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2005年12月10日 (土)

H.ハイネ『流刑の神々・精霊物語』

 アルニムの『伯爵夫人ドローレス』の中で、長期の旅から帰ってきた老伯爵は自分の城が何か違っているのに気づきます。イタリア風の庭園は荒廃しており、夫人の振る舞いは奇妙で、食卓ではおかしなことが起こります。それは、哀れな妻が悲しみのあまり亡くなり、残りの召使いたちもとっくに死亡していたことに由来するのでしょう。やがて伯爵も自分は亡霊たちに囲まれていることを知るようになって、それと気づかせずにこっそり旅立って行きます。ハイネの愛したこの物語のように、彼は自分が亡霊たちの城の中に住む老伯爵であるかのように考えていました。そして彼も人知れず故国を旅立って行ったのです、ただし後髪を引かれる思いで。ハイネはフランスの明晰さ、革新さに憧れましたが、彼の友だちの幽霊たちはライン河の向こうでしか生きることはできません。「私がこの国に来たとき、ドイツの幽霊がフランスの国境までついてきた。しかし、幽霊たちはここで悲しそうに別れをつげたのだった。三色旗のはためきが、どんな幽霊たちも追っ払ってしまうからだ」人間的なものを愛するフランスには本当の幽霊など存在しない。またそれを理解することもできない。フランス人はホフマンに驚くが、ホフマンなどアルニムに比べれば児戯にひとしい、とハイネは書いています。
 『精霊物語』はドイツの愛すべき幽霊たちを他国の人々にそっと知らせるために書かれました。こびとのコーボルトは自分の姿を見えなくする小さな帽子を持っています。人間が誤って彼らを傷つけるとコーボルトたちはどこか他の土地に移って行ってしまいます。小さな精霊であるエルフェと水の中に住むエクセは踊りが好きで、しばしば人間の男を誘惑し、それで傷ついて後悔するのでした。ヴィリスは結婚式の前に死んだ花嫁たちの幽霊で、墓の中でじっとしていることができず、夜中に地上に上がってきて、群れをなしてダンスを踊ります。「神秘的な淫蕩さで幸せを約束するようにうなずきかけてくる」この花嫁たちに出くわした男性は死ぬまで一緒に踊り続けねばなりません。「人生の花咲くさなかに死んでいく花嫁を見た民衆は、青春と美がこんなに突然暗い破滅の手におちることに納得できなかった。それで、花嫁は手に入れるべくして入れられなかった喜びを、死んでからさがしもとめるのだという信仰が容易に生まれたのである」
 『流刑の神々』は三つのすばらしい昔話を含む奇怪で愛すべき作品です。キリスト教はその無慈悲で徹底的な悪魔祓いで異教の神々を北欧の寒風の中に追い払いました。かつての神々は商人や修道士や料理人に身をやつして細々と生き抜いているのです。北海の氷山の間の孤島にウサギを狩って暮らす孤独な老人はユピテルの変わり果てた姿で、かつてのギリシアの輝く陽光、壮大な神殿を夢見ています。ハイネの中ではこのユピテルが老ゲーテと重なって見えたに違いありません。異教の使徒、汎神論の詩人、神はすべての自然の中に均等に現れると信ずる科学者、それがゲーテです。彼にとって十字架は南京虫やニンニクや煙草のように不快なものであった、とハイネは言っています。
 『流刑の神々・精霊物語』(1980岩波文庫・小沢俊夫訳)は「愛情こそほんとうの魔術にほかならない」と書いた詩人ハインリヒ・ハイネ(1797~1856)の散文における傑作です。

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