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2005年10月 2日 (日)

清水好子『紫式部』

 十二歳頃まで一緒に遊んだ女友達が四年間の父について行った受領生活を終えて帰ってきました。偶然出会って懐かしさでいっぱいで近づいてみると、もう十六歳の彼女には昔の面影がありません。驚いて、どう言っていいかわからず、とまどっているうちに別れの時が来てしまいました。
  めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月かげ
 私家集『紫式部集』の冒頭に置かれたこの歌は紫式部が自分の人生をどう歌い残していきたかったかをよく示しています。伊勢集や和泉式部集や中務集を思い出してみましょう。「彼女たちはみな男に呼びかけているが、紫式部集には女友だちが顔を並べ、そのために式部は女学生のように爽やかで、時には少年ぽく見える」「私たちは紫式部集がこの歌から始まることによって、少女期から娘時代の変わり目にいた式部の日々を過 (よぎ) っていたものが、どんなにこの賢い女の子を揺り動かしていたかを想像するのである」
 早くに母を亡くし、姉と二人で京の住居で暮らしていた青春の日々、姉の死と友人たちとの別れ、国司として赴任する父についていった越前への旅と深い雪の中での生活、遠く離れた恋人宣孝との手紙のやりとり、しかし彼との幸福な結婚生活は二年余りしか続かず疫病が夫を奪い彼女は乳飲み子を抱えた寡婦となりました。その後、宮廷に出仕し中宮彰子に仕え、恐らく四十歳を過ぎたあたりで亡くなりました。(彼女には生没年月日も実名すらもわかってはいません)式部は晩年に歌集を編纂することによって自分の人生を点検することを試みました。そこに表れるのは、感情の表白ではなく、彼女の人生に出会った人々をその感動のまま残していこうとする衝動です。最愛の夫の死についても自らは歌わず、継娘の父を失った嘆きの歌を残して、その悲しみの世界を丸ごと記憶にとどめおこうとしています。彼女自身は晩年つぎのように歌いました。
  数ならぬ心に身をばまかせねど身にしたがふは心なりけり
 自分のようなつまらぬ人間でも人生は思い通りにはならなかった。あれこれ悩むことはあってもこころさえも日常の境遇に支配されて何とか送っていけてしまう、、、。これは『源氏物語』の登場人物の多くが抱く感慨でもあると著者は書いています。清水好子『紫式部』(1973 岩波新書 1995 岩波新書評伝選 ) は、まだ傷ついていない心、いつも誰かへの慕情に染められようとしている少女時代の式部の姿を私たちの前に示してくれています。夫に死なれ、憂き世を生き続けることを強いられ、「身にしたがふは心なりけり」と思うほどになったときにはじめて紫式部にとって娘時代がある意味をもって蘇ってきたのです。
 

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