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2005年10月 8日 (土)

ヤコブセン『ここに薔薇ありせば』

 『ここに薔薇ありせば』 ( 1953 岩波文庫・矢崎源九郎訳)には「モーゲンス」他五篇の短編が収録されています。その中で「ベルガモのペスト」「フェンス夫人」「霧の中の銃声」が再読、三読に耐える傑作です。「ベルガモのペスト」はペストに襲われたベルガモを舞台にしています。ペストが発生した当初は人々は一致団結して死体は丁寧に埋葬し、貧しい者を助け、毎日教会に出かけ、朝夕には祈りの鐘が町中に響き渡りました。ところがペストの猛威が町を覆い、手の施しようがなくなると人々は神の助けをもはや信ぜず、果ては自暴自棄になり、冷酷に、貪欲に、罪悪の限りを尽くすようになりました。援助とか同情は人々の心から消え失せ、病人は石を投げられ、死体は晒されて悪臭が町を覆い、太陽は焼け付くように地面を照らしていました。そこに不思議な一団が町を通りかかります。黒い十字架を掲げ、手に手に鞭を持って自分たちを鞭打っている数百人の集団です。彼らはぼろぼろの衣服、血だらけの肉体で、口々に「神の掟に反して罪を犯したこの肉体は罰せられ、責めさいなまれなければならぬ」と叫んでいます。町の人々が揶揄すると、集団の中から一人の若い僧が出てきて、町中に向かって話し始めます。彼はまず掟に反した者たちの落ちる恐ろしい地獄について語りました。そして、キリストが我々の犠牲になって十字架で死んでくれたからもう掟は存在しないのだ、という人々に向かってこう話します。
 ーきみたちはゴルゴダの十字架を頼みにしている。では来たまえ!私はきみたちをその足下まで連れていってあげよう。それは、ある金曜日のことだ。人々は彼を門の一つから突き出して、十字架のいちばん重い端を彼の肩にのせ、それを町の外にある不毛の丘まで運ばせた。人々はその後から群れをなしてついて来て、埃を赤い煙のように巻き上げた。彼らは彼を裸にし、十字架の上に投げ倒して寝かせると、その上に彼の身体を伸ばし、逆らう手に一本ずつ鉄の釘を打ち、さらに組み合わされた足にも一本打ち込んだ。しかも釘の頭がめりこむほど打ち込んだのだ。それから地面の穴に十字架を立てた。だが、それがしっかり真っ直ぐ立たなかったので、あちこち揺すぶって、そのまわりに楔や木釘を打ち込んだ。それをやっている者どもは帽子を目深にかぶって、キリストの手から滴る血が自分らの目に入らないようにした。こうしてキリストは高い所から、わめき騒ぐ群集、彼らが救済されるように自分が今その身代わりとなっている群集を、見下ろしたのだ。群集は十字架の上の彼とその上の「ユダヤ王」と書かれた板を見上げた。そして彼らは彼を嘲って、「さあ、自分で自分を助けてみろ!神の子なら十字架から降りて来い」と叫び立てた。気高い神の子は怒り心頭に発し、群集が救済に値しないと知ると、釘の頭から足をもぎとり、手を丸めて釘を引っこ抜いた。そのため十字架は弓のように歪んだ。それから彼は地上に降りると、着物をひっさらい、王者の威厳を持って着物を身にまとい、天へと登っていった。贖罪の仕事は終わっていないし、われわれのために十字架にかけられて死んだイエスなどいないのだ、、。
 デンマークのテイステッドで生まれた作家イエンス・ペーター・ヤコブセン (1847~1885) はキルケゴールやフォイエルバッハなどの影響を受け、苦しい思索の果てに無神論の立場を標榜するに至りました。このために彼は「テイステッドの王女」として知られた美しい少女との婚約を破棄することになり、未婚のまま三十八歳の生涯を閉じました。

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