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2005年11月22日 (火)

イザベル・レイトン編『アスピリン・エイジ』

 「このわきかえる年月の間に、わたしたちは、すべてを癒してくれる万能薬を探し求めてきたのだが、結局あたえられたものはアスピリン程度のものにすぎなかった」イザベル・レイトン編『アスピリン・エイジ』(1979 ハヤカワ文庫・木下秀夫訳)では、1919年から1941年、つまりベルサイユから真珠湾にいたる期間のアメリカにおけるさまざまな出来事が、22人の有名無名の著者によって語られていきます。何という時代だったでしょうか。禁酒法、K.K.K、サッコとヴァンゼッテイ、リンドバーグ家の悲劇、大暴落、ニューディールとフランクリン・ルーズベルト、ルイジアナの独裁者ヒューイ・ロング、プリンス・エドワードとシンプソン夫人、オーソン・ウェルズの「火星人来襲」、ラジオの人気牧師、無能な大統領たち、リパブリック製鋼所でのデモ隊への発砲・惨殺などなど、それは失業者が街にあふれ、銀行が次々と閉鎖され、チャップリンの『街の灯』に行列ができ、五つ子の誕生に全米が沸いた時代でした。時代を彩ったエピソードの中で、最もささやかなものを紹介しましょう。それはジョーエル・セイヤーの「出っ張りの男」です。
 1938年7月26日火曜日の朝八時すぎ、ニューヨーク市警のグラスコ巡査は五番街と55番街の交差点付近の人だかりに気づきました。彼はアイルランド系の35歳のがっしりした巡査で、その日の朝、家を出るとき妻から、夕食は彼の大好物のレバーとベイコンだと告げられたばかりでした。上を見ると、何とホテル・ゴーサムの17階の出っ張りの上に男が立っています。急いで現場に上がってみると、高級スゥイートの部屋の窓から妹が懸命に外の兄を説得しています。出っ張りの上の男はジョン・ウイリアム・ウォードという26歳の裕福な青年でした。昂奮した妹はその場に倒れ、急遽グラスコが説得を引き継ぎました。彼はボーイの白い制服を着て、愛想よく男に話しかけます。「やあ、こんにちは、ジョン」「あなたは誰ですか」「おれはこんどこのゴーサムで働くことになった新しいボーイだよ。今まで失業救済で生きてきたんだが、やっと職にありついた。きみに万一のことがあると、おれはクビになるかもしれない。おれも女房も三人の子どももまた救済手当で生きていくんだ」「それはいけない。そうあってほしくありません」と徐々にジョンはグラスコに心を開き始めます。グラスコは話しながらも常にジョンを引っ張り込めるチャンスを狙っていました。しかし、ジョンは用心して、タバコも左手でわたしてくれるよう、また飲み水も必ずグラスコに毒味させてから飲みました。「ジョン、きみのひいきのカブスの試合が今日ニューヨークであるよ、これからいかないか?」「相手はどこです?」「ドジャースさ」「ぼくはドジャースの試合は見たくありません」といつもあと一歩のところで話は頓挫してしまいます。午後になり、真下の通りは見物人であふれ、ラジオは生放送で全米に二人の様子を伝えています。女占い師や狂信者や出しゃばりの人間がホテルに押し掛け、自分こそジョンを助けられると売り込んでいます。グラスコは医師を交えた作戦会議の時以外はずっとジョンのところにへばりついていますが、緊張の時間の連続で疲労が限界にきていました。しかし、ついにジョンに水やコーヒーを大量に飲ませる作戦が効を奏し、部屋を空っぽにして、ジョンが洗面所を使うことを承知してくれました。「ここに鍵があるから。終わったらまた戻るといい」むろん、カーテンには屈強の男たちが隠れています。そして、ジョンが出っ張りから窓のところまで近寄って、部屋の中をうかがったとき、何ということでしょう、どこからかホテルに忍び込んだ牧師が隣の部屋のドアから入ってきたのです。(神を恐れることを教えてやる、と彼は叫んでいました)再びジョンは出っ張りに戻り、さらに心は閉ざされました。夕闇がおとずれ、サーチライトの下、すぐ下の16階の窓からかけられる巨大な網の準備が始まりました。事件発生から11時間経過して、グラスコが作戦会議で窓を離れた時、「ワァ、飛んだ!」と下で叫び声が起こりました。グラスコは窓にかけより、その瞬間涙がわっと出てきました。翌日の新聞は大衆の熱狂を非難しながらも平然とジョンの無惨な死体の写真を掲げていたのです。

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