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2005年12月19日 (月)

アーサー・シモンズ『エスター・カーン』

 『エスター・カーン』(2001年平凡社ライブラリー・工藤好美訳)は私好みの短編小説です。まず、たいへん短い、珈琲一杯飲む間に読むことができます。さらに筋がシンプル、余計な伏線はなく、一点に収斂します。そして、素朴で現実的な事柄がこの世ならぬものの予感を生じさせるのです。
 エスターはロンドンの場末のユダヤ人の住む地域に生まれました。貧しい家庭なので小さい頃から針仕事をさせられていましたが、彼女は自分の中に何か現実ばなれしたもの、実現を待っているものを感じていました。唯一の楽しみは兄や姉に連れられて芝居小屋に行くことで、そこでエスターは初めて思う存分自分を忘れることができるのでした。やがて、彼女は自分でも演じることができるのではないかと思い、あちこちの芝居小屋の支配人を訪ねてみることにします。17歳の時、ある劇場主が彼女に小さな役を与えてくれました。それを立派につとめると、今度は独立した役が与えられ、そこで彼女の才能が開花しました。ある日、ウエスト・エンドの劇場の支配人が彼女を見に来て、現在準備中の劇の難しい役のためにエスターを雇いました。その役の成功は彼女をさらに大きな劇場の大きな役につかせることになり、新聞の劇評でもエスターを好意的にとりあげるようになります。彼女は女優として華やかな道を歩み始めるのですが、偉大な女優になるには何か決定的に自分に欠けているものがあると感じていました。同じ劇場のユダヤ人の老俳優に相談してみると、答えは彼女自身の中にあると言われます。つまり、恋を経験しなければならないというわけです。彼女は自分に寄ってくる男性の中から35歳の劇作家のフィリップを選びます。フィリップは知的で垢抜けして仕事のできる男でした。エスターは彼から演技や戯曲について教えてもらううちに次第に強く彼を愛するようになります。しかし、恋もまだ彼女の演技の実質を変えることはありません。そうこうするうちにフィリップは彼女の真剣な愛情を鬱陶しく感じるようになり、心は新しく入ってきたモデル出身の若い女に移ってきます。エスターは激しい嫉妬に狂い、フィリップとけんか別れすることになりました。そして、クライマックスがやってきます。新しい悲劇の初演の日、エスターは客席にフィリップとその新しい恋人を見つけました。身震いが彼女の中に起こりましたが、彼女はそれを抑え、舞台に全力を集中しようとします。その時、何かが彼女の中に生まれました。エスターはかつてないほどひかえめで、無理なく、ほとんど演技をしていないほどに演じました。観客は本当の悲劇のただ中に自分たちがいるように感じました。息をひそめ、その堪えがたい哀感に酔いしれました。圧倒的な時間の後で幕は偉大な女優になった彼女の上に降りました。フィリップは感激の手紙を彼女の楽屋に届けてきました。エスターはそれを手で潰したが、捨てずに宝石箱にしまいました。それは彼女にはもうどうでもよいことでした。生涯の大部分を通じて自分が求めてきたものがとうとう実現して、涙は抑えきれずに彼女の頬を流れ落ちたのです。
 『象徴主義の文学運動』の著者アーサー・シモンズ(1865~1945)はまた場末の芝居小屋を愛しました。「生はたえず私のそばを走りすぎる」と彼は書きました。「そのすべてをつかみとろうとして私は空しい努力を試みた」、、長い晩年を精神を患ったまま過ごしたこの唯美主義者はそのきらめきのいくつかを短編として残したのです。

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