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2005年10月23日 (日)

ヴァッケンローダー『芸術を愛する一修道僧の真情の披瀝』

 絵画におけるロンバルジア派の祖、フランチェスコ・フランチャは貧しい手職人の子に生まれ、並外れた忍苦と熾烈な野望によって当代最高の画家の一人と呼ばれるまでになりました。故郷のボローニアはもちろん全イタリアにその令名を馳せ、多くの諸候は彼の作品を競って手に入れたのです。当時、若きラファエロはローマにいて、やはり人々の賞賛の中にいたのですが、彼もフランチェスコの作品をその時代最高の作品と評していたのです。一方、フランチェスコは年老いた今までボローニアから一度も遠くに出たことはなく、ラファエロの描いた絵を見る幸福に恵まれませんでしたが、色々な記述から推量して、自分の絵はラファエロに匹敵し、あるいはそれを凌駕し得ると思っていました。
 ある日、フランチェスコは突然のラファエロからの私信に驚きました。その書中、ラファエロは、ボローニアの聖ヨハネ寺院に供せられる聖チェチーリアの祭壇の絵を仕上げたので貴兄のもとに送る、ついては移送で絵が損じた時か、あるいは絵自体に見落としか欠点があった時は、どうかいつでも自由に直し改めていただきたいと、彼らしい謙虚さで記していました。フランチェスコは驚くとともにラファエロのような人が彼に加筆を認めたことに嬉しくもありました。
 ある時、彼が外出先から帰ると、弟子たちが彼を急ぎ迎えて、今ラファエロの絵が着いたので先生のアトリエの最も美しく見える場所に置いておいたことを大喜びで話しました。フランチェスコは我を忘れて走り込んで、、、そしてラファエロの絵の前で雷に打たれたように茫然と立ち尽くしました。彼は自惚れの頂点から真っ逆さまに落ちたのです。フランチェスコは、神々しいラファエロの作品の前で、自分を彼より高く置いた罪をどんなに苦しく償わねばならなかったことでしょう!彼は手で白髪の頭を打ち、痛切な呵責の涙を流しました。自分の全生涯は徒労だった、愚かさの上塗りの連続だった、今、年老いてそれを悔いねばならないとは、、。彼は床に崩れ落ち、弟子たちに抱えられて自室に運ばれました。そして、ほどなく寝台の上で冷たくなっている彼を弟子たちが発見したのです。ヴァザーリの伝えるこの話にヴァッケンローダーは「こうして、この人は崇高なラファエロに対して自分を全くとるに足らぬ人間と自覚したことによって本当に偉大になった」と書いています。フランシスコ・フランチャこそ芸術の苦しみの真の体現者として聖列に加えられるべき人物なのです。
 ヴァッケンローダー (1773~1798 ) の『芸術を愛する一修道僧の真情の披瀝』( 1939 岩波文庫・江川英一訳 ) は熱く、清々しい告白の書です。枢密顧問官の家に生まれ、法律で身を立てることを強いられながら、芸術の中にしか自分を見いだせず、苦しい葛藤の中で、神経熱で二十六歳で逝った彼の生涯そのものこそドイツ・ロマン派の魂の一部を成しているのです。

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