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2005年11月25日 (金)

ピエール・ロチ『お菊さん』

 ピエール・ロチ(1850~1923)は、その時代に相応しく懐疑主義と自然主義の子でした。彼は人生を隈無く、飾らず、その細部にいたるまで観察し、描写しようとしたのです。真実は地味な( humble) ものだというモーパッサンの金言はまたロチの心にも銘記されていました。彼はさらに若年で信仰を捨て、あらゆる逡巡にもかかわらず二度とキリスト教に戻ってくることはありませんでした。死は彼にとって肉体が無になること、すべてが虚無(neant) になることに他なりません。人生の夏はその次の夏へ、そのまた次の夏へ、長く続くが無限ではない陰鬱な暗き世界への道程に過ぎないのです。
 1885 年7月、海軍大佐として巡洋艦ラ・トリオンファント号の修理のため長崎に停泊したときのロチはそのような人間でした。彼は9月に中国に出帆するまでの2か月間、周旋屋を通じてお菊という娘と愛人の契約を結びます。そして、長崎の街の高台の寺の一室を借りて、ロチの初めての日本での夏がはじまりました。彼はこの長崎という街を、人を、そして女たちを曇りない目で観察しようとします。「この日本にはある本質的なものが欠けている」と彼は書いています。それがロチと日本の間に「神秘的な恐ろしい深淵」を感じさせるが、しかし、「それは、、、終わるべきすべてのものに避けられぬ憂鬱である」と結論します。彼は正直に、ヨーロッパ人の優越を信じ、日本人の醜さを笑います。美的に書くことを用心深く避けてはいますが、ロチによって描かれた長崎の夏の日々は感動的なまでに美しい、どしゃ降りの雨、蝉の音、祭りの喧噪、色鮮やかな提灯、もの憂く悲しい三味線の音、そして寺までの長い坂を「いつも疲れた子どものように、いつも甘ったれて悲しそうな子どものように」のろのろと腕にもたれて登っていくお菊さんを読者はきっと愛さずにはおれないでしょう。
 私は佐藤剛『失われた楽園』(1988 葦書房)の中で、ロチの『死と憐れみの書』の中の「老夫婦の唄」という話を知りました。ロチは長崎でトトさんとカカさんという老夫婦に出会いました。トトさんは盲目ですがカカさんの乗る箱車を引いています。中風病みのカカさんは箱の中からトトさんに方向指示を与えています。二人は乞食をしているのですが、ロチは町の人々がある尊敬を持って彼らに施しを与えているのを見て驚きます。やがてカカさんが死ぬと町の人は彼女を埋葬し、死者の汚れた道具類を洗い、整頓してやったりします。トトさんは一人でなおも空っぽの箱車を引いて乞食に出かけます。「トトさんはどこへ行くのだろう」とロチは自問します。しかし、「カカさんはやがて日本の植物、杉の小枝や一重椿や竹になるだろう」と結んでいます。ピエール・ロチは1923年死亡して、遺体は祖先の墓のあるオレロン島に埋葬されました。遺言によって棺には鶴嘴(つるはし)の数撃が加えられました、できるだけ早く土の中に帰るように、そして死が無意味でないことの証としてその上を花々が覆うように、、、。

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コメント

始めまして、roniと申します。いままで幾度か拝見しています。コメントを送りたいと思っていたのですが、敷居が高く感じられてできませんでした。今回、勇気を出して送った次第です。
 書評を拝見していますと、頭の中にイメージがすらすらと沸いてきます。それが大変心地よく感じます。失礼だとは思いますが、文章を書くということについて大変なトレーニングをつまれているのではないかと思います。
 チョムスキーは大学時代、少しだけ研究したことがあります。記事を拝見しまして、また勉強してみたいと思いました。そしてまた、記事の続きが気になります。お忙しいかと思いますが、今後も是非書き続けていただきたいです。つたない文で申し訳ありません。

投稿: roni | 2005年11月27日 (日) 23時43分

roni さん、こんにちは。
 コメントありがとうございます。
 今まできちんと文章の練習をしたことがなく、そのような職業にも就いていませんので、自分の文章がどう受け取られるかいつも不安です。励みになるご意見ほんとうにありがとうございます。
 チョムスキーはいつか続きを書きたいと思っております。どうか、これからもご意見ご感想などお聞かせください。それでは
 argus   

投稿: argus | 2005年11月28日 (月) 14時40分

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