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2005年10月 5日 (水)

シュテファン・ツヴァイク『昨日の世界』

 シュテファン・ツヴァイク (1882~1942) の幾分大袈裟な筆致には辟易するものの気がつくと面白くて次から次へと読んでいってしまいます。『昨日の世界』(1973 みすず書房ツヴァイク全集19 原田義人訳) で描かれているパリでのライナー・マリア・リルケとの出会いはこの詩人の 肖像の中でおそらく最も生き生きしたものでしょう。
 「リルケに到達することは難しかった」とツヴァイクは書いています。住所もなく、家郷もなく、定住の住処もなく、人は偶然に彼に出会うしか方法がありません。親友というものをごく少数しか持たず、君という呼び方は学校時代以来ほとんど誰にも与えることはありませんでした。リルケは人々のいる部屋に物音ひとつせずに入ってきます。それから黙って耳を傾けながら座っていて、自らは自然に、飾らずに、愛情深く語ります。そして自分が座談の中心になると見るや再びひっそりと沈黙の中に入ってしまいます。秩序、清潔さ、静粛さというものを彼は愛し、生活全体を厳粛に律していました。書机の上には鉛筆とペンがきちんと揃えられ、まだ字の書いていない紙束は整然と縁を揃えて重ねてあります。彼は書物を借りると、必ず皺のない薄紙に包んでリボンをかけて持ち主に返しました。どうでもいいような手紙にも美しく良質の紙を選び、物差しで測ったように等間隔で浮かんでいるような美しい書体で書きました。「彼の根源的な美の感覚は最も瑣末な微点にまでつきまとっていた」「彼の本質のこの抑えた調子と、それと同時に精神の集中とは、彼に近づくすべての人を圧する働きを持っていた」「彼とかなり長く対話した後では、幾日も卑俗なことをする能力を失った」とツヴァイクは書いています。
 リルケは、しかし、様々のものを愛しました。彼の衣服はつねに入念さと清潔さと趣味との総計で、考え抜かれ、つくり抜かれた地味というものの傑作でした。彼がひそかにたのしんでいた付属品は手の首のまわりの薄い銀の腕輪で、彼はあらゆる持ち物を念入りに深い愛情を持って扱いました。彼の質素な部屋にはいつも女性たちから贈られた花が花瓶や鉢に輝いていたということです。1914 年のある日、ツヴァイクは自室の扉を開けてびっくりしました。そこにはリルケが軍服を着て立っていたのです。「私は」といつもの低い声で彼は言いました。「この軍服というものを幼年学校以来きらっていました。もう永久に逃れたと思っていたのですが、四十歳でもう一度着なくてはならないのです」幸い彼は身体検査で免除になりました。
 リルケこそ「外面的な生活の何ものも望まず、広範な大衆の共感も勲章も高位も利得も望まず、静かな、しかし情熱的な努力を傾けながら、音楽にひたされ、色彩に輝き、イメージに燃える詩の一行一行を、一節から一節へと完璧に結び合わせること以外に、追求することのなかった」人間でした。森火事が獣たちをその最もひそかな隠れ場から駆り出すように、ヨーロッパが詩人たちを追いつめたとき、そのときツヴァイクの絶望は死にまで至ったのでした。

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