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2005年10月14日 (金)

中村光夫『二葉亭四迷伝』

 二葉亭は陸軍士官学校を三度受験して三度不合格となりました。新聞を顔にくっつけて読まねばならぬほどの強度の近視が原因であることがわかっていながら、なぜ三度も受験したのか理解に苦しみます。また外国語学校の露語科をあと二、三ヶ月で卒業という時に、校長の態度が気にくわないからと退学願を出して去っています。常に主席を続けるほどの秀才だったのに、です。彼は、さらに『浮雲』でデビューした後に吉岡書店の「新著百種」という新人にとっては願ってもない檜舞台を与えられたが、断っています。また、金銭的に不如意であるにもかかわらず、堅実で実入りの多い職場を二度も退職しています(官報局と外語学校教授)。彼はまた、好きでもない手近の女性と二度結婚しています(苦界の女と自家の女中)。環境と教養の差がありすぎて破局することは目に見えていました。弟の死と愛犬マルの失踪が重なったとき、犬の失踪の方をより悲しみました。死の直前の遺書には残した子供たちに「即時学校をやめ奉公に出づべし」と書いています。こんな親がいるでしょうか。彼は人生の節目節目に愚かとしかいえないような選択、ないし行動をとっています。同世代の鴎外や漱石を思い出してみましょう。彼らは、迷いはするが、自分を律するだけの剛毅さと破局に至らない処世術を身につけていました。大人であり、何が実現できて何ができないかを知っていたのです。ところが、彼らにはまた二葉亭の人徳ともいうべきもの、破天荒な振る舞いの隙間からのぞく人間的な情の深さには欠けていました。二葉亭は外語学校の級友だった奥野広記が卒業後結核を患った時、自らも乏しい持ち合わせの中から毎月金を工面して、さらに奥野の死後には残されたその家族にも送金しています。底辺に生きる人々への変わりない共感は、独特な民族主義と民衆主義を生み出しましたが、それもこの社会をより良いものにしようという決意から出たものに他なりません。
 中村光夫『二葉亭四迷伝』( 1993 講談社文芸文庫)はこの「失敗」に終わった人生を周到に跡づけて、読み終わった後では長大な映画を一気に見たような疲労にも襲われます。いったい彼の人生はなぜかくも痛ましく思えるのでしょうか。中村光夫は驚いてはいません。フランス文学者の彼は本当の文学者がどういうものであるかを知っているからで、それは自分と自分の生涯を犠牲にして人生の真実を探り当てる人ならぬ怪物に他ならないからです。

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