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2005年9月 4日 (日)

ズーデルマン『憂愁夫人』

 これは水晶のように透明で硬い純愛の物語です。パウルは14歳の堅信礼のときに美しいエルステッドともぐらの穴のある丘の上で広葉樹の葉影に身をもたせて語り合います。「あたしたちはあの『ねむり姫』の茨の籬だって通っていけるわ」とエルステッドがいうと、パウルは「君ならー僕にはできない」といいます。「どんな刺(とげ)でも僕には刺さるんだー僕はお伽噺の王子じゃあない」実はパウルには憂愁夫人(フラウ ゾルゲ)の呪いがかけられていて絶対に幸福にはなれないのです。もちろんそれは母親のお話を信じたパウルの思い込みなのですが、その人生はまさに悲運の連続でした。
 ヘルマン・ズーデルマン(1857~1928) は東プロイセンのリトアニア国境に生まれましたが、その少年時代はそっくりこの物語に描かれています。パウルの父は投機で失敗して邸宅を手放し、一家は粗末な沼地の家に住んでいます。パウルの二人の兄は共に秀才で学校で主席を通して都会の大学に進みますが、自分のことだけしか考えず、実家に金を送るどころか出世のためのお金をパウルに無心する有様です。酒飲みの父親は投機で一山あてる夢ばかり見て働こうとしません。しかも、優秀な兄たちばかりを可愛がり、実直で不器用なパウルを馬鹿者とののしって殴ることしばしばでした。パウルは進学を諦め、堅信礼の翌日から畑で働き始めます。耕し、種をまき、草を刈り入れ、早朝から晩まで懸命に働き、病弱な母親と幼い双子の妹たちの面倒も見ます。稼いだお金のすべては家の借金、父の酒代、母の薬代、兄への送金、妹の養育費と洋服代に費やされて、パウルには貧しい野良着以外に着るものもありません。村の園遊会でも洒落た若者たちの仲間に加われず、劣等感からエルステッドにも気持ちを伝えることは出来ません。一方、大地主の娘エルステッドは成長して外国に遊学し、様々な経験を積みますが、パウル以上に立派な男性にめぐり合うことはできませんでした。物語は次々と転変して、堅信礼の日から何と17年後、パウルとエルステッドは思い出の丘の上で劇的に結ばれます。「憂愁夫人なんかには指一本も私たちに触れさせやしないわ」とエルステッドは幸福に満ちてパウルを抱きしめます。
 ズーデルマンの『憂愁夫人』(1938岩波文庫・相良守峯訳)には自然主義文学としての物足りなさはあるものの、プロテスタントのドイツ農民生活の細やかな描写が素晴らしい。ヘッセの『青春彷徨』、ケラーの『緑のハインリッヒ』とともに私には忘れられないドイツ青春小説の一冊です。

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