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2005年12月 4日 (日)

廣津柳浪『八幡の狂女』

 赤坂溜池に一人で住む女主人のところに下婢として働いているお兼は突然の自分宛の電報に驚きます。開いてみると、何と父親急死の知らせ。お兼の利発さとその精勤ぶりに日頃感心していた女主人は当座のお金を気前よく渡して、お兼にすぐに故郷に帰るように言います。お兼は霊巌島から夜の乗合船に乗って朝方千葉の八幡村に上がりますが、実家では一人残された母親のお北が悲嘆にくれています。聞くと、父親の甚兵衛は林の中で何者かに殺されたとのこと。第一発見者で、かつ以前甚兵衛と喧嘩したことのある與九郎が疑われましたが証拠もなく放免されていました。しかし、お兼は、発見した経緯を語る與九郎の口ぶりに強い疑わしさを感じます。事実、與九郎はお北に横恋慕したこともあり、村では札付きの悪として知られていました。確たる証拠も発見されないまま未練を残して、初七日すぎにお兼は東京に戻ります。その夜、お兼はあれこれ考えて眠れません。突然の嬌声に女主人の槌野がお兼の部屋に行くと、お兼は槌野を識別できず、無意味なことを口走っているだけでした。翌日、お兼は庭の井戸のところで地引き網の唄を歌いながら釣瓶を引いています。お兼が完全に狂ったと思った槌野は医者を呼びますが、医者は田舎で静養させるように言います。早速、八幡村に電報が打たれ、叔父の太吉が迎えに来ますが、太吉も様変わりしたお兼を見て涙を流します。実家に戻ったお兼は娘の狂変に嘆く母親とともに精神病者を見る世間の目にさらされて生きていきます。一方、與九郎は毎日のように母親のお北のところへ来て脅しながら関係をせまろうとします。浜の鯨祭りの日、お兼が心配で東京から様子を見に来た槌野を交えて、皆は浜で鯨の解体を見物しますが、お兼は人込みに昂奮して踊り狂い、居合わせた與九郎に狂ったまま因縁をつけます。怒った與九郎はお兼とお北に殴り掛かりますが、いつのまにか鯨用の大包丁を持ったお兼が狂人の力で與九郎の胸を刺し貫きます。家に走り帰るお兼、それを追う槌野。部屋で遺書を書き、自首しようとするお兼を槌野はじっと抑えて、「このまま狂人の真似を通すんだよ」としっかり諭します。その後、お兼はすぐに釈放され、母お北とともに東京の槌野の家に転居して行きました。
 廣津柳浪(1861~1928)は明治29年に発表した『今戸心中』『河内屋』で一躍、紅葉露伴に次ぐ評価を得たのですが、数年経たずして創作力が衰え、昭和三年の葬儀では参加者も数少なかったということです。代表作の『今戸心中』は吉原の細密な描写と花魁吉里の純心さを描いて今も近代文学の傑作たり得ています。しかし。彼の作品の多くは「悲惨小説」と呼ばれたもので、極貧の人々や身体障害者、知的障害者の悲しい運命を描いたもので、その読後感の重たさは時代が進むにつれて読者を離れさせる要因になったようです。『八幡の狂女』(1901)は数少ないハッピーエンドの作品で、筑摩書房の明治文学全集「廣津柳浪集」に入っています。十六、七の娘にすぎないお兼が余りに利巧すぎるという批判もありますが、明治文学でこれほど溌剌とした少女もまた稀でしょう。

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