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2005年11月19日 (土)

アンドレーエフ『ラザロ』

 マルタとマリアの兄弟であるラザロが病気であるという知らせを受けてイエスはユダの地に向かいました。しかし、到着した時ラザロはすでに死んでおり、墓に葬られて四日が経っていました。「主よ、遅すぎました」とマリアが言うと、心に憤りを覚えたイエスは墓の石を取り除かせ、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫びます。すると体中白い布に巻かれたラザロが墓から現れてきます。アンドレーエフ(1871~1919)の傑作短編『ラザロ』(国書刊行会バベルの図書館『ロシア短編集』金澤美知子訳)はここから始まります。墓から蘇ったラザロは死臭を放ち、顔は青黒くむくんでいます。親類の者は集まって祝宴を催しますが、かつて明るい性格だったラザロは暗く寡黙になり、その眼差しは地獄の底をのぞき見るような不気味さを帯びていました。ラザロと目を合わせた者は、例外なく陰鬱になり、果ては精神に錯乱を起こす者まで現れます。彼の目を見た彫刻家はおぞましくも奇怪な作品を作り出しました。やがて、ラザロの噂は皇帝アウグストウスの耳に入り、興味を持った皇帝は彼をローマに呼び寄せます。宮殿の広間で、ラザロの目の奥を見たアウグストウスはそこに自らの死と帝国の没落を見て、怒り狂い、ラザロの眼を熱い鉄棒でえぐり出させました。盲目になったラザロは荒野をさまよい、その行方は杳として知れないのです。
 「レオニード・ニコラエヴィッチ・アンドレーエフは取り消し不能なものについての形而上学者である」と哲学者ウラジーミル・ジャンケレヴィッチは書いています(『最初と最後のページ』(1996 みすず書房・合田正人訳)「ラザロは復活した。けれども、ラザロが一度も死者たちの国の住人でなかったかのようにすることは誰にもできはしない。キリストでさえどうすることもできない。、、、かつて存在したものの痕跡を抹消し、その形骸を残らず消滅させ、その思い出をどんなに些細な思い出も含めて余すところなく扼殺することができるにしても、この点に変わりない。たとえ五分の間であっても、死んだ者は永久にその徴しを帯びたままであろう、、。永遠に、世紀の果ての果てまで、死んだという事実は抹消不能な心の聖痕のごときものでありつづける」ジャンケレヴィッチ(1903~1985)はロシア系ユダヤ人で医師である父の下にフランスで生まれ、ナチスに身内の多くを殺された後、ドイツ哲学とドイツ音楽から訣別しました。彼がアンドレーエフに抱く共感は、迫害と追放の果てに死んだこの作家(アンドレーエフ)がやはり消え去らぬものへの執着を持っていたからに他なりません。ジャンケレヴィッチの少年時代に、母親が子どもに隠れて涙しながら読んでいた本、1905 年以来のロシアでの破局的出来事、フランスでの悲劇をくぐって奇跡的に残された小さな本、そして晩年の彼の枕頭の書となったのはアンドレーエフの『七死刑囚物語』だということです。

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