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2005年10月17日 (月)

ドーデー『風車小屋だより』

 アルフォンス・ドーデ ー(1840~97) は毎年冬になると故郷のプロヴァンスの、松林の続く小さな山の麓に滞在していました。そのすぐ近くに廃墟となって使われていない風車が立っていて、そのみすぼらしい姿、雑草の下に見失われた道、地中海の北風に揺られた古い風車は詩人の心を強くとらえました。彼はそこからパリに住む友人たちへの手紙の形をとってたくさんの短い物語を書いていきました。『風車小屋だより』( 1932 岩波文庫 桜田佐訳 ) はパリで 1869 年に出版され 二千部しか売れなかったのですが、この書は青春の最も楽しい時を、そして今は再会することのない友人を思い出すよすがになるという意味でドーデーにとって「会心の書」となったのです。
 有名な「アルルの女」「星」「スガンさんの山羊」を含む粒ぞろいの作品の中で、私の最も好きな「金の脳みそを持った男の話」を紹介しましょう。昔々、金の脳みそを持った男がいました。大きくて重い頭で生まれ、歩く時はその重さでふらふらしていたのです。ある時、階段から落ちて頭を打ち、そのとき金の屑が少しはがれました。それを見て男の両親は彼の頭に金がつまっていることに気づき、もう外で遊ばないようにと命令します。そして、男が十八歳になったとき、両親はそれまで育てて上げたお礼に頭の金を分けてくれないかと頼みます。男はくるみほどの大きさの金をちぎって両親に与え、そのまま家を出てしまいました。遠く離れた町に行き、彼は遊蕩に明け暮れて、脳みその金の多くを使ってしまい、いつしか体はやつれ、顔色が悪くなったある日、友人が男の寝ている間に頭を鈍器で殴り、ひとつかみの金をちぎりとっていきました。失意の中で男は一人の人形のように可愛い少女と出会い、深く愛するようになります。少女もまた彼を愛しましたが、彼よりも洋服や靴やリボンや飾りを愛しました。男は少女の欲しいものを言われるままに買ってやりました。この少女をほんとうに愛していたのです。ところが、ある日、少女は小鳥のように突然死んでしまいました。金は底が見えていましたが、男はその残りで荘重な四輪馬車、弔いの鐘、羽飾りの馬を準備して少女を盛大に弔ってやりました。もう金は頭蓋骨の内側に数片残っているにすぎません。その夕方、男は酔漢のようによろめきながら町をさまよい、洋品店のウインドウの前で、白い繻子の靴を目にとめました。すでに狂っていた男は、少女が死んでいたことも忘れ、この靴を買ってやれば少女が喜ぶだろうと思いました。店の奥にいた女主人は高い叫び声に驚き、出て行くと、血まみれになった手の先に金の屑をつけて呆然と男が立っていたのです、、、。
 私にはこの物語はミストラル(プロヴァンス地方の強い北風)のように、私の体の中を痛ましく吹き抜けていく風のように思われました、、、。

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コメント

ずっと昔。

僕がまだ小学生だった頃、僕もこの物語を読みました。

母が買ってくれたどこかの出版社が編集した童話集の
中にあった物語でした。

他の物語は全然覚えてないけど、「金の脳みそ」だけ
は僕の記憶にずっと残っていました。

あれから、何十年も時が過ぎて、母も亡くなり、
小学生の頃に住んでいた家も今は人手に渡り、
その童話集も、その後の度重なる引越しで、紛失して
しまいました。


今日、たまたま、ふと思い出して、何気なく、PCの
検索サイトから「金の脳みそ」というキーワードを
入れてみたら、このブログに巡り合いました。


そして、僕のほかにも、この物語を知っている人が
いることを知ってとても不思議な気持ちになりました。


普段は、滅多にコメントなどを書かないほうなの
ですが、そんな理由で、今こうしてコメントを
したためています。


>私の体の中を痛ましく吹き抜けていく風のように
>思われました、、、。

そうですね...。僕が読んだ童話集には、物語と
一緒に挿絵も入っていて、やせ細った男が最後の
金の一掴みを持って倒れているシーンが、今も僕の
記憶に残っています。

その後も、何かの折に、何度も何度も、その物語を
繰り返し読んだような覚えがあります。


とても痛々しく、悲しく、切ない物語なんだけれど、
何故か妙に、印象的な話ですよね。

>アルフォンス・ドーデ ー

この物語の作者の方は、そういうお名前だったのですね。
初めて知りました。

投稿: furah | 2009年8月16日 (日) 23時57分

furahさん、コメントありがとうございます。
昔の本を思い出す一助となれてうれしいです。
胸のしめつけられる話ですが、この話の中のエピソードのどれか一つは誰しも思い当たる節があるのではないでしょうか、、、。(私などは、たいへん身につまされます)
だからこそ、印象に残る物語なのでしょう。
それでは。

投稿: saiki | 2009年8月17日 (月) 16時35分

懐かしいお話です。
私も子供の時に亡くなった父が苦しい家計の中から毎月買ってくれていた童話集の中の一編でした。furahさんも書いていらっしゃいましたが、挿絵がきれいでした。
とても痛々しいお話でしたが、子供心に鮮烈に残っていました。
童話集も今はありませんが、もう一度読んで見たいです。
作者の名前も知る事ができました。
今さら、本を買ってくれた父に感謝しています。

投稿: はにゃ | 2012年6月24日 (日) 09時57分

はにゃさん、コメントありがとうございます。
子供のとき読んだ思いでの本ほど懐かしいものはありませんね。
私も、姉が通っていた幼稚園から毎月持ってきたキンダーガーテンとかいう雑誌をその挿絵までよく覚えています。
その中の、アンデルセン「雪の女王」はとても恐かった記憶があります。
それではまた。

投稿: saiki | 2012年7月 8日 (日) 07時21分

私も、この物語を子供のころに読みました。短編集の中で一番好きで、かつ とても、とても切ない話で、記憶に刻まれています。題名を打って、検索したら、ここに辿り着きました。この物語を愛する人たちに出会えた気がして、ちょっと嬉しいです。

投稿: うっちゃり | 2017年7月29日 (土) 18時54分

うっちゃりさん、コメント有難うございます。
簡潔で陰惨で美しい、大変良くできた短編ですよね。
また機会があったらコメントお待ちしています。
それでは

投稿: saiki | 2017年8月 1日 (火) 17時19分

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