生を慰めてくれるのです。
 ジョージ・ボローのある小説の中で、妻を失って、心が空虚になった男の話があります。彼はじっと目前のティーポットを見つめているうちに、そこに描かれている東洋の文字に興味を持ち、漢字を勉強するためにフランス語を学び始め、フランス語で書かれた中国語文法書を読んでついに漢字を読めるようになり、それによって世界への新しい興味が起こり、辛いことを忘れられました。「覚えている人もいるだろうが」とラッセルは書いています。「シャーロック・ホームズは、ふと、通りに落ちている帽子を見つけて、拾い上げた。いっとき、その帽子をながめたあとで、その持ち主は酒で身をもちくずし、妻はもう昔ほど彼を愛していない、と言った。何げない物からこれほど豊かな興味を与えられる人にとって、人生は退屈であるはずがない」
 『幸福論』全編でラッセルが言いたいことは結局あまりに単純なことです。自分にとらわれるな、宇宙的規模で考えれば自己の欠点や失敗など何ということもない、つまり、気持ちの持ちようで人生はいくらでも幸福に転化しうる、ということです。「私の言いたいことの神髄はすでにスピノザが書いている」とラッセルが言うのも誇張ではありません。なぜなら、スピノザ哲学こそ人間の束縛について考え、そこからの自由を必死で訴える幸福の哲学に他ならないからです。

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