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2005年12月 1日 (木)

ゴーチェ『青春の回想』

 ハインリッヒ・ハイネはゲーテにはじめて会う前に、立派な挨拶の文句を長い間頭の中に準備していたそうですが、いざゲーテの前に出ると、何を言ってよいか判らず、ただ「イエーナからワイマールへくる街道の梅の樹には素敵に美味しい果実がなっておりまして、渇をいやすにはうってつけです」としか言えませんでした。巧妙な賛辞よりも、このような間抜けな言葉にむしろ気をよくした大ゲーテはやさしく微笑するに至ったということです。以上の話を枕に、テオフィル・ゴーチェ(1811~1872)はヴィクトル・ユゴーに最初に会ったときの感動を書き記しています。1830年2月の『エルナニ』上演の際、赤チョッキに長髪を垂らし、ロマン主義の勝利に貢献した戦功を手土産に、ゴーチェはネルヴァルに連れられて初めてユゴーの家を訪れました。ところが、ユゴーの住居の階段を上る時、靴に鉛でも入っているように足取りは重くなり、心臓が高鳴り、こめかみから汗が噴き出してきます。呼び鈴を引こうとすると恐怖にとらえられ、階段を四段とびで駆け下りました。三度目、友人に支えられて上ろうとすると、今度は足がぶるぶるふるえ、階段の中途で腰を下ろしていると、突然ドアが開いて、散歩に出ようとしたユゴーがアポロンの神のように光の中に姿を現しました。「アシュエリュス Assuerus の前に出たエステール Esther のように、私は危うく気を失うところだった」多くの美しい女からユダヤ女エステールを選んだ王のごとく、ユゴーの持つステッキはゴーチェには黄金の杖に見えたのです。ユゴーは別に驚いた様子もなく、ゴーチェを優しく、丁寧に助け起こして、散歩の計画をとりやめて彼らを書斎に招じ入れてくれました。彼の姿を見て悶絶する小詩人たちを見るのはユゴーには日常茶飯事のことだったのです。
 ゴーチェは貧しい家に生まれ、両親や二人の姉や妻や子を養うため苦労を重ねましたが、暗いところは少しもなく、温かく思いやりに溢れた性格は「やさしいテオ」と呼ばれるほどでした。彼の神は芸術であり、「何の役にもたたないものしか美しいものはない」という潔癖な芸術観を終世持ち続けました。『青春の回想』(1977冨山房百科文庫・渡辺一夫訳)は死の二年前から「ロマンチスムの歴史」と題されて雑誌に連載されたものの未完に終わった回顧録です。すでに小ロマン派の仲間の多くは悲劇的な末路を遂げていました。ゴーチェも心臓病の苦しさの中で家計のために書き続けねばならなかったのですが、書くにつれて、彼の最も華やかだった日々、ユゴーの『エルナニ』上演の際の思い出に筆は集中していきます。開演八時間前から館内に陣取り、幕開けの台詞、 ...c'est bien a l'escalier derobe. からすでに古典派とロマン派の怒号が始まったあの昂奮した時を、、。
 この本の忘れ難い箇所は『エルナニ』上演からずっと経って、ゴーチェがスペインのアスチガラガ地方の近くをロバに乗って旅しているところでしよう。宗教戦争で荒廃した町を通るとき、ゴーチェが馬子にその町の名を聞くと馬子は「エルナニ」Ernani と答えました。その瞬間、旅に疲れた彼の頭の中に、青春の一ページが、仲間たちの顔が、舞台の上のドン・カルロスが、桟敷席の美しいジラルダン夫人が、そして書斎の白い大理石のような広い額を持ったユゴーのことが思い出されました。スペインで育ったユゴーはきっと響きの良いこのエルナニという名を覚えていて、後年、種が実るようにあの作品に結実したのだろうと、、。

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コメント

こんにちは。拝見させていただいています。なかなか難しく書かれていましたが、すごく興味がわいてきます。具体的に感じたことを表現されていますね。このような記事をかかれている人は少ないと思うので、今後もいろいろと紹介してください。例えば、読みやすい短編的なものが自分もよみやすいので、よかったら紹介していただけませんか?まってます。今後も応援しています。

投稿: kokia | 2005年12月 2日 (金) 14時15分

 kokia さん、はじめまして。
 コメントありがとうございます。本の感想を思ったまま書いていますので、あまり紹介になっていないのではと心配しています。私もむだのない短編がとても好きなので、これからもそんなものを書いていきたいと思っております。いつも読んでくださってほんとうに感謝しています。
 それでは
 argus

投稿: argus | 2005年12月 3日 (土) 23時42分

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